魔法学園100
新学期が始まってからは、魔法祭の準備に授業にと追われ、あっという間に時間は過ぎていった。
そして気がつけばもう舞踏会当日。
ランデルトは昨日の夜に実家に帰ってきているらしく、約束の時間にヴィヴィを寮まで迎えに来てくれることになっている。
そう思うとヴィヴィはそわそわして、朝からちょっとした失敗を何度かしてしまっていた。
「ごめんなさい、ジェレミア君……」
「いや、これくらいはいいよ。むしろ、気にしなくていいから。それにもう準備はあらかた終わったから、ヴィヴィアナさんは寮に戻ったら?」
「でも……」
「女性は準備に時間がかかるんだろう? ソニアさんたちももう戻ったよ?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて戻るわね。これ以上いても邪魔しそうだし」
生徒会室で空になったコップを倒したヴィヴィが慌てて直して謝罪すると、ジェレミアが気を使ってくれる。
それが余計に申し訳なかったが、ジェレミアの言葉に甘えることにした。
今回は空のコップで、しかも割れなくてよかったが、次は何をしでかすか自分でもわからない。
書類を簡単にまとめると、ヴィヴィは立ち上がって鞄を持った。
「本当に、いつもありがとう、ジェレミア君」
「いや、おもしろかったからいいよ。また後でね」
「ええ。また後で」
手を振ってヴィヴィは生徒会室を出てから、ジェレミアに言われた内容に気付く。
今のは怒るべきだったかと思い、その資格はないとすぐに思い直して、そのまま寮へと戻った。
寮ではミアが待ち構えており、ヴィヴィを磨き上げてくれる。
ヴィヴィはおとなしくされるがままではあったが、何度も何度も時計を見てしまっていた。
そしていよいよ準備も整い、ヴィヴィは約束の時間よりかなり早いが、寮の待合い室へと移動することにした。
すると、ちょうどランデルトがエントランスに入ってくる。
二人とも一瞬固まり、次いでランデルトが笑った。
「久しぶり、ヴィヴィ」
「お、お久しぶりです……」
ヴィヴィはどうにか微笑んで答えたものの、その後が続かない。
二人とも黙って見つめ合っていると、寮監の女性の笑い交じりの声が聞こえた。
「二人とも、久しぶりなのはわかったから、移動してくれないと困るわ。もうすぐたくさんの男子生徒がやってくるんだから」
「え? あ、すみません」
「そ、そうでした。あの、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ、大丈夫よ」
ランデルトとヴィヴィが慌てて謝罪すると、寮監の女性は笑顔のまま手を振ってくれる。
ヴィヴィが振り返ると、控えていたミアが励ますように軽く頷いた。
「では、いってきます」
「いってらっしゃいませ、お嬢様。ランデルト様、お嬢様をお願いいたします」
「ああ」
「楽しんでいらっしゃいね」
ランデルトの腕に手を添えたヴィヴィは、ミアと寮監の女性に見送られて寮を出た。
かなり早い時間なので、執行部員としてもまだ会場に行かなくていいはずだ。
そのため、二人きりの時間をたくさん取れる。
しかし、ヴィヴィは緊張してしまって、何を話せばいいかわからなかった。
「……ヴィヴィ」
「は、はい」
「すまない。緊張して、何を話せばいいのかわからない」
「せ、先輩も? 私も、話したいことがいっぱいあったはずなのに、何も出てきません」
そう言うと、二人で顔を見合わせて笑った。
途端に緊張が解けて、以前と同じような和やかな空気になる。
「半年……いや、半年以上会えなくて、その間にまたヴィヴィは……綺麗になった、と思う」
「あ、りがとうございます。……先輩も、すごく素敵です。卒業前よりもまた一段と逞しくなられましたね?」
「そうかな?」
お互いありきたりな、それでも心からの言葉を口にして、二人とも照れながら笑った。
「やっぱり騎士団はすごいよ。先輩方がすごすぎて、いくら騎士科で成績が優秀だったとしても何の役にも立たない。見習いは見習いでしかないって、すごく思い知らされた。自分は未熟で、本当にまだまだだなって」
「そうなんですね……」
「ああ。先輩たちに追いつくには――いや、迷惑をかけないようにするには、必死に訓練するしかなくて、休みなんて取っている暇もなくて、だから……会うこともできなくて、すまない」
「だ、大丈夫です! 私も、私も手紙に書きましたが、研究が面白くて、あの……よければ闘技場前広場に行ってみませんか?」
「今から?」
「時間はまだありますし、闘技場には入れませんが……」
「――そうだな。久しぶりに行ってみるのもいいかもな」
本当はずっと会えなくて寂しかった。
だが、それをヴィヴィが口にしてしまったら、ランデルトはとても気にしてしまうだろう。
今でも少し疲れて見えるうえに、休む暇もないほどなのに無理をして帰ってきてくれたのだ。
だからヴィヴィは笑って話題を変えた。
すると、ランデルトは驚いたようだったが、同じように笑顔を浮かべ同意する。
それからのヴィヴィは、簡単だがレンツォと進めている研究の話をした。
ランデルトを疑っているわけではないが、あまり研究内容は人に話すものではないので、魔物の攻撃に効果のある防具を開発しているのだと説明する。
ランデルトは興味深げに耳を傾け、きっと二人なら成功すると励ましてくれた。
「――懐かしいな。まだたったの半年ほど前なのに」
「私は……先輩がいらっしゃらないことに、なかなか慣れません」
「うん?」
「あ、いえ。その……ここの木々たちを治癒する時に、偶然お会いすることもできないんだなって……」
「……そうだな。あの時は、どうにかしてダニエレからヴィヴィを守るのに必死だったな」
「守るだなんて……。ダニエレ先輩はお元気ですか?」
「相変わらずだよ。いつでも余裕で腹が立つ」
ぼやいたランデルトは、ダニエレが起こした面倒の数々に巻き込まれた話を次々に披露した。
ヴィヴィは笑いながら聞いていたが、やがて時を告げる鐘が短く鳴る。
執行部員たちはそろそろ会場に入らなければいけない。
「――時間だな」
「はい……」
もっと二人きりの時間を楽しみたかったが仕方ない。
ヴィヴィはランデルトに再び差し出された腕に手を添え、会場へと向かった。