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あやかし遊戯  作者: Ritu
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百鬼夜行



 ーー今夜は百鬼夜行があるよ。


 夜の闇に紛れて、開け放った窓の外から声をかけてくるモノがあった。


 春のやわらかな夜気が心地いいけれど、時おり、じっとりとまとわりつくような風が吹いてくる。確かに今宵、百鬼夜行が行われるようだ。四月の午の日。百鬼夜行の夜が来ると、街は人の所有を離れて、魑魅魍魎の跋扈する異界へと変貌する。


 ーー狂気の夜。妖たちの宴。おいで、少年。君はこっちの存在だよ。


 妖は機嫌良さそうに、唄うように言って、要を百鬼夜行へと誘う。自分は普通の人間だと言っても、毎月毎月、飽きもせずにやってくる。百鬼夜行について行ったらどうなるのか、試してみたことはない。ただなんとなく、行ってはいけないような気がしている。


「僕は行かないよ」


 はっきりと断って、窓を閉めた。本当はまだ夜の空気を感じていたかったけど、これ以上何かがやってきては面倒だ。


 ーー残念。


 そんな呟きを一つ残して、気配が去っていく。ここは五階なのに、なんて疑問は今さらだ。


 妖。要は自分にしか見えないらしい彼らを、そう呼んでいる。


「要、なにか言った?」


 扉の隙間から母が不安げな顔を覗かせた。すかさず、要はラジオを付けた。途端に、ラジオから笛の音が聴こえてきた。か細い音が誰かを呼ぶように、長く高く響く。


「ラジオを聞いてたんだよ。ーーこれ、どう思う?」


 母はほっとしたように息をついて、困ったように笑った。


「そう、一人で話しているのかと思った。ーーそれ、お母さんが学生時代に流行った曲だわ。懐かしい」


 やはり、自分とは違うものが聴こえているのだ。目に見えない境界線を引かれたようで、顔が歪みそうになる。幸い、母は気づかずに部屋を出ていった。



 ーー深夜、全ての音が消える頃、異質な笛の音と大勢の下駄の音が遠くに聴こえた。


 生まれ育った村を出たものの、住んでいるのは郊外の住宅街だ。あの百鬼夜行がどこまで行くのかわからないが、都会では聞き逃してしまいそうな音も、妙に響く。


 連れて行かれませんように、と布団の中で息を殺す日もあれば、百鬼夜行の音を子守唄に眠れる時もある。今夜は眠れそうになかったけれど、不思議と穏やかな気分だった。


 自分にしか見えないモノを、受け入れたわけじゃない。思ったよりも諦めは心地よかった、というだけだ。自分は普通ではないのだと、認めてしまえばどうということはない。


 思いきって布団から起き出して、カーテンの隙間から外を覗いた。長い行列が眼下に続いている。自分にしか見えない景色というのは、幸か不幸か、どちらなのだろうか。


 ーー子どもは感受性が強いから、大人に見えないモノが見えることもある。だから、心配するな。


 そんなふうに、要を励ましてくれる大人もいた。それが本当なら、いつか見えなくなる日が来るのかもしれない。春の夜に見る、短い夢のように。


 ーー鈴の音、話し声、お香の匂い。百鬼夜行の夜は、まだ始まったばかりだ。





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