魔法学園113
叙任式後の配属任命式で、ランデルトが任命されたのは見習い期間を過ごした第五部隊だった。
ランデルトが将来目指していた第三部隊にいきなり新人が投入されることはないため、第五部隊が一番近いとされている。
本来なら、ランデルトにとって喜ばしいことで、ヴィヴィはお祝いを言うべきだったのだが、きちんと口にすることはできなかった。
自分のせいでランデルトの夢を諦めさせてしまうからだ。
しかし、ランデルトは笑いながらヴィヴィに「行ってきます」と言って、発っていった。
それからの時間はあっという間に過ぎ、八回生になったヴィヴィはジェレミアの妹で王女であるジョアンナの世話係になり、新入生歓迎交流会でも忙しく働いた。
忙しいほうがヴィヴィは大歓迎なのだ。
また魔法科の授業では、ヴィヴィは防御よりも攻撃魔法に適正があることがわかり、がっかりもした。
攻撃魔法は望まないうちに上級まで扱えるようになってしまったのに、防御魔法は中級で手こずっている。
ただ治癒魔法は治癒師になれる中級魔法を――正確には上級魔法まで習得することができて満足していた。
そして気がつけば長期休暇も終わり、魔法祭の時期になっていた。
今日のヴィヴィは久しぶりに生徒会の仕事を早めに終わらせて、寮へと戻っていた。
ジョアンナから相談したいことがあるとお昼に伝言を受け、ヴィヴィの部屋へジョアンナを招いたのだ。
「ヴィヴィアナ先輩、質問があります」
「何かしら、ジョアンナさん?」
ジョアンナはまるで七年前のジェレミアを女の子にしたような、美しい顔立ちをしている。
今のように気難しい表情をしていればなおさらだ。
ただし、ジェレミアとは性格がずいぶん違い、いつもはおおらかで明るく、愛らしい子供だった。
ジェレミアが以前『あの王宮で育ったのに』と言っていたことを思い出す。
今のジュストは変わったが、当初は我が儘で横柄であり、ジャンルカはあまり関わりがないが、かなり内向的な性格らしい。
「先輩は、舞踏会のパートナーをどうやって選ばれたのですか?」
「選ぶ?」
「はい。私、たくさんの男子に申し込まれたんですけど、誰にすればいいかわからなくて」
「たくさんの男子……」
自慢ではないが、ヴィヴィは今までランデルト以外には、ジェレミアからしか申し込まれたことがない。
さらに言うならダンスでさえ、限られた男子からしか申し込まれないのだ。
そんなヴィヴィに、どうアドバイスすればいいというのだろう。
「ええっと、そうね……。ジョアンナさんは何人から申し込まれたの?」
「まだ五人です」
「ご、五人ね……」
ほんの少し時間稼ぎしたつもりが色々とくじけそうになってしまう。
それでも気を取り直して、ヴィヴィは結局ありきたりなことを口にした。
「できれば、好きな人とパートナーを組めたら一番だとは思うけど、一回生ではまだわからないかもしれないわね……」
「私には好きな人は二人いますけど、まだ一人からしか申し込まれていないんです」
「ふ、二人?」
「はい。どちらも四回生で、一人は申し込んでくれたダミアーノ先輩です」
「ダミアーノって、ボンガスト侯爵家の?」
「ご存じでしたか?」
「それは、まあ……」
ヴィヴィがダミアーノときちんと接したのは、三年以上前――新入生歓迎交流会の少し前に、アレンへのイジメを止めに入った時だけだ。
あれ以来、ジュリオやランデルトの計らいでジュストとダミアーノは引き離され、今はあまり関わりがないように見える。
正直、すっかり忘れていたくらいだった。
「ダミアーノ先輩はすごくかっこいいですもんね! 一回生だけでなく二回生や、三回生にも先輩に憧れている子は多いんです。でも、四回生女子のガードが堅くて。それなのに私に申し込んでくれるなんて夢みたいです!」
四回生で人気が高いのはもちろんジュストだが、ジョアンナにとっては、兄なので眼中にないのだろう。
ただ、接点がないジョアンナにダミアーノが申し込んできたというのが、ヴィヴィには引っかかった。
「そ、それじゃあ、もう一人の好きな人は誰なの?」
「アレン先輩です」
「ジュスト君と仲のいい?」
