魔法学園105
結果を言えば、ヴィヴィの考えは甘いと諭されてしまった。
人の欲望には際限がなく、一度大発見をしたレンツォとヴィヴィには、世間の関心は冷めても、為政者たちの関心は続くのだと。
しかも〝ウルの木〟の問題もある。
結局、ヴィヴィは学園を卒業してもそのまま研究所に入所するのではなく、伯爵家に留まるか、王宮に一室賜って研究を続けるしかないだろうとのことだった。
ランデルトがどのような選択をしようと、二人で新居を構えるのは無理だとも。
また社交界にデビューしても、厳選された催しにしか出席できなくなってしまうらしい。
色々とうんざりしてきたヴィヴィだったが、レンツォもまた問題を抱えていた。
身の安全を図ることも当然だが、今まで放置されていた実家――ボンガスト家が何かしら口を出してくるだろうと。
このことについては当然バンフィールド家が関わることはできないので、レンツォが対処しなければならない。
むしろヴィヴィが関わっているせいで、両家に微妙な問題が発生する場合もある。
「まあ、父としてはヴィヴィと私を結婚させてしまいたいでしょうね。そうすればバンフィールド家を取り込めますから」
「だが、断る」
「私も困ります」
「いや、私にもその気はないですよ。ですが、そこまで拒絶されると傷つきます」
「あ、すみません、レンツォ様」
「うん、謝らないでくれるかな? 余計悲しくなるから」
レンツォの言葉にすぐさま伯爵が答え、ヴィヴィも続いた。
そして苦笑するレンツォと微妙なやり取りになる。
「父上にしてみれば、誰でも許さないんだから気にするなよ、レンツォ。ただ二人が一緒になれば守りやすくはなるからねえ」
「そんな手間を惜しんでどうする? ヴィヴィの気持ちが大事だろう?」
「お父様……」
「ヴィヴィ、騙されないで。ヴィヴィの気持ちが大事なら、とっくにランデルト君との婚約を正式に認めてるから」
「できれば、私の気持ちも大事にしてほしいところだけど、父上は――ボンガスト家は放っておいてはくれないだろうなあ」
話が若干逸れてしまって家族の会話になったが、レンツォがぼそりと呟いたことでちょっとした混乱は収まり、その場に沈黙が落ちた。
ボンガスト家は第二王子ジュストの母である妃の実家であるが、今現在はジェレミアが次の王として有力視されているため、何とかしてチャンスを得ようとしているらしい。
ただ王子たちは仲が良く、ジュストにその気持ちがないことが、ボンガスト侯爵の一番の悩みだとか。
噂ではジェレミアの卒業と同時に王太子の地位に就くと言われている。
しかし、ジェレミアに問題があるとすれば、まだ一人もお妃候補を選んでいないことだった。
(もう七回生なのに、ジェレミア君は好きな人がいないのかな……)
立場的に気安く意思表示ができないのはわかる。
相手の身分によっては正式に認められないこともあるだろう。
さらには女子生徒から嫌がらせ受ける可能性もあり、苦しめることになるかもしれないのだ。
しかもジェレミアの片想いという場合もある。
(とはいえ、私が立ち入れることでもないし……。もちろん協力ならいくらでもするけど、ジェレミア君は誰かに頼るようには思えないのよね)
結局、ヴィヴィの扱いをどうするかは、陛下たちに報告してからということになり、話し合いは終わった。
陛下への報告は近々の予定だが、それにヴィヴィが立ち会うことはない。
話し合いの最後のほうは政治的用語も飛び交い、ヴィヴィには難しすぎて他のことを考えていたが支障はなかった。
ヴィヴィはもう一日学園を休み、警備や新しい侍女など万全の体制を整えてから、寮へと戻った。
学園はジェレミアたち三人もの王子が通っていることもあり、今までにない警備体制なので、そこまでの心配はいらない。
