表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/147

魔法学園123

 

「ランデルト先輩は、なぜ私との婚約を白紙に戻されたのですか?」

「なぜって……」


 ランデルトはヴィヴィの突然の質問にはっと顔を上げた。

 どうやら質問の内容に戸惑っているらしい。

 しかし、少し考えてから口にしたのは答えではなかった。


「……わざわざ説明する必然はないと思うが?」

「では、私のことはもう……好きではなくなったのですね?」

「違う! ――っ!」

「大丈夫ですか!?」

「……大丈夫だ」


 ヴィヴィが導きだした答えに反論して、ランデルトは立ち上がろうとし、痛みに動きを止めて顔をしかめた。

 慌ててヴィヴィは駆け寄ろうとしたが、手で制されてしまう。

 それはまるで、近寄るなと言われているようで、ヴィヴィは立ち上がったものの、動くことができなかった。

 それでもここで挫けてはダメだと思い直し、腰を下ろして再び口を開いた。


「……では、先輩は今でも私のことを、好きでいてくれるんですね?」

「……」


 今度は返事がなかったが、これは質問というより確認だった。

 そのためヴィヴィは肯定と受け取り、逃げ出しそうになる自分を叱咤する。

 ここで言わなければ、後押ししてくれたジェレミアにも申し訳ない。

 両親を――父を説得して、こうして機会を作ってもらった意味がない。


「私は……私は、ランデルト先輩が好きです。だから、先輩と別れたくはありません」


 こんなふうに追いすがるのは迷惑だとわかってはいる。

 しかし、まだランデルトがヴィヴィを好きでいてくれるなら、両想いなら、別れる必要はないはずなのだ。

 今は苦しい時期でも、きっと乗り越えられる。

 お互い後悔しないためにも、ここで諦めるべきではない。

 そんなヴィヴィの気持ちは、ランデルトの一言で切り捨てられてしまった。


「無理だ」

「ど、どうしてですか? だって、先輩は私のこと――」

「好きだ。俺はヴィヴィが好きだよ」

「だったら――」


 冷静な自分が、ここでもう引くべきだと警告する。

 それなのに、ランデルトの口から気持ちを聞けて、胸が高鳴らないわけがない。

 だが、ランデルトは厳しい表情でヴィヴィを真っ直ぐに見つめ、吐き出すように呟いた。


「苦しいんだ」

「先輩……」

「ヴィヴィが好きだからこそ、苦しいんだ。ずっと、付き合い始めてからずっとヴィヴィに対して、本当に俺でいいのかと疑問は持っていた。だが努力を続ければ、ヴィヴィに相応しくなれると思っていたんだ」

「ふ、相応しいなんて、そんなの……」


 初めて聞くランデルトの弱音に、ヴィヴィは言葉を詰まらせた。

 口にしたのは初めてでも、ランデルトが負い目を感じているのは知っていたのだ。

 しかしそれはヴィヴィにではなく、ヴィヴィの立場に対するもので、自分は運よく名門の家に生まれただけで、そんなものは関係ないと思っていた。

 きっとお互い成長していけば、消えてなくなるものだと。


「舞踏会を前に怪我をした時には、自分の不甲斐なさを呪ったよ。こんなことでどうすると。歩けないかもしれない、走れないかもしれないと医師から聞かされようと、努力を続ければそんなものははね返せると思っていた。だが……」


 舞踏会を前に届いたランデルトからの手紙には、ただ隊から離れられないとしか書かれていなかった。

 あの時には、まだ別れるつもりはなかったということなのだろう。

 それだけで喜んだヴィヴィだったが、続いたランデルトの言葉には現実を突きつけられた。


「しばらくして、部隊に樹脂が届けられるとともに、ヴィヴィの発見が国王陛下から発表されただろう? あの時はとても誇らしかったよ。みんなが素晴らしい発見に喜び、いったい誰が発見したんだと話しているのを聞いていた。ただ徐々に……どうしようもない焦燥感と劣等感が俺の中に渦巻いてきて……それは今も消えないんだ」

