魔法学園97
王宮のレンツォの研究室に戻ってからは、ヴィヴィは頭を切り替えた。
くよくよしていても仕方ない。
むしろ、研究に没頭したほうが忘れられる。
どうやらレンツォは〝ジロの木〟と〝ウルの木〟を研究室に運び込むつもりらしい。
その手配のための依頼書を書いているらしく、ヴィヴィにどれくらいの大きさのものがいいか訊ねてきた。
さらにはそれぞれの木を程よい大きさに切断したものも取り寄せるらしい。
「それって、わざわざ伐採してもらうってことですよね?」
「そうだけど、何か問題でもあるのかな?」
「いえ、問題はないんですけど、ちょっと心苦しいかなと……」
「ヴィヴィ、そんなことを言っていたら何もできないよ。今この部屋にある薬草だって全て摘み取ったものなんだ」
「そう、ですよね……。ですが、もし私たちが考えていることが実用化されることになったら、伐採されすぎて枯渇するなんてことはないですよね? ちゃんと植樹もしないといけないのではないでしょうか?」
「ふむ。ヴィヴィの心配ももっともだな。樹木の中には成長に時間を要するものもあるからね」
そう言ってレンツォは立ち上がり、書架へと近付いた。
ヴィヴィは前世の記憶のせいか、森林伐採などに敏感になりすぎているのかもしれない。
レンツォは書架から一冊の本を取り出し、目次を確認してからパラパラとページをめくった。
「どうやら〝ウルの木〟は三年ほどで成木になるらしい。〝ジロの木〟は……通常なら、五年はかかるようだ。だが〝ジロの木〟に関しては、ヴィヴィの考えが正しければ、魔力を与えてその成長速度は上げられるかもしれない」
「それって、ひょっとすると治癒魔法を与え続ければ、成木になった時に治癒魔法が保存できていたりなんて……さすがに無理ですよね? もしできれば、学園の〝ジロの木〟は攻撃魔法を保存しているってことになりますから」
「いや、なかなか面白い説だよ。攻撃魔法を保存なんてことになれば、それこそ武器になってしまうが、試してみないことにはわからないのだから。そうだな、苗木もいくつか頼んでおこう」
ヴィヴィは発案したものの自分で否定したが、レンツォは乗り気になって依頼書にさらさらと書き足していく。
あとは今後の実験方法などを簡単に話し合い、ヴィヴィはミアと屋敷へ戻った。
依頼した二本の木――おそらく大きな植木鉢のようなものに入れられて届くのだろうが、ヴィヴィはこの長期休暇の間に大きな結果を得られる予感がしてわくわくしていた。
ただし、レンツォと話し合った結果、実験のための木々が揃うまでヴィヴィは研究室に通わず、学園の課題に専念することになっている。
残念ではあるが、実験に夢中になる自信があるので仕方ない。
とにかく、今のうちに課題をできるだけ片づけようと頑張っていた五日目の夕方、レンツォからついに材料がそろったとの連絡があった。
課題は頑張ったお陰で、予定よりも七日は余分に研究に費やせる。
翌朝、ヴィヴィは念のためにと課題を一つ持って研究室に向かった。
実験の合間など、どうしても手が空く時間ができた時に課題に取り組めばさらに効率が上がるからだ。
「おはようございます」
「レンツォ様、おはようございます」
「やあ、おはよう。ヴィヴィ、ミア。じゃあ、さっそく始めようか」
「はい!」
ヴィヴィがミアを連れて研究室のドアをノックすると、レンツォがすぐに出て中へと入れてくれた。
レンツォの顔色はよく、どうやら昨夜はしっかり眠ったらしい。
おそらくヴィヴィと一緒に始めるつもりで、待っていてくれたのだろう。
その分、休息をとってこれからの日々に備えているのかもしれない。
レンツォは研究室のもう一つの部屋へとヴィヴィを案内し、ミアはこの五日で散らかった部屋を片付け始めた。
「うわあ……。思っていたよりも大きいですね。それに二本ずつ用意していただいたんですね?」
「うん。成木でも大きさが違ったものがあったほうが便利だろうからね。さあ、まずは成木に私の攻撃魔法を放つから、気をつけて、ヴィヴィ」
「はい」
予想通り大きな植木鉢に入れられた成木は全部で四本。
天井が高いために難なく入っているが、ヴィヴィの身長の二倍以上はありそうな大きさの木がそれぞれ一本ずつ。
レンツォの身長を少し超えるくらいの木が一本ずつ用意されていた。
研究室は基本的に小規模な爆発などが起こっても大丈夫なように、かなり頑丈に造られている。
もちろん王族や貴族たちの住居用の棟や、執務棟からもかなり離れているのだ。
しかし、念には念を入れて、レンツォは部屋に最大級の防御魔法を施すために詠唱を始めた。
どうやらヴィヴィにも効果が及んでいるらしく、自分の体が何かに包まれていく感覚がする。
これほどの魔法を扱えるなんて、やはりさすがだなとヴィヴィは感心しながらも、自分なりにさらに防御魔法を施した。
そして、レンツォは同時に四本の成木に向かって上級の攻撃魔法を放った。
その衝撃はかなりのもので、ヴィヴィはとっさに顔を腕で庇い、目を閉じる。
やはりこれほどの魔法を扱えるなど――最上級の防御魔法を施しながら、上級の攻撃魔法を同時に四方へ放つなど、レンツォの魔力は王宮魔法使いの筆頭に並べるほどだ。
目を閉じたまま、そんなことを考えていたヴィヴィに、レンツォの声がかかる。
「もう大丈夫だよ、ヴィヴィ。目を開けてごらん。すごいから!」
興奮したレンツォの声に、目を開けたヴィヴィは、視界がはっきりしてから驚いた。
あれほどの攻撃を受けていながらも、四本の木には傷一つついていないのだ。
「すごい……」
「うん。本当にすごいよ……。きっと今まで戦争などが起こった時には魔法の威力を活かすために、できる限り広い場所で魔法を放っていただろうし、たとえ森の中だったとしても、周囲の木々が倒れていれば、混乱の中でわざわざ倒れていない木を調べることなんてしなかったんだろう。魔物に関して言えば、魔物が暴れることによって木々は倒されただろうし……。群生する種類のものでもなかったから、気付かれなかったんだ。やっぱり、これはすごい発見だよ!」
「……そうですね」
ヴィヴィは四本の木をじっと見つめながら、レンツォの言葉に答えた。
そこでふと思い出す。
「レンツォ様、この二種類の木に攻撃魔法の効果がないことはわかりましたが、今ので〝ジロの木〟は成長してしまうのではないですか? 天井を超えてしまったらどうします!?」
「え? そうなったら、切ればいいんじゃないかな?」
「あ……そうでしたね。うっかりしてました」
あの威力の魔法を受けたのなら、その成長も著しいのではないかと心配したヴィヴィだったが、単純明快な答えが返ってきた。
それはそうだと気付いたヴィヴィは笑い、レンツォも笑った。