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魔法学園117

 

「おかえりなさいませ、お嬢様!」

「た、ただいま?」


 寮の部屋へと入った途端、ミアが久しぶりに満面の笑みで迎えてくれた。

 そのため戸惑うヴィヴィに、ミアは机を手で示す。


「お嬢様、ランデルト様からお手紙が届いております」

「本当!?」


 言いながらもヴィヴィは飛びつくように机に駆け寄り、置かれていた手紙を取り上げた。

 宛名を見れば間違いなくランデルトの筆跡なのに、信じられない思いで差出人を確認する。

 そこには当然ながらランデルトの名があった。


「本物だわ……」


 ヴィヴィは当たり前のことを呟き、次いでまだ手を洗っていないことに気付いた。


「手、手を洗ってこなくちゃ」


 早く読みたい気持ちを抑えて手紙を置くと、洗面所へと向かう。

 ミアはそんなヴィヴィを何も言わずに微笑んで見ていた。

 そしていよいよ封を切る段になったが、ヴィヴィの手が震えて上手くいかない。

 たったひと月手紙がなかっただけで、こんなに動揺していてはダメだと自分に言い聞かせ、ヴィヴィはどうにか封を切ると、ソファへ腰を下ろした。

 中身を取り出す時もまた手が震えたが、そっと折り畳まれた文を開く。


「……」

「お嬢様?」


 しばらくして、ヴィヴィの顔から笑みが消えていくのを目にしたミアが、心配そうに声をかけた。

 だがヴィヴィは答えることなく、何度も何度も同じ文章を読み直す。

 きっと何かの間違いだと思いながら。

 しかし、無情にも書かれていることに間違いはないらしい。

 視界が霞み、文字が滲んできても、文面は同じなのだ。


「お嬢様! いかがなされたのですか!? ランデルト様は何とおっしゃっているのです!?」


 ミアが足元に跪き、ヴィヴィの頬にハンカチを当てたことで、自分が泣いているのだとヴィヴィは気付いた。

 それで文字が滲んでいたのだと。


「先輩が……ランデルト先輩が婚約を……婚約の話を、白紙に戻したいって」

「まさか……」

「本当なの……。何度読み直しても同じ……。もう、お父様にも手紙を送ったそうよ……」


 ヴィヴィの手から力が抜け、手紙がすべり落ちる。

 普段は目を通すことなど絶対にしないが、ミアは信じられない気持ちが大きすぎて、拾い上げようとしてチラリと視線を落として息を呑んだ。

 一瞬ではあったが、ちょうど目についた文面が『婚約の話を白紙に戻したい』とあったのだ。

 ミアまで手が震え、手紙を揃えて折り畳むことに苦労してしまった。


「お嬢様、おつらいでしょうが、ひとまずは……先にお風呂になさってはどうでしょうか? きっと明日にでも、伯爵から何らかのお話があるはずです」

「……ん」


 ミアは手紙をテーブルに置くと、ヴィヴィの冷たくなった手を握り、今は食事を勧めるのも酷だろうと、お風呂へと促した。

 ヴィヴィはまるで力ない操り人形のように、ふらりと立ち上がりミアに手を引かれていく。

 それからもヴィヴィはミアに促されるまま動き、部屋へと運んだ食事にはほとんど手をつけることなくベッドに入った。


 翌朝、まったく眠れなかったらしいヴィヴィを見たミアは、学園を休むことを勧めた。

 ヴィヴィも素直に従ったことから、ミアは心配でならなかった。

 今までこんなにも憔悴した姿を、ヴィヴィはミアにさえ見せたことがなかったのだ。

 ヴィヴィはいつもどれだけつらくても大丈夫だと無理して笑っていたのだから。


 ミアはいっそのこと呪いの言葉を詰め込んで抗議する手紙を、ランデルトに送ろうかとも思ったが、ひとえにヴィヴィのために耐えた。

 ヴィヴィはそれを望まないだろう。

 ただし、バンフィールド伯爵家としては何かしらの行動に出るはずだ。

 今のままでは、ヴィヴィが訳ありになってしまう。


 授業が始まった時刻になっても、ヴィヴィはソファに座って、すっかり冷めてしまったお茶の入ったカップを持ったままぼんやりしていた。

 やがて一限目が終わる鐘の音が校舎から聞こえてくる。

 それだけの時間、ミアはかける言葉もなくただ見ていることしかできない自分に腹を立てていたが、そこにドアをノックする音が部屋に響いた。


 ひょっとしてと思いながら応対したミアの予想は当たった。

 ノックしたのは寮のメイドで、伯爵家からヴィヴィを迎えに馬車が来ているというのだ。

 そこでミアは前もって用意していた荷物をメイドに預け、すぐに行くと伝えて室内へ戻った。


「お嬢様、お家からお迎えが来ております。さあ、参りましょう」

「家から? どうして?」

「おそらく旦那様が、何か情報を得られたのではないでしょうか? そのことをお嬢様にお伝えしたいのだと思います」

「情報……」

「旦那様にもお手紙が届いていらっしゃるのなら、何かあったと間違いなくお調べになるはずですから」

「そう、ね……」


 ヴィヴィはミアの言葉に納得して、立ち上がった。

 いつも寮で過ごすような簡単なドレスではなく、昼間の外出用ドレスに着替えていたことにも気付いていないようだ。

 それだけ注意力散漫になっているのだろう。

 ミアは出したままになっている茶器をさっと片付け、ヴィヴィの後をついて部屋を出て鍵を閉めた。

 伯爵がヴィヴィを屋敷へと呼び戻すことは、昨夜から予想していたので、全ての準備は万端である。


 馬車に乗ってからもヴィヴィはぼんやりしており、玄関で母に迎えられた時でさえも困ったように微笑んだだけだった。

 どうやら伯爵とヴァレリオは書斎にいるらしい。

 そこで話がなされるということは、かなり深刻な内容だということなのだ。

 母に促されて書斎に入っていくヴィヴィを、ミアは心配そうに見送ったのだった。




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