魔法学園11
その後、また色々と悩んでしまったヴィヴィは、ジェレミアに相談することに尻込みしてしまい、その日は悶々としたまま過ごした。
もう一度、七日後の会議で顔を合せれば、恋かどうかはっきりするのではないかと自分に言い訳をする。
ただ次の日になって、幸運なことに魔法学の授業の時は、魔法学室の窓から闘技場がよく見えることに気付き、ヴィヴィは喜んだ。
魔法騎士科の二年目――七回生にもなると実践授業も多く、ランデルトが闘技場で授業を受けている姿が見えるのだ。
(ああ、やっぱり先輩カッコいい……)
成績優秀なだけあって、模擬戦では今のところ全戦全勝。
細マッチョが好きだったはずなのに、ランデルトのがっちりとした筋肉に目を奪われてしまう。
(きっと、脱いだらもっとすごいはず……)
変態思考に陥りかけて、ヴィヴィは我に返った。
まだ自分はたったの十四歳なのに、いったい何を考えているのかと頭を抱えたくなってしまう。
魔法学室は席順が自由なため、この四日間は早めに来ては窓際に座り、外ばかり見ていた。
だが、このままではばれるのも時間の問題かもしれない。
少なくとも魔法騎士科にお目当ての人がいることは知られてしまうだろう。
(そもそも魔法学の授業が毎日二時間あるのがいけないのよ)
まったくの八つ当たりをしつつ、お爺ちゃん先生に目を向け、それからゆっくり教室内を見回す。
クラスの男子はまだ十四、五歳ばかりなので成長期の途中であり、少年っぽい男子が多い。
地球で言うなら、欧米的な容姿をしているので日本人と比べれば大人っぽいのかもしれないが、やはりまだまだだった。
ただ女子のほうがかなり大人びて見えるのは、世界共通のようだ。
(でも、フェランドはラテン的だし、あと数年もすれば体毛が濃くなりそう。ジェレミア君はどうかな……。濃くなっても金髪だから目立たないかも……って、何考えてるのよ! 毛から離れろ!)
どうにか落ち着こうと、またお爺ちゃん先生を――そのつるりとした頭皮を無意識に見つめながらこっそり深呼吸をする。
傍から見ればヴィヴィの挙動は少々怪しいが、幸い窓際の一番後ろに座っていたために、誰も気付いていないようだ。
落ち着いたところで再びヴィヴィは窓の外へと目を向けた。
そして――。
「ふぁあっ!」
と叫んでしまったのは仕方ないだろう。
もうすぐ授業も終わりという時間であるためか、闘技場では片づけに入っているらしく、魔法騎士科の生徒――男子の先輩たちは半分ほどが上半身裸になっていたのだ。
確かに今日は春とは思えないような暑さである。
そして当然の如く、ヴィヴィの微妙な悲鳴は教室内に響き渡り、先生はもちろん皆の視線がヴィヴィへと集まった。
「どうしましたか、ヴィヴィアナ君?」
「あ、いえ、あの、む、虫が! 虫が飛んできて!」
「おや、それは災難でしたね。今日はお天気がいいので窓を開けておりましたが、虫が飛び込んできましたか。やはり美しい花に惹かれるのでしょうねえ」
お爺ちゃん先生は洒落たことを言ったつもりなのか、満足げに笑っているが、ヴィヴィとしては皆の視線が痛かった。
ジゼラは馬鹿にしたように鼻で笑い、ジェレミアは訝しげに、フェランドはにやにやしていて、隣のマリルは心配してくれる。
「大丈夫、ヴィヴィ? 虫だなんて気持ち悪かったでしょう?」
「あ、うん……。でも、すぐに出ていったから……」
こそこそ話しながらヴィヴィは窓を閉めた。
そのせいで、かすかに聞こえていた魔法騎士科の男子生徒たちの声が遠のく。
名残惜しくてさり気なくもう一度見れば、ランデルトはやはり上半身裸であった。
(ああ! やっぱり想像通り! ムキムキ筋肉! まだ十七歳なのにあの仕上がりは欧米的だから? 日本人だとよっぽどじゃないと十代であれは無理だもの……。あ、胸毛はないみたい。って、ちがーう! 毛は忘れろー!)