「わ、私は……すでに治癒樹脂を持っていたんです。レンツォ様の最上級の治癒樹脂を。もしあれを先輩に出発前にお渡ししていれば――」

「いや、それは許されないよ。それに、そんなことが問題じゃないんだ」


 ヴィヴィにもそれはわかっていた。

 ただ何か言わなければと、馬鹿なことを口にしてしまったのだ。

 ジェレミアにだって諭されていたのに。


「では……何が問題なんですか?」


 これでは、前世と何も変わっていない。

 別れたがっている相手に必死にすがって何をしているのだろう。

 これ以上、ランデルトを追い詰めてどうするのだろう。

 冷静な自分の声が頭の中でするのに、口から飛び出すのは違う言葉。

 ランデルトの苦しげな表情を目にして、今すぐ自分の言葉を取り消したかったが、もう遅い。


「問題は俺の心だ。俺はヴィヴィが傍にいると……つらい」


 その言葉の衝撃に、ヴィヴィはまるで殴られた気分だった。

 実際、前世では殴られたことだってある。

 だが体の痛みよりも、心の痛みのほうがずっと苦しい。

 ヴィヴィの存在が、ランデルトの負担になっているのだ。


「俺はヴィヴィが好きだ。だが今の俺ではヴィヴィを守れない。いつ癒えるともわからない傷を抱えてヴィヴィの傍にいても、足手まといになるだけだ」

「それで先輩は、私と別れたいんですね……」

「――ヴィヴィはこれから華々しい道を歩いて行くだろう。だが俺はついて行けない。傍にいればきっと、いつかヴィヴィを妬み、憎んでしまう。それが俺にはつらい」

「私が研究をやめても?」

「情けないが、それは俺には重荷でしかない」

「そうですね。馬鹿なことを言いました」


 はっきりランデルトから重荷と言われて、憎んでしまうと言われて、もうこれ以上すがることはできなかった。

 ただでさえ、今もランデルトを苦しめているのだから。


「ヴィヴィ、俺はまた約束を破ってしまう。一番大切な約束を。だから、最低な男だと嫌ってほしい」


 すっかり黙り込んでしまったヴィヴィに、ランデルトが静かに告げる。

 しかし、ヴィヴィはこの言葉に腹を立てた。

 どうして男性はこんなにも身勝手なのだろう。

 嫌ってほしいだなんて、かっこつけてプライドを守っているだけではないか。


 ヴィヴィはそう考えることで、ランデルトの苦しみから、自分の苦しみから目を逸らした。

 怒っているほうが、気持ちが楽なのだ。

 だからヴィヴィはとびっきりの笑顔を作った。


「無理です。私はまだ先輩が好きですから。でも……これからの私は、私の夢に向かって頑張ります」

「俺も……夢を諦めたわけじゃない。今はまだ無理でも、いつかまた第五部隊に戻るつもりだ。それから第三部隊を目指すよ。ただ、かなり時間はかかるだろうけどな」

「先輩ならきっとできます。私は先輩のことをたくさん知っていますから、間違いありません」

「――ありがとう、ヴィヴィアナ君」


 明るいヴィヴィの励ましに、ランデルトは笑顔でお礼を言った。

 だが、また他人行儀な呼び方に変わっている。

 とても悲しくて寂しいが、これで正解なのだ。

 たとえ両想いでも、このまま一緒にいれば、時は癒しを与えてくれるのではなく、二人をさらに傷つけてしまうだろう。

 だから今、別れたほうがいい。

 今度こそヴィヴィは納得して立ち上がった。

 ランデルトが立ち上がらないのが、今の状況をよく表している。


「私はランデルト先輩が大好きです。でも、いつか別の人を好きになって幸せになりますから、先輩も幸せになってください」

「……ありがとう、ヴィヴィアナ君。見送りはできないが許してほしい」

「はい、大丈夫です。……さようなら。ありがとうございました」


 最後にお互い最高の笑顔で別れの挨拶を交わし、ヴィヴィはランデルトに深く頭を下げた。

 そして頭を上げるとランデルトを見ることなく、踵を返してゆっくりミアの待つ入口へ向かう。

 不思議と涙は出なかった。

 ただもう、これで終わったと――何かが終わったと感じて寂しかっただけだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