三日ぶりに学園に登校した時は、アルタに心配されてしまったが、家の事情だと説明すると安心したようだった。
王都に実家がある生徒たちは、家の事情で休むことがよくあるのだ。
それからヴィヴィは日常の生活に戻った。
ただ寮では新しくスニンという侍女がついてくれている。
彼女とは屋敷でも何度か顔を合せたことがあり、ミアとも顔馴染みだったようだ。
また寮を出てから学園内での警護は増えているらしいが、ヴィヴィにはよくわからない。
そのため、ヴィヴィは気兼ねなく、いつも通りに過ごすことができた。
だがある日、たまたま生徒会室でジェレミアと二人きりになった時。
ジェレミアがじっとヴィヴィを見つめ、何か顔についているかと内心で焦っているうちに話しかけてきた。
「ねえ、ヴィヴィアナさん」
「な、何?」
「何かあったの?」
「え? な、何か……変?」
やはり髪型が崩れているとか、制服が汚れているとかだろうかと、ヴィヴィは問い返しながらもつい髪の毛に手をやってしまった。
しかし、どうやら違うらしい。
ジェレミアはわずかに声を潜めて続けた。
「最近、ヴィヴィアナさんの警護が増えたよね? 伯爵家に何かあった?」
「……気付いてたの?」
「まあ、彼らは姿を見せないけれど、そこまで気配を隠しているわけではないから。今頃は、僕の警護兵と楽しくお茶でも飲んでいるんじゃない?」
驚くヴィヴィに、ジェレミアは軽く肩をすくめて答えた。
そして、どこかヴィヴィにはわからない方向に視線を向けて冗談を言ったが、すぐに真剣な表情に戻る。
「警護兵が増えただけじゃない。ここ最近のヴィヴィアナさんは元気ないように見えるよ? 僕にはまだそれほどの力はないけれど、それでも何かできることがあるかもしれない。差し支えなければ、話してくれないかな?」
「ジェレミア君……」
頼もしいジェレミアの言葉に、ヴィヴィはじんわりと胸が温かくなった。
ここで何でもないと言っても信じないだろう。
もうジェレミアとは七年の付き合いになるのだ。
「ジェレミア君は……自分の立場が嫌になったことはある? 投げ出したくなるっていうか……」
「ああ。それなら、しょっちゅうだよ」
「そうなの?」
「僕の心は僕のものだけど、僕の体は僕だけのものではないからね。その不自由さに苛々してしまうんだ」
最近のジェレミアはいつも余裕に見え、悩みがないとまでは言わないまでも自分の立場を受け入れているのだと思っていた。
将来の王として立つ覚悟を持ち、そのために努力しているのだとも。
ヴィヴィは自分のことにばかり気を取られて、友達のジェレミアについて何もわかっていなかった。
あの入学式の時に偉そうに説教したヴィヴィの言葉で、今のジェレミアは追い詰められているかもしれないのに。
そのくせ、何て愚かな質問をしたのだろう。
「……ごめんなさい」
「どうしてヴィヴィアナさんが謝るの?」
「え? あ……」
思わず口をついて出た謝罪の言葉に、ジェレミアが訝しげに眉を寄せる。
それはめったにない不機嫌な表情に見えた。
「ひょっとして、入学式でのことをまだ気にしている?」
「気にしているっていうか……」
「忘れていいよ。あの時のヴィヴィアナさんの言葉は正論だったし、僕はヴィヴィアナさんに出会わなければ、間違いなく今よりも苦労していただろうからね。感謝しているよ」
「……でも、今の私の質問はすごく無神経だったわ」
「それだけヴィヴィアナさんは追い詰められているってことだろう? 自分の立場を投げ出したくなるような何か、それがあったんだ」
きっぱり言い切られて、ヴィヴィは返答に詰まった。
どう説明すればいいのかわからない。
だがいつかはみんなに知られることで、ジェレミアには将来的にも関りのあることなのだ。
しかもジェレミアは絶対に他に漏らしたりなどしない。
そう思うと、ヴィヴィは相談しようと決意した。