魔法学園115
数日後、ダミアーノからの申し込みを受けたと、ヴィヴィはジョアンナ自身から聞いた。
しかもジョアンナが言うには、よく知りもしないジョアンナを誘ったことの動機を知りたいから、ということだった。
それにはさすがにヴィヴィも驚いたが、その時のジョアンナはジェレミアによく似た笑みを浮かべていたのだ。
呑み込みが早く油断ならないのも、兄妹はよく似ているらしい。
そして、魔法祭まで五日あまりになったある日。
ランデルトから一通の手紙が届いた。
もうすぐ会えるのにと疑問に思いながらも、舞踏会当日の詳しいスケジュールについてかもと封を切ったヴィヴィは鋭く息を呑んだ。
「そんな……」
口から漏れた声はかすれ、ショックのあまり足が震える。
どうにかヴィヴィがソファへ腰を下ろすと、異変に気付いたミアが急ぎ駆け寄った。
「お嬢様、いかがなされました!?」
足下に跪いて顔色を窺うミアに、心配をかけないように笑おうとしたができない。
それでも何度か深呼吸を繰り返すことで、声だけは出せた。
「ランデルト先輩は……舞踏会に――王都に戻れなくなったそうなの」
「戻れなくなった? まさか、あり得ませんわ! 今になってそのような無体なことをなさるなんて!」
「でも、どうしても部隊から離れられなくなったそうなの。お仕事なんだもの。仕方ないわ……」
「お嬢様……」
憤るミアを宥めながらも、ヴィヴィは自分の言葉に納得していなかった。
本当は今すぐ飛んでいって問い詰めたいくらいだ。
(どうして男の人って、仕事を理由に約束を破るの?)
そんな考えが頭に浮かび、ヴィヴィは慌てて否定した。
ランデルトはヴィヴィが前世で付き合っていたような人ではない。
本当にやむにやまれぬ理由があるのだ。
詳しく書いていないのは、軍に関わることだからなのだろう。
(頑張れ、私。先輩はもっとつらいはずだから。めげるな、私。先輩は仕事が落ち着いたら、今回の埋め合わせに、きっと会いに帰ってきてくれるはずだから)
必死に自分を励ましたヴィヴィは、今度は笑顔を作ることができた。
もちろんミアには、それが嘘だと見抜かれているだろうけれど。
「お兄様に――ヴァレリオお兄様にパートナーになってもらえないか、急いでお願いしないとね」
そう呟いて、ヴィヴィは心配して表情を曇らせたままのミアから目を逸らした。
そして立ち上がり、机に向かう。
さっそく兄への手紙を書くのだ。
ひょっとして兄や父は、ランデルトの所属する部隊で何かあったか知っているかもしれない。
そうでなくても説明は簡潔でいいだろう。
もしあれこれ訊かれても、答えは決まっているのだ。――詳しくはわからない、と。
これが軍部に勤める恋人や夫をもつ女性の悩みであると、誰かから聞いたこともある。
ヴィヴィが気にするべきはランデルトの体で、魔物被害に苦しむ人たちのことなのだ。
そう思うのに、頭と心がついていかない。
震えそうになる手を必死に抑えて、ヴィヴィはヴァレリオに手紙を書いた。
すると翌日。
悶々とした気持ちのまま生徒会室へ向かっていたヴィヴィは、教務職員に呼ばれて足を止めた。
家族が面会に来ているというのだ。
急ぎ足を運んで面会室に入ると、ヴァレリオが立って待っていた。
「お兄様!」
「やあ、ヴィヴィ。そんなに驚いた顔をしなくても、予想はできていただろう? 僕が会いにくることは」
「で、ですが……」
放課後ということもあり、ヴィヴィたちの他に面会室には誰もいない。
基本的に家族は寮へと面会にくるので、校舎内の面会室は小さく、ヴィヴィのか細い声も良く聞こえた。
ヴァレリオは入り口で立ちすくんだままのヴィヴィに近づいて軽く抱きしめると、ソファへと促し座らせる。
「ヴィヴィ、いったいどういうことか教えてくれるかい? なぜランデルト君は帰ってこないんだ?」
「わ、わかりません。ただ……隊から離れられないとしか……。お兄様もご存じないのですか?」
「僕だけじゃない。父さんもわからないそうだ。二人とも軍部には関与していないから仕方ないが、父さんなら何があったか当然調べられる」
「いいえ、その必要はありません」
向かいに座ったヴァレリオに問われ、ヴィヴィは震える声で答えた。
すると、ヴァレリオは眉を寄せながら詳細を調べようかと提案してくれる。
しかし、ヴィヴィは小さく首を振って断った。
確かに何があったのか知りたいが、ランデルトが言わないことを調べるなど、疑っているようで嫌だったのだ。
ヴィヴィは昨夜よりは幾分上手くなった作り笑いを浮かべた。
「ランデルト先輩にパートナーをお願いできないのは、残念です。……とても。それで、お兄様は私のパートナーを務めてくださるのですか? もし無理なのでしたら――」
「大丈夫に決まっているだろう? 可愛い妹のためなんだから。たとえどこかの国王が訪問していようと、僕はヴィヴィに尽くすよ」
「仕事してください、お兄様」
「冗談だよ」
「わかっています」
今度こそヴィヴィは本当に笑い、ヴァレリオも笑った。
それから少し話をして、両親にも心配しないように伝えてほしいとお願いすると、ヴィヴィはヴァレリオを見送った。
舞踏会にヴィヴィがランデルトではなく兄と一緒に現れれば、間違いなく婚約解消の噂が流れるだろう。
それでも好きなように言わせておけばいい。
ヴァレリオもわざわざ説明する必要はないと言ってくれた。
きっと、舞踏会の二日後に発表される新しい発見――治癒魔法や防御魔法を保存する方法を発見したとの知らせが、国中を席巻するはずだからと。
そこまで大騒ぎになるかと思うと、そちらも不安になってくる。
だが、ヴィヴィは何事もなかったかのように表情を取り繕い、生徒会室に入った。
遅れるとの連絡は教務職員にお願いしていたので問題はなかったが、ジェレミアは心配げな視線を向けてくる。
どうやら家族が面会に来たと知っているらしい。
ヴィヴィは大丈夫だというように笑みを浮かべて、昨日の続きに取りかかった。
今回のことは、ジェレミアにもマリルにも、誰にも言う気になれなかった。
ただ時間が過ぎてくれるのを待つしかないのだ。
それは舞踏会でも同様だった。
ヴィヴィがヴァレリオを伴って現れると会場が騒然となり、次いで誰もがひそひそと話し始めたのである。
ジェレミアやマリル、アルタは不自然なほどランデルトについて訊いてくることはなく、フェランドでさえも口を閉ざしていた。
ひょっとしてヴィヴィだけならば、どうしたのかと心配してきたのかもしれない。
ただ、バンフィールド伯爵家の次男であり、外務官として将来を有望視されているヴァレリオが、ヴィヴィからほとんど離れなかったのだ。
ヴィヴィは兄の優しさに感謝しながらも、いつまでも逃げるわけにはいかないと、明日からの覚悟を決めていた。