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魔法学園119

 

「――お嬢様?」

「……ミ、ア?」

「さようでございます、お嬢様。ああ、まだ起き上がらないでくださいませ。お水を飲まれますか?」

「ええ……お願い」


 真っ暗な闇の中でもがいていたような気がするが、目を開ければまだ室内は明るく、夢を見ていたのだとヴィヴィは思った。

 それから書斎での出来事を思い出す。

 ミアがゆっくりとヴィヴィの背中に手を添え、枕を押し込んでくれたおかげで、楽な姿勢でお水を飲むことができた。


「ねえ、ミア。私は書斎で気を失ってしまったのよね? あれからどれくらい時間が経ったのかしら?」


 喉の渇きを潤したことで、ヴィヴィははっきりと声を出せた。

 すると、ミアは一瞬困ったような表情になる。

 まだ何か悪いことが起きたのかと思ったが、そうではなかった。


「実は、お嬢様は丸一日眠っていらっしゃいました」

「……え?」

「ここのところ眠れない日が続いていらっしゃったからではないでしょうか? お疲れになっていらしたのですよ」

「そう、かもね……」


 ヴィヴィはミアの言葉に納得して答えた。

 体は重いが、頭はかなりはっきりしている。

 だからこそ、現実が再びヴィヴィに襲いかかってきた。


「お嬢様? 何か召し上がりますか?」

「……そうね。スープくらいなら食べられそうだわ」

「かしこまりました。それでは用意してまいります。それに奥様にも、お嬢様がお目覚めになったことをお伝えいたしますね。皆様とても心配なさっていらっしゃいましたから」

「ええ、お願い」


 ヴィヴィは最近すっかり癖になってしまった作り笑いを浮かべて、ミアを部屋から送り出した。

 本当は何も口に入れたくないが、無理をしてでも食べなければならないことは知っている。

 今回のことは失恋なんて生易しいものではないけれど、この苦しみは時間しか癒してくれないと、前世の経験でわかっていた。


 しかし、それからの日々は、ヴィヴィにとって拷問にも等しいものだった。

 まだ正式な婚約をしていないとはいえ、世間には認知されており、白紙に戻すとなると騒がしくなるだろう。

 ランデルトが怪我をしたためにヴィヴィが捨てたと思われないためにも、ランデルトからの申し出であると明確にするために、コンコーネ伯爵家から慰謝料が払われることになったのだ。

 そのことに反発したヴィヴィだったが、やはり通るわけはなかった。


 そもそもヴィヴィは白紙になど戻したくないのだ。

 ランデルトがたとえ歩けなくなったとしてもかまわなかった。

 その気持ちを会って伝えたいのに、何度手紙を送っても返事はなく、やがて全て未開封のまま戻ってきてしまった。

 学園にも戻る気にはなれず、ずっと休んでいる。

 もう全てが嫌になってきて、卒業さえもしなくていいかと自棄になって考えることもあった。


 卒業して、王宮に一室賜って、研究して、何になるのだろう。

 肝心な時に大切な人を守ることもできないなど、何の意味もないではないか。

 自分がこのまま夢を――今はもうどうでもよくなってきた夢を叶える姿を、ランデルトに見せることなどできない。


 そうして鬱々と考え、機械的に食事をして、眠るふりをする。

 日々が過ぎていくなかで、家族やミアたちに心配をかけていることもわかっていたが、今はもう自分の心を守ることで精一杯だった。

 でなければ、罪悪感で死にたくなってしまう。

 だからヴィヴィはただ無意味に毎日を過ごしていたが、学園を休んでから二十日ほど経った頃、来客を告げられた。


「ジェレミア君が?」

「はい。お嬢様にお会いしたいと……。ですが、今は奥様もいらっしゃいませんし、いかがいたしましょうか?」

「……応接間にお通ししてくれる? せっかく来てくださったのに、お断りするのは申し訳ないわ」


 執事に問われて答えると、ヴィヴィは急いでミアに支度を手伝ってもらった。

 座って本を読んでいたふりをしていただけだから、ドレスはしわになっていないし髪型も乱れていない。

 母はいないが、ミアに付き添ってもらっていれば問題ないだろう。


「お待たせして、ごめんなさい。ジェレミア君」

「いや、前触れもなく突然訪問した僕が悪いんだよ」


 ヴィヴィが応接間に入っていくと、ジェレミアは立ち上がって微笑んだ。

 それからお互いソファに向かい合って座ると、ミアがお茶を淹れてくれる。


「今さら言わなくてもわかっていると思うけど、やっぱり酷い顔だよ?」


 ジェレミアの遠慮ない言葉に驚いて、ミアは茶器を取り落としそうになったらしく、甲高く繊細な音が応接間に響く。

 だがヴィヴィはおかしくて、久しぶりに笑うことができた。


「ジェレミア君はやっぱり酷いわ」

「正直なだけだよ」

「そうね」


 ヴィヴィが苦情を言ってもまったく反省した様子はない。

 みんなが腫れ物を触るようだったここ最近に比べて、ジェレミアの態度はいっそ清々しかった。

 ヴィヴィはそこまで考えて、いったい自分は何様なんだと気付いた。


 死にたい気分で鬱々していたが、本当に苦しんでいるのはランデルトなのだ。

 それなのにヴィヴィは自分の悲劇に酔っていただけ。

 自分の馬鹿さ加減に呆れ、こうしてわざわざ会いに来てくれたジェレミアに感謝の笑みを向けかけて、さらに気付く。


「……ジェレミア君、今はまだ授業中ではないの?」

「うん、そうだよ。でも、あまりにもヴィヴィアナさんに会えないものだから、顔を見たくなってサボってしまったよ」

「サボってしまったって……」


 訝しげに問いかけたヴィヴィに、ジェレミアはあっさりと答えた。

 しかもその内容がふざけている。

 呆れたように呟いたヴィヴィに対して、ジェレミアはくすくす笑っていたが、ふと真面目な表情になった。

 途端にヴィヴィは身構える。

 こういう時のジェレミアは要注意だからだ。

 しかし、次に発せられた言葉は、心構えしていても無駄だった。


「昨夜、ランデルト先輩が王都に――コンコーネ伯爵家に戻ってきたそうだよ」




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