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ナイター 卓球  作者: チキータ
5/5

サーブ5 女子力

チーム開幕戦。第1試合の僕は呆気なく3ー0のストレートで敗れた。第2試合目の相田さんは、シェイクハンドラケットを右手に持ち、相手との練習中、軽やかにラケットを振っていた。相田さんに前に聞いたら、小学生、中学生の時に卓球部に所属していたとの事。高校生の時は、演劇に熱中していたらしい。卓球から、演劇と振り幅が凄い。相田さんの試合相手は体格のガッチリした、屈強な人だった。体格では完全に負けているため、僕は心配になったが、心配をよそに、普段の練習と変わりない様子で淡々とボールを打ち返していた。しばらくして、審判の合図で、相田さんの試合が始まった。相手からのサーブ。相田さんのバックハンドを狙った速くて長いサーブがきた。相田さんは回り込んで、そのボールをフォアハンドで撃ち抜いた。相手のガラ空きだったコースにボールが抜けていった。「サー」相田さんが、声を上げ、握り拳でガッツポーズをしていた。「サーカッコ良すぎでしょう。」一瞬にして、相田さんの世界に引き込まれてしまった。普段どちらかと言えば、控えめな彼女が、屈強な男性選手を苦にせず、堂々と闘っていた。相田さんは、フットワークが良く、俊敏にボールに飛びついていた。相手に比べてパワーは劣っていたが、スピードとテクニックでは勝っていた。冷静に相手の動きを見ながら、コースにボールを送り、得点を積み重ねていった。相手の選手はかなり動き回っており、汗だくの状態だった。相田さんは、疲れた様子もなく、軽やかにステップを踏んでいた。「蝶のように舞、蜂のように刺す」コートの中で、自分自身のプレーを表現していた。試合は最後まで、相田さんのペースで進みあっという間に勝負がついた。3ー0のストレートで勝利した。「凄いぜベイベー」僕はさっきまでの敗戦の虚しさを忘れて夢中で応援をしていた。相田さんがタオルを手に取り、早足で戻ってきた。朝日さんと僕はハイタッチで勝者を迎えた。「おめでとう。もう勝ったね。凄かったよ」声を掛けるとタオルで汗を拭いながら「ありがとうございます。少し緊張しました。」照れくさそうに笑顔で応えてくれた。その姿は、いつもの控えめな相田さんに戻っていた。チームは相田さんの勝利で1勝1敗の五分となり、3番手の朝日さんに命運が託されることになった。「それじゃあ、頑張ってくるから」朝日さんはラケットとタオルを手に取り、コートに向った。朝日さんの試合相手は、朝日さんと同じ位の30代で、背格好も似ていた。試合前の練習では、朝日さんと同等にボールを打ち合っていた。「相手もかなり、上手そうだな。朝日さん、大丈夫かな?」いつも頼りになる朝日さんだが、チームの勝敗がかかるこの場面で、緊張もあるだろう。ましてや、今日が開幕なのだからプレッシャーもかかっていると思う。朝日さんは、左手に持ったシェークハンドラケットを胸の高さまで上げ、台から少し離れた位置で膝を曲げて前傾姿勢で構えた。後ろから見ると、朝日さんの背中が大きく、卓球台を覆い隠す迫力があった。試合が始まると、予想通り最初からハイレベルな展開になった。お互いに回転をかけた力強いドライブボールを打って点数を取り合っていた。「朝日さん、負けるな」あっさり負けた僕が言える立場ではないが、心の中で強く願った。第1セットは、デュースまでもつれ込んだ。先に2本連続で取った方が、セットを奪うルール。手に汗握る展開であったが最後は朝日さんが、チャンスボールをスマッシュし、第1セットを奪った。朝日さんが、水分補給のため、僕らのいるベンチに戻ってきた。「ナイスゲームでした。」相田さんが声を掛けてペットボトルを手渡すと「だいぶ相手のボールにも慣れてきたわ。次からもう少しギアあげていくから」と朝日さんが話した。「次も頑張って下さい」僕が声を掛けると「了解」と拳を突き出し、グータッチ、試合に戻った。第2ゲームが始まると、朝日さんは先殆よりもう少しだけ卓球台から離れた位置で構えた。女子はどちらかというと、台の近くでボールを打ち合う早いテンポの卓球をする人が多いが、朝日さんは台から離れた場所から、男子さながらのスピンの効いたボールを打つのを得意としていた。長い手足と恵まれた体格を充分に活かすスタイルだ。第1セットに比べてラリーの回数が少なくなってきた。朝日さんの左から放たれるボールの勢いに相手が押されていた。必死に繋いできたボールを朝日さんは鋭いコースに迷うことなく、決めていった。サウスポーの選手独特の球の回転とコースで相手を徐々に翻弄していった。第2セット以降は、完全に朝日さんのペースで試合が進み、終わって見ると朝日さんが、セットカウント3ー0のストレートで勝利した。試合に勝った朝日さんは、笑顔で僕らのところに帰ってきた。「良し、何とか勝てたね。これでチーム初勝利。まずは記念すべき1勝をゲット」朝日さんと僕と相田さん3人並んで試合後の挨拶のため、相手チームに一礼した。

こうして僕ら6部チームは、開幕戦を勝利という形で終えることが出来た。僕は勝つ事が出来なかったが、頼もしい女子2人の活躍でチームは勝つことが出来た。チームが勝った喜びが湧き出てきた。「この調子で来週も頑張ろうね。優勝目指すわよ」朝日さんが嬉しそうに最後を締め、この日はこれで解散となった。

6部チームの戦績 1勝0敗。僕はデビュー戦勝利することが出来ず、1敗。「今日の2人の活躍は凄かったな」家に帰る途中、さっきまでの緊張感が一気に解放されて、疲れをどっと感じた。それと同時に思うようなプレーが出来ずにアッサリ負けてしまった悔しさのようなものが心のそこから滲み出ていた。「次は勝ちたいな」ここ何年も感じたことの無かった感情というか感覚が胸を覆っていた。始まったばかりのナイター卓球、会場の雰囲気や試合にも完全に飲み込まれ、地に足がついてなかった。この先、どのような展開になるのだろうか?そんな事を考え、公園の中を歩いていると、ボート乗り場で何組かのカップルがボートを漕いでいる。さっきまでの卓球会場との差は僅か数百メートルしかないが、世界はこんなにも違うのですね。ふと立ち止まり、女性がオールを持って、ボートを漕いでいるカップルを眺めていると、何となく目があった気がした。暗がりの中を1人、疲れた様子で佇んでいた僕は、そのカップルから見ると怪しい気配をまとったダークな男に見えただろう。「安心して下さい。僕は卓球をしてきただけですから」

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