魔法学園122
その夜、ヴィヴィの決意を父に伝えると、大反対されてしまった。
だがヴィヴィが引くことはなく、結局はコンコーネ伯爵家に連絡を取って、お見舞いにいく手筈を整えてくれることになった。
ただ父も同行するというのをヴィヴィは頑なに拒んだ。
父がいてはランデルトが委縮してしまうと強く抗議し、それにはヴァレリオさえも賛成してくれた。
もちろん、ヴィヴィ一人ではなく母も同行することになっている。
それから三日後。
ヴィヴィがそろそろ学園に戻ろうと考えていた時、王宮から帰ってきた父から、急ではあるがコンコーネ家と明日の約束を取り付けてきたと伝えられた。
正直なところ、あまりに急でヴィヴィは動揺してしまったが、どうにかその気持ちを押し隠す。
早くからわかっているより、こうして急なほうが緊張も短くてすむからと前向きに考えた。
しかし、眠ることなどできるわけがない。
そのため、翌朝は最悪の状態で起きることになってしまった。
それでもミアの技術で目の下のクマは消え、どうにか見栄えを整える。
「いつもありがとう、ミア」
「お礼には及びませんわ。私はお嬢様のお世話をさせていただくことが、一番の喜びなのですから」
「ミア……」
小さい頃からずっと傍にいてくれるミアは、ヴィヴィにとって姉も同然だった。
そのせいで甘えすぎてしまっている気もするが、やはり我慢できない。
ヴィヴィはドレスがしわになることも忘れて、ミアに抱きついた。
「お嬢様?」
「本当にありがとう。私、ミアがいなかったら、ここまでやってこれなかった。実を言うと、これから大好きな人に会いに行くのに、まるで戦いに行く気分なの。でも私にはミアがいて、お母様もいてくれるから、頑張れるわ」
「では、援護が必要になられましたら、いつでもおっしゃってください。お嬢様をお守りするためなら、私はどんなことでもいたしますから」
「……心強いわ」
ヴィヴィが本音を打ち明けると、ミアはドレスを気遣いながらもそっと抱きしめ返してくれた。
しかも頼もしい言葉までくれる。
ヴィヴィはくすくす笑いながらミアから離れると、大きく息を吐いた。
そろそろ時間だ。
一階に降りていくと、すでに母は準備ができていたようで待っていてくれた。
「お待たせしてごめんなさい、お母様」
「大丈夫よ。さあ、行きましょうか?」
「――はい」
母は緊張したヴィヴィを安心させるように優しく微笑んでくれる。
ミアもいて、母もいてくれるのだから、こんなにも心強いことはないのだ。
コンコーネ伯爵家では伯爵夫妻が出迎えてくれ、まず応接間に通された。
そして夫妻から深く謝罪されたヴィヴィは、微笑んで大丈夫だと伝えた。
まだヴィヴィの中では決着がついていない。
きちんと話し合うつもりだったからだ。
それから伯爵は断って席を外し、母があまり長居もできないからと切り出すと、夫人は気まずそうに立ち上がった。
「ランデルトは普段、昼間は温室で過ごすことが多いのです。あそこは温かいですから」
「……では、案内していただけますか?」
「本当に……よろしいのですか?」
ヴィヴィは夫人にお願いしたが、夫人は母へと問いかけた。
ランデルトと二人きりで話がしたいと前もって伝えていたからだろう。
「はい。お手間を取らせてしまって申し訳ありませんが、私はこちらで待たせていただきますわ」
「……わかりました。ヴィヴィアナさん、こちらです」
母親の許可が下りたことで、夫人はヴィヴィを応接間から連れ出した。
夫人はランデルトの実母ではないらしい。
実母はまだ幼い頃に、伯爵と別れて別の男性と結婚したのだと、ランデルトから聞いたことがあった。
この世界ではそんなに珍しいことではないが、ヴィヴィは今になってそのことを急に意識してしまっていた。
温室は屋敷から扉一枚で繋がっており、その扉も開け放たれている。
この屋敷には二度訪れたことがあるが、二度とも応接間だけにしか通されていなかったので、ヴィヴィには新鮮だった。
「ランデルトさん、ヴィヴィアナさんがいらっしゃったわ」
「……わざわざすみません。ありがとうございます」
豊かに繁った緑に囲まれて、ランデルトの姿は見えなかったが、その声はとても耳に馴染んだもので、ヴィヴィはどきりとした。
一瞬、今の他人行儀な言葉は自分に向けられたものかと思ったが、どうやら夫人へのものだったらしい。
夫人は何か答えると、少し後ろに控えていたヴィヴィにすれ違いざまに軽く頭を下げて、温室から出ていった。
もちろん、ヴィヴィの傍にはミアがいる。
しかし、ヴィヴィが頷いてみせると、前もって決めていたようにミアは温室の入口まで戻ってくれた。
ヴィヴィはどきどきしながら、先ほど夫人が立っていた場所へと近づいていった。
そして目にしたのは、ゆったりとした一人掛けの椅子に座ったままのランデルト。
その姿はすっかり痩せてしまっており、ヴィヴィはショックを隠すのに苦労した。
それでもすっかり上手くなってしまった作り笑いを浮かべる。
「ランデルト先輩、お久しぶりです」
「……久しぶりだね、ヴィヴィアナ君。こんな格好で申し訳ない」
「いいえ、お気になさらないでください。どんな姿でも、先輩は素敵ですから」
自分でも何を言っているんだろうと思った。
だが本音でもある。
ただ今までは恥ずかしくてなかなか口にできなかったことなのに、こんなにすらすらと出てくることが意外だった。
ランデルトは信じていないのか、軽く口角を上げただけで何も言わない。
右足の怪我はひざ掛けに覆われてよくわからなかったが、とてもではないが元気そうだとは思えなかった。
「お加減はいかがですか?」
「見た目よりはいいよ。少しずつだが、歩く練習もしている。痛みはあるけれど、その痛みさえもありがたいからね」
「そうですか……」
まるでお天気の話でもするようなランデルトの口調に、ヴィヴィは戸惑った。
それから落ちた微妙な沈黙を破るように、茶器の触れ合う音が近づいてくる。
どうやらミアが入口でこの屋敷の使用人から茶器を受け取り、わざと音を立てて来てくれたようだ。
「すまない、席を勧めることもしないで。どうか座ってくれ」
「ありがとうございます」
ランデルトが座る向かいにはソファが据えられており、間にはテーブルがある。
おそらくこのために用意されたのだろう。
ヴィヴィは勧められたソファに座り、ミアはお茶を淹れてくれると、再びその場から去った。
ランデルトは器用にテーブルからカップを持ち上げて口へ運ぶ。
ヴィヴィはお茶を飲むことはせず、ランデルトがカップを置くまで待ってから切り出した。