魔法学園12
翌日、政治的な駆け引きのようなものが行われるかもしれないジェレミア招待のお茶会に、ヴィヴィは憂鬱な気分で出かけた。
ジェレミアの力になりたいと思っているのは事実であり、ヴィヴィの家名が役に立つなら大いに利用してくれてかまわない。
父であるバンフィールド伯爵も兄たちもジェレミアが王太子に、ひいては国王になることには賛成しているのだ。
だがヴィヴィ自身が何か協力してほしいと――たとえば仮初めの婚約者になってほしいなどと頼まれても困ってしまう。
(ジゼラさんは呼ばれていないのよね? ブルネッティ公爵は確か、第三王子殿下の外祖父だから、色々と問題があるのかも……。でもいっそのこと、ジェレミア君とジゼラさんが婚約すれば、政敵の一部を除けることになるんじゃ? いえ、逆に懐に入れすぎても危険とか? ロミジュリ的な展開になってて、私が当て馬代わりに使われるとか……)
この四年と少し、ジェレミアとはそれなりに親しく付き合ってきたが、このように王宮に招待されることなどなかった。
そのため、あれやこれやと考えてしまっていたヴィヴィだが、それがまったくの杞憂だとわかったのは、四人だけのお茶会が始まってしばらくしてから。
「そうだ、ヴィヴィアナさんは確か王宮にある滝を見たいって言っていたよね?」
「え? ええ……」
「じゃあここからなら近いから案内するよ。フェランドとマリルさんはどうする?」
「あー俺は何度も見たことあるし、めんどくさいからいいや。マリルは話し相手になってくれよ。滝の傍に行くと濡れるぞ?」
「えっと……では、残ります」
顔を赤くして答えたマリルを見て、ヴィヴィは一緒にと誘うことができなかった。
婚約もしていない未婚の男女が二人きりになるのはあまり望ましくはないが、ここは王宮内であり、人目も多いので問題にはならないだろう。
(フェランドの口ぶりだと何度も王宮に来ているのね。やっぱり何だかんだで二人は仲が良いみたい。そういえば、王宮の庭に人工の滝があると聞いたのも、フェランドからだっけ? その時は興味津々だったけど、今は人目が気になるわ。この噂がランデルト先輩の耳に入ったらどうしよう……。まあ、意識もされてないのに心配しても無駄だけど。実際、私からどうにかしないといけないのよね。今はまだ先輩にほとんど認識もされてない状態なんだから。同学年ならともかく、二歳年上って難しいわ)
あれやこれやと考えいると、次第に水音が大きくなってきた。
滝が近づいてきたのだと気付き顔を上げると、そこでジェレミアと目が合う。
「やっと現実に戻ってきたみたいだね?」
「はい?」
「ここに来るまで、ずっと考え事をしてただろう? 心ここにあらずって感じだったよ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、別にかまわないよ」
確かに、二人で散策しながら、ヴィヴィは考えに耽るあまり、すっかり黙り込んでしまっていた。
それがどれだけ失礼だったかに気付いて謝罪したが、ジェレミアはあっさり許してくれた。
その時、木々に囲まれていた視界が一気に開け、水しぶきを散らせながら岩山から流れ落ちる滝が目に入り、ヴィヴィは感嘆の声を上げた。
「わあ! すごい! これが本当に人工なのですか!?」
「うん。先々代の国王陛下が愛する王妃様のために造らせたらしいよ。動力は水魔法と風魔法で――」
「ジェレミア殿下、たとえ人工だとわかっていても、そこまで説明されると夢がありません」
どうして男性は動力とかの仕組みに気を取られるのだろうと思い、ヴィヴィはくすくす笑った。
世界が変わっても男性は男性のようだ。
おかしそうに笑うヴィヴィを見て、ジェレミアは心外だという顔をする。
こういう表情は学園でのジェレミア王子殿下と違って、本物のジェレミアなのだと感じて嬉しくなった。
とはいえ、ここは王宮なのでヴィヴィも他の二人もジェレミアの呼び名を改めている。
「ジェレミア殿下、わざわざここまで案内してくれてありがとうございあます。とても素敵な場所ですね」
