サーブ4 デビュー戦
僕は、チームの1番手として、コートに立った。後ろの控え席に相田さんが座り、心配そうにこちらを見ている。背後からもヒシヒシ感じ取れた。そして、目の前には、眼鏡をかけた、少しぽっちゃりした、おじさんが卓球ウェアに身を包み立っていた。初戦の相手は、建築関連の会社チームだった。全員男性で構成されていた。審判席に朝日さんが座り、準備についた。審判は試合をしていない選手が行うことになっている。「リュウタ、頑張ってね」小声で朝日さんが声を掛けてくれた。「それじゃあ、始めましょう」朝日さんの合図で僕と対戦相手の選手は中央に進みガッチリと握手をした。「宜しくお願いします。」お互いに挨拶を交わした。大会の注意事項にもあり、試合前はキチンと挨拶するようにとの事だった。いつの世代になっても、どんな場所でも挨拶は大事で、スポーツマンシップの基本という事だ。挨拶を交わした後に、サーブ権を決めるジャンケンをした。僕は、ジャンケンの時は、最初はパーを出すパーマンだ。珍しくジャンケンに勝ち、僕はサーブ権を選んだ。いよいよ、試合の開始の時。緊張からボールを落とさない様しっかりと握り、相手から見てコートの左端に立った。「プレイ」朝日さんの合図で、僕はサービスの構えに入った。その瞬間、身体が異様な感覚になっているのを感じた。「身体がスムーズに動かない」やっとの思いで、サーブトスをしたが、ボールが上がりきらず、回転もかけられないまま、やっとの思いでボールを打った。ボールは勢いなく、辛うじてネットを超え、相手コートに入った。その瞬間、その風貌から想像出来ない程、勢い良く、相手はボールを打ち返してきた。一瞬にして、ボールは、僕の横をすり抜けて行った。「よっしゃ」相手が声を出して、ガッツポーズをしている。スマッシュを決められた。サーブは、2本交代なので、もう1本僕は打った。今度も勢いのない、打ちごろのボールだった。待ち構えていた相手は、今度も勢い良く、ボールを打った。「ベチ」ボールは僕の右太腿に突き刺さった。サーブ2本いきなり、強いボールを打ち返された。卓球では、サーブを出した方が点を取るのに、有利とされているが、僕のサーブは問題外だった。今度は、相手のサーブ。僕が構えに入るとすぐに、相手はサーブを打ってきた。ボールは僕のバック面にきた。何とかボールをラケットに当てて、やっとの思いで返したが、そのボールをまたもやスマッシュされた。「よっしゃ」相手はまたガッツポーズ、大きな声をだしていた。「練習と違う」僕の不安と緊張がピークに達した。身体が全然動かず、卓球台がやたら狭く感じた。とにかくラケットを振ることが出来ない。当てて返すことが精一杯だった。その度に、相手の容赦ないスマッシュをくらい続けた。その結果、相手のスマッシュミスなどで得た僅か2点しか取れず、第1セットが終了した。あっという間の出来事だった。情けないのと恥ずかしさで、立っているのもやっとだった。コートチェンジのため、一度ベンチに戻ると相田さんが「大丈夫ですか?凄い緊張しますよね。でも、リュウタさんも上手いですから、頑張って下さい。」と声を掛けてくれた。「何て良い子何でしょう」その言葉に幾らか緊張が和らいできた。「もう思いきって、やるしかないな」「せっかく練習もしてきたので、もう少し良いプレーがしたい」水分補給を終えて、大事な第2セットを迎えた。しかし、気持ちとはうらはらに、第1セット同様にスマッシュをくらい続けた。相手のコートに返すのが精一杯で自分からは何も出来なかった。第2セットは4点、第3セットは5点で試合が終わった。秒殺された。船木がヒクソンに負けてしまったより、早い勝負だった。僕はスマッシュ1本も打てずに試合に負けた。「こんなんじゃな〜い。思ってたのと違う。」完全に空気に押し潰され、相手にも打ちのめされた。僕に勝った、メガネのぽっちゃりさんは、仲間と笑顔で勝利を喜んでいた。現実は甘くなく、僕は勝つどころか、自分のプレーも出来なかった。僕がうな垂れてベンチに帰り「すいません。負けてしまいました。」と朝日さんと相田さんに声を掛けると「しょうがないよ。勝負なんだから。次、また頑張ろうよ。後は私達に任せなさい。」朝日さんが言ってくれた。「何て男塾」心からそう思った。「それじゃあ、相田さん、いつも通りね。頑張って」朝日さんが、相田さんに声を掛けると、大きく頷いて相田さんはコートに向かった。小柄な彼女だが、その背中が何だか大きく見えた。「頑張って、相田さん。」負けてしまった僕は心の中で祈ることしか出来なかった。