「はい。アレン先輩とは、ジュスト兄様と一緒に何度かお話したことがあって、密かに人気があるのがわかるくらい、素敵な方ですから」
「そうね、アレン君はとても素敵よね……」
実際に話したことがあって好きだと思うなら、ヴィヴィはアレンを推したかった。
だが、アレンは平民出身であり、ジョアンナとはあまりにも釣り合わない。
密かに人気がある、というのも出身が大きく響いているからだ。
おそらくアレンがジョアンナにもし好意を持っていても、申し込むことはないだろう。
王子の友人としては優秀な故に許されるが、王女の恋人としてはたとえ相性がよくてもまず許されない。
あまりにも身分が違いすぎる。
しかもアレンは己の立場を十分に弁えており、王女を恋人になどといった野心もないはずだ。
ヴィヴィはこういう時に、階級社会というものを呪いたくなった。
もちろんアレンがジョアンナのことを何とも思っていない可能性だってあるが。
(今の私が快適な生活を送れているのは、お父様の娘だからだけど……)
前世の自由さを思い出して、ヴィヴィはため息が漏れそうになった。
ただ前世でも許されない恋はあったし、まったく格差のない社会だったわけでもないが、この世界ほどではない。
どう答えたらいいかと悩みながら、ヴィヴィは話を微妙に軌道修正した。
「同級生には、いいなって思う男子はいないの?」
「ええ、同級生は子供っぽいですから」
「そ、そう……」
ヴィヴィは一回生男子に同情しながらも、今の言葉で逆にジョアンナが年相応の女の子に思えた。
憧れの先輩に誘われて喜ぶ、普通の女の子。
家同士の政治的思惑も関係ない、純粋な動機。
本当にジョアンナは守られて育ったのだなと感じ、ヴィヴィはちょっとだけ考えた。
確かにジェレミアとジュストは仲良く見える。
ただ実際のところ、妃同士の実家の関係は未だに悪い。
それなのに、ダミアーノがジョアンナにパートナーを申し込むなど、何かしら思惑がありそうだった。
「……ジョアンナさんは、ジェレミア君とは仲が良いのよね?」
「はい。ジェレミア兄様は、いつも王宮に戻ってきてくれた時には、いっぱい遊んでくれました。今だって、色々と心配をしてくださっていますし、何かあればヴィヴィアナ先輩に相談すればいいっておっしゃってくださいます。ヴィヴィアナ先輩はとても信頼できるからって」
「それは……光栄ね」
というよりも、プレッシャーであるが、ジェレミアにそのように言ってもらえたのだから、期待に背かないようにしたいとも思う。
「では、ジュスト君とは仲は良いのかしら?」
「ジュスト兄様とは学園に入って、初めてお話をするようになったので、まだ仲が良いとまでは言えないかもしれないですけど、とても親切にしてくださいます」
「そうなのね。ジュスト君もアレン君も素敵な紳士だと思うわ」
結局、ダミアーノの――ボンガスト侯爵家の狙いはわからないが、もし何かあればジェレミアもジュストも守ってくれるだろう。
何より、ヴィヴィが責任を持って、この小さく純粋な王女を守りたいと思った。
ただし、王女として守られるだけではダメなことも学ばなければならないが。
「私たちは魔力の相性をとても大切にしているわ。だから、まだ将来のことはわからなくても、ジョアンナさんが好きだなと思う方からの申し込みを受けてみてはどうかしら? 実際にパートナーを組んでみたら違うと感じるかもしれないし、この人だって思うかもしれない。逆に、ジョアンナさんは惹かれても、相手が違うと感じるかもしれない。こればかりはどうしようもないことだから……まずは試してみることね」
かなり曖昧な言い方になってしまったかもしれないが、ヴィヴィにとってはこれが精いっぱいだった。
ダミアーノを断るべきだとも受けるべきだとも言えないのだ。
ジョアンナはヴィヴィの言葉を噛みしめるように少し考え、それから残念そうな表情で答えた。
「では、それでヴィヴィアナ先輩はジェレミア兄様を振ったのですね?」
「え?」
「三年前、お兄様は傷心のあまり、ジゼラ先輩とパートナーを組んでしまったって、侍女たちは嘆いていましたもの」
何か激しい誤解がある。
そう思ったヴィヴィだったが、とっさに何を言えばいいのかわからなかった。