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魔法学園109

 

「実はね、最近になってかなり外祖父がうるさいんだよ」

「……カンパニーレ公爵が?」

「うん。僕にまだ決まった相手がいないからって、何かと理由をつけて女性を紹介してくるんだ」


 本人にとっては深刻なのだろうが、ヴィヴィが思っていたよりも普通の悩みで、ついほっとしてしまった。

 恋心については周囲が何をしたってどうしようもない。

 それでも公爵は何かせずにはいられないのだろう。


「この七年、学園に通っても僕が相手を見つけなかったからね。祖父は長期休暇のたびに諸外国から知り合いの令嬢を招いて引き合わせようとするんだよ。離宮や公爵家でお茶会やら他に色々と催して一度に何人もね」

「それは大変ね。だとしたら、もうすぐまたお茶会があるってこと?」

「何度もね。しかも、それだけじゃないんだ」

「他にも何かあるの?」

「ほら、低学年の頃ってあまり上級生と接する機会がなかっただろう? 一回生の時の八回生は別として」

「ひょっとして、年上の……四、五歳くらい年上の未婚女性とも引き合されるってこと?」


 ヴィヴィは問いかけながら、今の自分たちよりそれほどの年上の女性ならば、この世界では嫁き遅れと言ってもいい年齢だなと考えた。

 もちろん、だからといって何か問題があるというわけではないだろう。

 研究や仕事に没頭している女性や、ただ単にこれといった相手がいなかっただけ、など。

 だがその考えが甘いことを、続いたジェレミアの言葉で思い知らされた。


「いや、未婚だけじゃない」

「……は?」

「既婚女性も含めてだよ。夫がいても僕と相思相愛とやらになれば離縁という手もあるとね」

「はあ!?」


 驚きのあまり、ヴィヴィは淑女らしからぬ声を上げてしまった。

 ジェレミアはそんなヴィヴィを見て、楽しそうに笑う。

 これがあの悪戯を企んだような笑顔の真相で、からかわれているのかと考えたヴィヴィだったが、ジェレミアはすぐに真顔になってため息を吐いた。


「要は子供さえ――跡継ぎさえできれば、問題はないんだ。特に相手の身分が高ければある程度の魔力も保証できる」

「それは……そうかもしれないけれど……」


 どうやらジェレミアは、こうしてヴィヴィが驚くだろうことをわかったうえで打ち明けたようだ。

 ただ悩みの内容は真実らしく、ヴィヴィは怒る気にもなれなかった。

 それどころか、何を言っていいのかわからない。


「まあ、そこまではまだ許容範囲と言ってもいいかもしれない」

「まだあるの?」


 本当に自分は何もできないなと落ち込みかけたヴィヴィだが、ジェレミアの言葉に注意を引き戻された。

 この世界は一夫多妻が多いが、多夫一妻が許されないわけでもない。

 たいていの女性は離縁して新しい夫の許へ嫁ぐことになるので、ジェレミアの言うように許容範囲と言えばそうなのかもしれない。

 とすれば、他に何があるのだろうとヴィヴィは問いかけた。


「今度、僕たちは八回生で一回生と触れ合う機会が多いだろう?」

「ええ、そうね。もしよければ、妹さんの――ジョアンナさんのお世話係に立候補しましょうか?」

「ああ、それは助かるよ。ありがとう。だが、問題はそこじゃなくてね……」

「どこなの?」

「祖父が言うには、一回生や低学年の子にも目を向けてみるべきだって」

「……は?」

「年齢差としては何の問題もないのだから、将来の妃候補として考えてみるべきだそうだよ」

「はあああ!?」


 驚きを通り越したヴィヴィは、先ほど以上の声を上げてしまった。

 すると、ジェレミアは盛大に噴きだす。

 これこそがあの表情の真相だったかと思いつつ、ジェレミアが笑いにしてしまう気持ちもわかり、ヴィヴィも一緒になって笑った。


「もう笑うしかないよね。これで僕が本気で相手を一回生から選んで、舞踏会やら卒業パーティーでパートナーとして連れていたらどうなると思う? そりゃ、相性なんだから仕方ないって思う人もいるかもしれない。だけど普通は異常者扱いだよ。それで僕を次期国王にって考える人がいる?」

