魔法学園101
予想はしていたが会場に入ると、ランデルトはわっと生徒会メンバーに囲まれてしまった。
それどころか、実行委員の生徒たちも交じっている。
現生徒会長などは、涙ぐんでいるくらいだ。
ヴィヴィはちょっとだけ離れた場所でその光景を見つめながら、あれくらい気持ちを表に出すべきだったかと今さら後悔した。
本当は久しぶりの再会に泣きそうなほどだったが、ランデルトを困らせたくなくて我慢していたのだ。
だが、可愛くなかったかもしれない。――現会長は男だが。
結局、その騒ぎもランデルトがみんなを仕事するように叱咤して、解散となった。
ヴィヴィもランデルトに笑顔を向けると、励ますように笑みを返してくれる。
そこで、ヴィヴィが担当場所の受付に向かうと、ランデルトは他の執行部員のパートナーたちと会話を始めた。
他の女性と何を話しているのか気にはなるが、どうにか仕事に集中していたヴィヴィに、ジェレミアが声をかけてきた。
「せっかく久しぶりの再会なのに、邪魔をして申し訳なかったね」
「大丈夫よ、予想はしていたから。それに、先輩が早く迎えにきてくださったから、実はさっきまで二人きりで過ごせたの」
「……そうか。それはよかったね」
「ええ。気を使ってくれてありがとう、ジェレミア君」
「いや、何もしていないよ。それよりもちょっとだけ抜けていいかな? パートナーがそろそろ来るはずだから」
「もちろんよ。待たせたら申し訳ないし、ここは大丈夫だから、気にせずお迎えに行ってきて?」
「――ありがとう、ヴィヴィアナさん。じゃあ、頼むよ」
「ええ」
ジェレミアはいくつかの仕事を担当していたのだが、それらを全て終えてヴィヴィの持ち場にきてくれたらしい。
ヴィヴィはパンフレットを受付に置くだけなので、手伝ってもらうほどの量はない。
ただ並べ方にこだわっていただけだ。
一応は担当に名前を連ねているジェレミアだが、ヴィヴィ一人で十分だった。
そのため、ヴィヴィは笑顔でジェレミアを送り出した。
それからふと、ジェレミアの今年のパートナーはいったい誰なのだろうと思う。
(噂にもなっていなかったけど……ここのところ、ジェレミア君のパートナーは謎ね。賭けの対象にもなるわけだわ)
そんなことを考えていると、今度はランデルトが声をかけてきた。
「手伝うよ、ヴィヴィ」
「先輩、ダメですよ。これは私たちの仕事なんですから。先輩はゆっくりしていてください」
「いや、だがやはりな……」
「例外がないのは、先輩もご存じでしょう?」
「……そうだったな」
学園の行事については外注にお願いはするが、パートナーに――来客者に手伝ってもらうなどはもってのほかである。
生徒会や実行委員を中心とした生徒たちが自ら考え行うのであって、たとえパンフレットを並べるだけの単純作業でも来客者に手伝ってもらうことは遠慮していた。
そのことをランデルトはよく理解しているだろうに、じっとしていられないらしい。
ヴィヴィは笑いながら最後の一束を出した。
これでやっとランデルトと過ごせる。
そう思って顔を上げたヴィヴィは、それが甘かったことを知った。
「先ぱ――」
「ヴィヴィ、隠れろ」
「――え?」
受付に立つヴィヴィをさっと背で庇い、ランデルトは呟いた。
わけがわからず呆然とするヴィヴィの耳に届いたのは、嬉しそうな野太い声。
「ああっ! ランデルト先輩じゃないっすか!」
「うお! マジだ! 先輩、お元気でしたか!?」
どうやら騎士科の生徒らしいが、なぜ隠れなければと思った瞬間、目の前のランデルトがさっと動いた。
何が起こったのかよくはわからないが、とりあえずランデルトは後輩の騎士科の生徒の一人を突き飛ばし、もう一人の腕をひねり上げている。
「いてててっ! すみません、もうしません、放してください!」
「お前ら、舞踏会でまでこんなことをしてくるなよ」
「すみません、先輩が懐かしくてつい……」
「やっぱり不意打ちでも無理でしたねー。久しぶりだからいけるかと思ったのに」
「そう簡単にやられるか、馬鹿が。お前ら、パートナーの方に謝れ」
