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あやかし遊戯  作者: Ritu
3/8

夢見草

 春の夕暮れは独特のほの暗さがある。冬ほど暗くはないが、五時になれば薄い闇が空を覆う。今日は生暖かい風が吹いていた。この時期、強風の後なんかは特に、気持ち悪いくらい暖かくなる。


 桜の時期は大勢でごった返す近所の公園も、桜が散ってしまった後、それも夕暮れ時なんかは、地続きの異界のように、ふっと人の気配だけが途絶える。


 大きな池を覗きこむと、この間の雨の日に散らされてしまった桜の花びらが、寄り添うように浮かんでいた。花びらが夜空に舞っているようだと、群青色の池を見て思う。


 ーー夢見草。


 桜の別名だ。幻のように美しくて、夢のように儚いから、そんな名前がついた。


 枝にはまだ少しだけ花が残っている。それでも、もう花見の時期は過ぎた。来年になるまでは、見向きもされなくなるのだろう。


 ぼんやりと見上げた視界の端で、公園の自然物にはない、橙色の物体がこそこそと移動しているのに気づいた。桜に気をとられているふりをしてーー距離を縮めてから、突然走り出した。


 慌てて逃げ出すが、もう遅い。橙色のパーカーを着た肩を、しっかりと叩いた。


「次は高広が鬼だよ」


 高広はちぇっ、と毒づいて、ぶっきらぼうに尋ねた。


「何を見てたんだよ」


「桜を」


「ああ、もう散ったんだな」


 花になんてまるで興味を示さないで、次の鬼になった高広は細長い橋を渡って去っていった。


 要は高広とは反対の方向へと進み、小さな橋を渡って、弁財天のお堂のところまでやってきた。ここにも桜の気がある。すでに葉桜になって、今年の役目は終えたとばかりにくつろいでいるようだ。花を愛でることはあっても、この大きな幹を眺めることは少ないのではないか。そう思って、幹に触れた。労るように撫でてみる。


 しばらくそうしていたけれど、やがて次の鬼から身を隠すために、お堂から離れた。お堂の裏は隠れるのに絶好の場所だけれど、ここの弁財天は気難しいと聞くから、余計なことはしないのが一番だ。


 ふと、あたりに広がる黄昏の闇を見て、古い記憶がよみがえった。


 黄昏時、人気のない公園、隠れ鬼。神隠しの条件が、そろっているのだ。


 そんなことを考えていると、いつの間にか足音が増えていた。自分の足音と、もう一人、誰かの足音が、背後から聞こえてくる。振り返る勇気はない。というより、振り返れない。振り返ってしまったら、また「あの世界」に迷いこんでしまう。


 振り返えらずに、水面を覗きこむ。要の背後に、同い年くらいの少女が立っていた。


 水を介して、視線が絡む。


「ーー何してるの」


 君は誰、と尋ねる前に、先を越された。


「隠れ鬼を」


「ね、私も混ぜて」


 少女が要の顔を覗きこむ。これで、振り返らずにすむ。雛人形のように黒々としたおかっぱの少女が、蠱惑的な笑みを浮かべていた。


「構わないけど」


 少女の手を引いて、高広を追いかけた。


「おーい、要」


 小さな橋と大きな橋を渡った先で、高広と他の仲間たちを見つけた。


「藤岡、もうすぐ門限だってさ。次の一回で最後にして、俺らも帰ろう」


「わかった。この子も入れてほしいって言うんだけど、いいよね」


 一斉に視線が少女に移る。高広もちらりと見ただけで、頓着なさそうに答えた。遊んでいる最中に知らない子が混ざるのは、子どもの遊びではよくあることだ。そこに時折、人でないモノが混ざるのも。それに気づくのが、要だけなのも。


「いいよ。名前は?」


 少女が僕を振り返る。要はとっさに思いついた名前を口にした。


「ーーゆめ」


 少女の目が嬉しそうに輝いた。


「じゃ、最後は藤岡が鬼だからな」


 五人の子どもが一斉に散り散りになる。今度は少女が要の手を引いて、走り出した。


「要が名前をつけてくれた」


「気に入ったなら、良かった」


「でも、どうしてゆめなの?」


「桜のことを、夢見草って言うから」


 少女はクスクスと笑った。


 少女が走る先には、弁財天のお堂がある。予想通りだったから、驚くことはない。


「春じゃなくても、ここに来て、私を見てくれる?」


「会いに来るよ、きっと」


 ゆめは満足そうににっこりと笑った。


 闇がますます深くなる。帰るぞ、と要を呼ぶ仲間の声が聞こえてくる。隣にいたはずの少女は消えて、代わりに桜の花びらが降ってきた。春の夜は、こんな出会いが多い。

 



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