「た、確かに……ちょっと誤解を招くかも……」

「ちょっとどころじゃないよ」

「六年、せめて五年後なら話は違うのでしょうけど……。もし、ジェレミア君がその趣味に目覚めたら、公爵はどうなさるのかしら……」


 笑いながらもふとした疑問が思い浮かぶ。

 色々な情報が氾濫していた世界の元日本人としては仕方ないだろう。


「その趣味って?」

「えっと……少女嗜好趣味? 小さな女の子にしか欲情しない――いえ、好きになれないって……性癖?」

「はあああ!?」


 ヴィヴィの答えに、今度はジェレミアが驚きの声を上げた。

 それは初めて聞く声で、しかも珍しくジェレミアは怒っているように見える。


「あり得ない! 絶対に!」

「ご、ごめんなさい……」

「信じられない! そんなこと考えるなんて、ヴィヴィアナさんはどうかしてるよ!」

「そ、そうね……」


 立ち上がって否定するジェレミアの剣幕に、ヴィヴィアナは慌てて謝罪したが無駄だった。

 結局何も力になれないどころか、追い打ちをかけてしまったようだ。

 ジェレミアはまた室内をうろうろしていたが、やがて足を止めて会長席の机に手をついて深くため息を吐く。

 その姿を目にしてヴィヴィはうなだれ、再び謝罪の言葉を口にした。


「本当に、ごめんなさい。すごく失礼なことを言ってしまったわ」

「いや……もう、いいよ」

「だけど――」


 俯いたままのジェレミアに、ヴィヴィの罪悪感は募るばかりだったが、また謝罪しようとして片手で制されてしまった。

 ヴィヴィがおとなしく口を閉じると、ジェレミアは肩を小刻みに揺らし始める。

 まさか泣いているわけでは、とヴィヴィが思った次の瞬間、ジェレミアは声を出して笑いだした。


「……ジェレミア君?」

「もうさ……祖父の発想もおかしいけど……。ヴィヴィアナさんの発想は、おかしすぎるよ!」

「否定はできないわ……」


 どうにか笑いを抑えようとしながら言うジェレミアに、ヴィヴィはしゅんとして素直に認めた。

 それがまた笑いを誘ったらしい。

 ジェレミアが落ち着いたらまた謝罪しようと、ヴィヴィはしばらく待った。

 やがて笑いを収めたジェレミアが目に涙を溜めたままヴィヴィを見る。


「前からずっと思ってたんだけどさ、ヴィヴィアナさんって不思議だよね?」

「え?」

「たまに発想があり得ないと言うか、斜め上すぎると言うか……普通の女性が口にはしないことを言ったり……」

「それは……」


 謝罪しようとしていたヴィヴィは、ジェレミアの言葉を聞いて焦ってしまった。

 単純にしらを切ればいいのだが、慌てているヴィヴィには思いつかない。

 だが答えを求めていないジェレミアは、大きく息を吐き出して席に戻った。


「さて、気分転換もできたし、残りの仕事を片付けないとね」

「えっと……そうね」

「……僕はヴィヴィアナさんと話しているだけで楽しいよ。笑いも、新しい発見もあって」

「そ、それならよかったわ?」

「うん、よかったよ。ヴィヴィアナさんが友達で。だから、ありがとう」


 すっかり動転していたヴィヴィは、ジェレミアの話がいまいち飲み込めなかった。

 しかし、お礼を言われてそこで、何の力にもなれないと落ち込みかけていたヴィヴィを気遣ってくれているのだとわかった。

 本当にいつもジェレミアはヴィヴィの気持ちを軽くしてくれる。

 お礼をいくら言っても足りないのはヴィヴィのほうだ。


「こちらこそ、ありがとう。結局、何の力にもなれなかったけど、ジェレミア君が笑ってくれるならそれでいいわ」


 そう言って微笑んだヴィヴィに、ジェレミアも今度は穏やかに微笑み返した。

 それからは二人とも真面目に仕事に取り組んだのだった。




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