「はーい」
騎士科の生徒二人はヴィヴィと同じように呆気に取られているパートナーの女生徒に向き直って何かを言っている。
女生徒たちは呆れたような怒ったような、それでいて笑っていた。
その気持ちはすごくわかる。
振り返って申し訳なさそうな表情のランデルトを見ると、もう笑うしかない。
毎年、騎士科の先輩が舞踏会に出席するとちょっとした騒ぎになるのは知っていたが、目の当たりするのは初めてだった。
これでは騎士科だけ食堂の利用時間をずらされるのもわかる。
できるだけ人前ではおとなしくしているようなのだが、久しぶりに先輩に会うと抑えられないのだろう。
何が抑えられないのかはよくわからないが。
「すまない、ヴィヴィ。怪我はないか?」
「……大丈夫です」
答えながらも笑うヴィヴィを見て、ランデルトも困ったように笑う。
その笑顔はまるで悪戯をして怒られた大型犬のようで可愛い。
「公の場ではやめろと言っているのに、どうしても毎年血の気の多い馬鹿が数人、久しぶりに会った先輩に挑戦するんだ」
「先輩は毎年騒ぎに駆けつけるのに大変そうでしたけど……それが今年は挑戦される側になってしまったんですね」
「笑い事じゃないよ。まだいるかもしれないんだから」
「その時は、私は一目散に逃げます」
「そうしてくれ」
結局、二人して声を出して笑い、みんなの注目を集めた。
だがそれ以上に注目を集めたのはやはりジェレミアで、今年のパートナーは魔女四姉妹の一人、去年のアンジェロのパートナーだったマライアだった。
それからは騎士科の生徒はランデルトを見ても嬉しそうに話しかけるだけで騒ぎは起こらず、開会間近になるとやってきた学園の職員と受付を交代する。
これでヴィヴィの仕事は終わりだった。
執行部のみんなはランデルトと久しぶりに会うことを知っており、なるべく当日に仕事が回らないように気を使ってくれたのだ。
とはいえ、ランデルトと一緒にいても誰かしらに話しかけられてしまう。
それも覚悟していたとはいえ、本当に二人で過ごせるのは踊っている時だけで、ヴィヴィとランデルトは何度も踊った。
この舞踏会が終われば、また会えなくなってしまう。
舞踏会が終わりに近づくにつれ、二人とも無口になっていった。
そしていよいよ閉会の挨拶が行われ、皆が帰途につくなかで、ランデルトは後輩たちの挨拶を受けながらも、ヴィヴィの手を離すことはなかった。
「ヴィヴィ……」
「――はい」
「すまない」
「謝らないでください。先輩の……ランディのせいではないんですから」
「では……ありがとう」
「私のほうこそ、ありがとうございます。今日はとても楽しかったです。だから……またあと半年は大丈夫です」
ヴィヴィは込み上げる涙を堪えると、無理に笑顔を浮かべた。
見習い期間が終わると、正騎士に叙任されるために一度王都に戻ってくる。
その時を楽しみに待てばいいのだ。
「……では、頑張らないとな」
「先輩なら大丈夫です」
「――ああ。ヴィヴィも、授業と研究と大変だとは思うが、無理はしないようにな」
「はい」
「じゃあ……」
「先輩……」
「うん?」
「無事のお帰りを、お待ちしてます」
「ありがとう、ヴィヴィ。また――」
あまりにも別れがたくて、寮の前で立ったままいつまでも会話を終わらせられずにいたところに、寮監の声が聞こえた。
早く入るようにと促している。
他にも何組かの恋人同士がいて、仕方なく握っていた手を離し、振り返りながらも寮へと戻っていく。
その姿を見て、ヴィヴィもランデルトの手を離した。
「……ランディ、おやすみなさい」
「おやすみ、ヴィヴィ」
別れではなく、おやすみの挨拶をしたヴィヴィは、振り返ることなく寮へと入っていった。
その背に視線を感じてはいたが、一度振り返ると足が止まってしまう気がしたのだ。
そして寮へと入り、寮監に名前を確認されてから外へ視線を向けると、ランデルトはまだその場に立っていた。
暗くて表情は見えない。
だが、ランデルトからは見えるだろうとヴィヴィはまた笑みを浮かべて手を振り、逃げるように部屋へ戻っていった。