今度は心構えしていたために奇声を上げることはなかったが、脳内は変態色に染まっていた。
もはや自分への突っ込みも無駄なほどに。
それからランデルトたちはヴィヴィの座る位置からは見えない場所へと移動してしまい、痴女思考が終了したところでチャイムが鳴った。
これで今日の授業は終わり、二日の休みがある。
ヴィヴィは二日もランデルトに会えないことにがっかりしながら、教材をまとめた。
だが、休み明けには会議があるのだ。
それを支えに、休みは気分転換に実家に帰ろうと思いつく。
学園は制服だが、小物類や髪型は自由なので、屋敷で爪を磨いてもらったり、可愛い髪飾りなどを持って帰ってくるのもいいかもしれない。
今までは日本人魂のせいか、学生は学生らしくと地味な髪留めやリボンを使っていたのだ。
もうすぐ十五歳にもなるし、お化粧を薄くしてみるのもありだろう。
そう思うと楽しくなってきて、マリルと並んで教室に戻りながら、休みに何をするかの予定を話した。
マリルはいつも可愛い小物を持っているので、どこで購入しているのかなども訊き出す。
今まであまりお洒落については話したこともなかったのだが、ヴィヴィが興味を持ったことが嬉しいのか、マリルは喜んで教えてくれた。
ちなみにマリルもこの休みは実家に帰るらしい。
春休みの間はずっと実家にいたため、こうして学園に戻るとマリルの母が寂しがるのだそうだ。
そうして次の日の朝、伯爵家からの迎えの馬車に乗って屋敷に戻ったヴィヴィは、さっそく母にお洒落についてのアドバイスをもらうことにした。
母であるバンフィールド伯爵夫人は、明言はしなかったが、どうやら娘が恋をしたらしいと気付いて喜んだ。
お洒落についての話題は尽きることなく、気がつけばあっという間に午後のお茶の時間になっていた。
そこに、執事が一通の封書をトレーに載せてやって来た。
どうやらヴィヴィ宛てらしく、差出人を目にして驚く。
それは王家の紋章が入った封蝋がされており、すっかり見慣れた達筆な文字で、ジェレミアのサインがされていた。
その場で母の許可を取り開封すると、中には招待状が入っている。
「まあ、何の招待かしら?」
形状ですぐに招待状と見抜いた夫人は、興味津々で問いかける。
ヴィヴィがさっと目を通すと、それはお茶会への招待であった。
しかも、開催は明日だ。
「お母様、ジェレミア殿下から、王宮での個人的なお茶会に招待されました。しかも、明日の午後のようです」
「あら、ではさっそく出席する旨のお返事を書きなさい」
「え? ですが……」
「あなた一人だけを招待されたわけではないのでしょう?」
「――はい。いつも仲良くしているバレッツ侯爵家のフェランドさんとアソニティス伯爵家のマリルさんも一緒だとあります」
「では問題ないわ。そのお二人とも殿下の後ろ盾になるには十分なお家ですし、我が家もジェレミア殿下を推させていただくつもりですからね。もちろん、あなたは友人として堂々とお訪ねすればいいのよ」
「――わかりました、お母様」
ただのお茶会だと思ったが立太子に関係してくるようだ。
ジェレミアもその覚悟を持って動き始めたのかもしれない。
できれば、政治的なものに巻き込まれたくはなかったが、国王になるのならと叱咤したのはヴィヴィなのだ。
だから力になれるのならなろうと決めていたこと。
そう考えて、ヴィヴィは返事を書くために自室へと戻ったのだった。