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あやかし遊戯  作者: Ritu
8/8

夢買い(3)



「彼が夢買いの晴臣はるおみさんです」


 千羽夜の紹介に応じるように、晴臣は学生帽を少し上げた。影に隠れていた藍色の瞳が露になる。妖しい光を湛えた目は、確かに何か魔力のようなものを秘めていそうだった。


 こんにちは、と二人とも頭を軽く下げた。あまり大人が得意ではない高広は、借りてきた猫のように大人しい。けれど、高広の視線の先を追うと、屋台の上に乗った盆を熱心に見つめていた。


 奇妙な屋台だった。商品はなく、大きな盆に水が張ってあるだけだ。要と高広は顔を見合わせた。これで、どうやって夢を買うのだろうか。


「さて、どちらが客だ?」


 高広、と千羽夜が呼びかける。すると、晴臣はかすかに目を細めて、要を見た。


「君の夢にも興味があるな」


 要はとっさに言葉が出なかった。悪夢とは違うけれど、見たくない夢だったことは確かだ。要が神隠しに遭う前日の夢。実際に起きた、過去夢。手放せるのなら、手放してしまいたい。


「どんな夢でも引き取ってくれるんですか?」


「君が構わないなら、こちらとしては大歓迎だ」


 晴臣の藍色の目には、要にもわからない何かが映っているのだろうか。夢の内容まで見透かされたような気がして、少し居心地が悪い。


「なんだ、お前も何か夢を見たのかよ」


「ほとんど毎日見てるって、前に言ったじゃないか」


「そうだったか? まあ、よくわからないけど面白そうだよな」


 高広はさっきからちらちらと落ち着きなく盆を見ている。晴臣の表情が少し和らいだ。


「その盆を覗きこんでごらん。君からやろう」


「覗くだけでいいんだよな?」


 盆を覗きこんだ高広が、はっと息を呑んだ。


「なに?」


「水に、俺の見た夢が映ってる」


 人の夢を見る機会なんて、普通ならない。珍しく好奇心に駆られて要が近づこうとすると、晴臣に止められた。


「他の人間が覗くと、夢が混ざる」


「すみません。あの、高広の夢をどうするんですか? 誰かに売るんですか」


「需要があれば。ただ、彼の見た悪夢は別のことにも使えそうだから、まだどうするかは決めていないよ」


 やっぱり、晴臣は他人の見た夢の内容がわかるのだ。


「普通の人間が思っている以上に、夢は貴重なものなんだ。他人と共有できないものには、力がある」


「共有できないものって、夢の他に何がありますか?」


「怒り、悲しみ、恐怖、郷愁、愛惜……とか。主に感情面だな」


 何と答えていいかわからなくて、要は口ごもった。


 見た目は十代の青年に見えるけれど、老成した落ち着きや難しい話ぶりを見ていると、どことなく祖父の年代に近いものを感じる。


「終わった、みたいだ。やっぱり怖かったけど」


 振り返った高広は、不思議そうな顔をしていた。


「あれで夢を売ったことになるのかよ」


「まだだ。今度は盆の中に手を入れてごらん」


 そんなに深くないはずなのに、腕を全部入れても底に届かないらしい。


「なんだ、これ」


 そう言って高広が掴み出したのは、群青色の匂袋だった。


「今必要としていて、夢の価値に見合うもの。それが代金だ」


 妖の世界に通貨があるとは思っていなかったから、そちらは納得できる。だけど、高広に匂袋が必要とは思えない。


「魔よけの香だ。悪夢を見なくなるが、それだけじゃない。常に持っておくといい」


「ふうん」


 晴臣の意味ありげな言葉にも、あまり興味がないらしい。高広の関心は既に別のところにあった。好奇心旺盛だが、興味を失うのも早いのだ。


「次はお前だぜ、要」


 夢をもう一度見るのは嫌だったけれど、仕方ない。盆に張った水を覗きこむと、すぐに水面に波紋が広がって、要の顔はかき消され、代わりに夕暮れ時の神社の風景が映し出された。


 すぐに夜へと移り変わり、水に映る要は少女の手を取って、山奥のさらに先、異界へと足を踏み入れた。


 ーーこのまま、ずっと一緒にいられたらいいのに。


 そう言ったのは、要だったか、あの人だったか。


 ーーせめて、この村から離れないで。


 あの人は別れ際に涙を流して懇願した。そのたった一つの約束すら守れなかった自分の無力さが、もう一度、はっきりとした映像として、眼前に突き付けられる。


 水面が揺れて、険しい顔をした要の顔が映る。要が手を伸ばした先で掴んだのは、一本の笛だった。





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