魔法学園1
「ねえ、ミア。前世って信じる?」
「はい? ゼンセ、でございますか? 申し訳ございませんが、私にはわかりかねます」
「そう……そうよね。ごめんね、ミア。今のは忘れて」
侍女のミアが頭にハテナマークを浮かべながらも頷くのを、主人であるヴィヴィアナは鏡越しに見ていた。
今、鏡に映っているヴィヴィアナ・バンフィールドは、このインタルア王国のバンフィールド伯爵家令嬢であり、茶色の髪と瞳の十歳の少女だ。
しかし、その脳内にはおよそ十歳には似つかわしくない考えが巡っている。
それはたとえ幼少期より貴族令嬢としての礼儀作法や学問を学んできたからという理由ではない。
(輪廻転生って確か、仏教の考えだっけ? 他の宗教でもあったんだっけ? いや、まあどうでもいいや。とにかく、この世界には輪廻転生って概念がないってことだけはわかってるから)
就寝前にミアに髪を梳かしてもらいながら、ヴィヴィアナ――ヴィヴィは知らず難しい顔をしていたらしい。
ミアが手を止めて謝罪する。
「お嬢様、申し訳ございません。お痛みがございましたか?」
「え? あ、違うのよ。ちょっと考え事してただけ」
「さようでございましたか。お邪魔してしまい申し訳ございません」
「大したことじゃないから、いいの」
ミアがヴィヴィの専属の侍女になってもう五年近くになる。
この国では十六歳で成人とされ、ミアが紹介状を持って伯爵家にやってきたのが七年前。
二年間、古株の侍女に教育されてようやくヴィヴィ専属の侍女となったのはミアが十八歳の時だった。
侍女長から紹介されて深く頭を下げるミアを目にして、若いのに大変だなと思った覚えがヴィヴィにはある。
その頃から、自分はおかしいのではないかとヴィヴィは感じていた。
夢に見る自分は今とは違う世界で、違う名前で暮らしていた。
寝ている時だけでなく、昼間でもふとした時に思い出す。
ずっと何だろうと疑問だったけれど、成長するにつれてそれが前世ではないかと思い始めたのだ。
もちろんその知識も、その前世での自分の情報から得たものだった。
ヴィヴィにとって前世の自分がどのような最期を迎えたのかはわからない。
大学というものに通って、仕事に就いていたことは覚えている。
とはいっても、鮮明な記憶ではなくぼんやりとしたもので、今の自分の生活に大きな影響を与えているわけではない。
言語は根本的に違うので、文字をすらすら書けて難しい本を読めるなんてことはなく、礼儀作法は一から徹底的に体に叩き込まなければいけなかった。
残念ながら、何か特別な力があって聖女だったなんて、マンガなどによくある展開にもなりそうにない。
たた、性格には大きな影響を与えている。
要するに、小さいのに大人びた考えをする、落ち着いた子ども。
これがヴィヴィの周りからの評価だ。
ベッドに入ったヴィヴィは、ミアが真っ暗にせず薄明りの光に変えたことによって天井にできた影を見つめながら考えた。
今さらこんなことを悩んでいるのはきっと明日からのことがちょっと不安だからだろう。
明日には全寮制の学園に入学するために、この屋敷を出なければならない。
学園は十一歳になる年から十八歳までの八年間の男女共学の一貫校で、最初にしくじれば面白くない学生生活が待っているのだ。
(学園での生活次第で、今後の人生が大きく変わってしまうのよね……)
この世界には前世にないものが――魔法がある。
一応の基礎は家庭教師に叩き込まれたが、魔法を重視するこの世界で上手くやれるかが心配だった。
(でも、先生も私の魔力レベルは貴族としては普通だって言ってたし、問題はないはず。うん、寝よう!)
ヴィヴィは自分にそう言い聞かせて目を閉じた。
明日から始まるプロサンテ王立魔法学園のことに思いを馳せながら。