魔法学園9
今日はどの委員会も顔合わせのために第一回の会議が開かれる。
ヴィヴィは面倒くさいなと思いながら、生徒会室の隣にある会議室に足を踏み入れた。
会議室にはもうすでに何人かいて、指定されているらしい席に着いている。
ヴィヴィも自分のクラス名が書かれた席を探して一歩二歩とゆっくり歩いていると、後ろから突然声をかけられて驚いた。
「五回生?」
「え? あ、はい。ご……五回生の二組です」
「そうか。じゃあ、あそこだ」
「……ありがとうございます」
ヴィヴィは振り返りながら答え、そして雷に打たれた。――気分になった。
上級生なのはわかる。
何度か見かけたことがあるので、おそらく生徒会役員だろう。
だが、親切な先輩の顔を見た瞬間、心臓が電撃を受けたのかというくらいに大きく跳ねたのだ。
それでも、呼吸困難に陥りぼうっとする頭をどうにか動かし、体に歩けと命令を下して示された席へと着けたのは奇跡だった。
どうにか呼吸を落ち着けてから、置かれていたプリントに目を通すふりをして、上目遣いに先ほどの先輩を窺う。
先輩はすでに来ていた他の生徒会役員らしい人と楽しそうに話している。
(誰、だっけ? ええっと……何度か見かけた覚えがあるのに……)
今まで何かの集会や魔法祭の時でも生徒会が前に出て何か言っていたが、特に注意を向けたことはなかった。
だから生徒会役員の顔はなんとなく覚えている程度だ。
そして今までにあの先輩を見かけても何も思わなかったのに。
(ああ、笑ってる。あの女子の先輩と付き合ってるのかな? もう婚約したとか? 名前、せめて名前だけでも……)
ヴィヴィの願いは叶い――というよりも、会議開始時間が近くなり、先輩が決められた席に着いたことで名前を知ることができた。
先輩の座った机の名札には生徒会副会長ランデルト。
家名を記していないのはこの学園の風習だが、調べればすぐにわかるはずだ。
これから一年間の生徒会活動の大まかな説明と直近の仕事内容を聞きながらも、ヴィヴィはぼんやりとランデルトを見つめていた。
そして、寮に帰ってからもヴィヴィは上の空だった。
そのため侍女のミアが病気ではないのかと心配し始め、ようやく我に返ったヴィヴィは急いで否定したのだ。
それでも心配するミアに、ヴィヴィはためらったものの打ち明けることにした。
「あのね、ミア。私……ついに見つけたかもしれないの」
「まあ! 同じクラスの方ですか!?」
「いいえ、違うわ」
「では、生徒会の方ですね!?」
「ど、どうしてわかったの?」
「お嬢様が生徒会補助委員に就任なさったので、今日は会議で遅くなると言伝をくださったのではないですか。新しいクラスの方でないとすれば、生徒会関係の方かと予想したまでです」
「なるほど」
「それで、何とおっしゃる方なのですか?」
「……生徒会副会長のランデルト先輩、よ」
「コンコーネ伯爵家の方ですね!」
「そうなの?」
ミアのテンションの上がりように若干引きつつ、ヴィヴィが答えると、後で調べようと思っていた家名まであっさりわかってしまった。
そのことに驚くヴィヴィに、ミアが心なしか胸を張る。
「お嬢様、私共はお嬢様方が学園に通われている間、ただ無意味に時間を過ごしているわけではございません」
「わ、わかっているわ。この部屋だけじゃなくて、当番制で寮の掃除などもしてくれて――」
「情報収集でございます!」
「じょ、情報収取?」
「さようでございます。お嬢様がよりよいお相手と出会えますよう殿方の素性や門閥はもちろんのこと、婚約者の有無、恋敵の有無などきっちり侍女同士で情報を共有しております」
「そ、そうなんだ……」
「もちろん、侍女同士の派閥もございますし、お仕えする方々が恋敵となってしまわれた場合、今までの仲間であろうとも一線を画すことにはなりますが……」
新たに知った侍女同士の事情に、ヴィヴィは圧倒されていた。
どこの世界でも女子は女子だなと。
そんなヴィヴィの様子に気付くことなく、しみじみ裏事情を語っていたミアははっとした。
「私たちのことはどうでもようございました! それよりも、お嬢様の想い人様についてですね!」
「え? いえ、その――」
「お任せください、お嬢様。ランデルト・コンコーネ様のことでしたら、私もある程度の情報は掴んでおります!」
「そうなの?」
「もちろんですとも! お嬢様がいつ恋に――あ、いえ、相性のいい方にお会いするかわかりませんでしたので、目ぼしい殿方については調べさせていただいております!」
「あ、ありがとう……」
どうやらミアのこのテンションの高さは、ついにヴィヴィが恋に落ちたことを喜んでいるかららしい。――言い直してはいたが。
入学してから今まで、何度かジェレミアやフェランドのことについてどう思っているのかと訊かれたことはあったが、ヴィヴィはただの友達としか思えないと答えていた。
その時のミアの残念そうな顔を思い出す。
「まずは、先ほども申しましたが、ランデルト・コンコーネ様はコンコーネ伯爵家のご出身で、兄君が三人いらっしゃいます。そのため爵位を継承されることはないようですが、魔法騎士科に在籍されていて、成績は常に上位。魔法騎士として将来を嘱望されており、女子生徒からの人気もほどほどにございます」
「……ほどほど?」
「さようでございます。その理由の一つといたしましては、やはりご自分で殊勲を立てなければ叙爵が難しいであろうこと。そのため身分あるご令嬢方は対象とされていないようでございます。ですが、平民出身の女子の間では手堅い結婚相手とされております。ただ、もう一つ……」
「何?」
「その、あまり女性受けするお顔ではないと伺っております」
「ああ、そういうことね!」
何か欠点があるのかと思えば、むしろヴィヴィにとっては歓迎すべき理由だった。
自分でも小さい頃から言い聞かせていたが、イケメンは観賞用。結婚するならフツメンというのが信条だったのだ。
今でも、イケメン――ジェレミアやフェランドはカッコいいと素直に思うが、ときめいたりはしない。
ミア情報から考えるに、どれだけ相続財産があるのかわからないが、妻を二人も三人も娶る可能性は低い気がする。――本人が多情でなければだが。
「それで、先輩の経歴や将来性はわかったから、現在婚約者はいるの? 彼女は?」
「今のところ、お相手がいらっしゃるという情報は入っておりません」
「そっか……」
「ですが、ご本人様のお心についてはわかりかねます。申し訳ございません」
「ううん! それは仕方ないからいいの。だって、本当にまだ……あ、相性がいいかどうかなんてわからないし……」
ヴィヴィは顔を赤くして、ミアの言葉に首を振った。
たとえ一方が相性がいいと――好きだと思っても応えてくれない場合はある。――要するに片想いだ。
ヴィヴィは前世の恋愛経験を覚えていても、今は十四歳で初めての恋だった。
ひょっとして前世の記憶のせいで同年代の男子とは恋愛できないかもと思っていたが、そうではなかったらしい。
(ああ、どうしよう。このどうしようもない気持ち……久しぶりすぎて、あああああ!)
今すぐ叫び出したいような走り出したいような、もどかしくてどうしようもない。
ヴィヴィの頭の中は今日一日の――というよりも、声をかけられてから会議が終わるまでのランデルトを思い出しては悶えたのだった。