「いや、ヴィヴィアナさんの元気が出たようでよかったよ」
「……え?」
「ここ最近、ヴィヴィアナさんはどこか上の空で元気があるのかないのか、よくわからなかったからね。はっきり言って、挙動不審だったよ」
「ええ?」
ジェレミアの言葉にヴィヴィは驚いた。
挙動不審になっている自覚はあったが、ジェレミアに心配されるほどだとは思っていなかったのだ。
「それで、何かあった? 悩み事があるなら、僕でよければ相談にのるよ? できることに限りはあるけど、それでも力になると約束する。ほら、腐れ縁だからね」
「ジェレミア君……」
思わずいつもの呼び方が口から出てしまったのは、驚いたためだった。
このお茶会は政治的なものでも何でもなく、ただヴィヴィを心配して催してくれたものなのだ。
きっとフェランドもマリルも同様に心配してくれているのだろう。
そう思うと、自分がどれだけ友達に恵まれているのか自覚して胸が温かくなった。
同時に昨日からの自分の考えが、いかに自意識過剰で浅はかだったのかと恥ずかしくなる。
こんなふうに心配してくれる友達には、やっぱり打ち明けるべきなのだろう。
元々ジェレミアには相談しようと思っていたのだからと、ヴィヴィは勇気を出してまっすぐにジェレミアに向き直った。
「あのね、ジェレミア君……」
「うん?」
「私……み、見つけたみたいなの」
「……え?」
ここは滝の水音がうるさいせいか、ジェレミアにはよく聞こえなかったらしい。
はっきり言うのは恥ずかしいが、少し離れた場所にいる護衛や侍女には聞こえないだろうと、ヴィヴィはごくりと唾を飲み下し、もう少しだけしっかりと声を出した。
「あ、相性のいい相手を見つけたみたいなの、私」
「それって……魔力の?」
「たぶん、なんだけど……恋してると思う」
「ヴィヴィアナさんが?」
「ええ」
「……誰に?」
ジェレミアがあまりにも驚いた顔になったために、ヴィヴィは勇気が萎んできてしまった。
ひょっとして、らしくないと笑い飛ばされるかもしれない。
ヴィヴィはそう思いながらも、意を決してその名前を口にする。
「えっと、……ランデルト先輩、なの……」
「生徒会副会長の?」
「え、ええ。でも一度会議でご一緒しただけだから、まだよくわからなくて……」
「そうか……」
「あ、あの、でもね。ランデルト先輩はまだ婚約者も恋人もいらっしゃらないそうなの。だから、す、好きになってもいいのかなって……」
「――確かに、ランデルト先輩には恋人もいなかったと思うよ。よく調べたね?」
「それは、侍女のミアが……侍女たちには情報網があるらしくて、ある程度の情報は手に入るらしいの。だけど、その……」
「なるほどね」
「え?」
「ここ最近のヴィヴィアナさんの言動がおかしかった理由がよくわかったよ。今だって、全然らしくない」
「ごめんなさい……」
「謝る必要はないよ。ちょっと意外だっただけ。そんなにしおらしいヴィヴィアナさんは初めて見たから」
「ちょっと! それは酷くない!?」
ジェレミアも驚きから立ち直ったのか、いつもの調子に戻ったようだった。
予想通り、らしくないとは言われたが、ヴィヴィの気持ちを軽くしようとしてのことだとわかる。
そのことに安心して、ヴィヴィも言い返した。
すると、ジェレミアはひとしきり笑ってから、深く息を吐いた。
「じゃあ……約束したからね。力になれればと思うけど……。何かあるかな?」
「ほ、本当に協力してくれるの?」
「僕にできるかどうかはわからないけどね」
「もちろん、私を好きになるようにしてほしいなんて言わないわ。ただ、先輩に……好きな人がいるかどうかだけ知りたいの」
「ああ、そうか。……うん、それならどうにかなりそうだ」
「本当!?」
「たぶんね」
「ありがとう、ジェレミア君!」
ヴィヴィは嬉しさのあまり離れているとはいえ、お付きの者たちがいることも忘れ、ジェレミアの手を握った。
そして子供のようにその手をぶんぶんと上下に振る。
しかし、ジェレミアは抵抗することなく、喜ぶヴィヴィを微笑んで見ているだけだった。