サーブ2 チームメイト
「お疲れ様でした。お先に失礼します。」ナースステーションを去ろうとした時、ベテラン看護師の川田さんが、声を掛けてきた。「リュウタ君、今日は帰るの早いわね。もしかしてデート?彼女できたの?ちゃんと報告しないとダメよ、ダメ、ダメ」僕が一言も発していないうちに、彼女が出来たことになっている。先読みもここまでくると、芸術の域に達している。僕は苦笑いをして「今日、卓球の練習あるんです。」と話し、事情を説明した。「そうなんだ、てっきり彼女出来たと思ってたのに、残念賞。でも、若いうちは何でもチャレンジ。仕事ばかりだと堅物になっちゃうから、やっていて損ないでしょ」「そうですね。有難うございます。じゃあ行ってきます。」僕はステーションを離れ、病院を後にした。卓球部の練習は勤務する病院から歩いてすぐ近くにある公民館を借りて行っていた。練習は週2回、火曜日と金曜日の18時から20時までとなっている。今日で3回目の練習参加で、今のところは皆勤賞だ。公民館に到着、朝日さんは挨拶に厳しいので「こんばんは、宜しくお願いします。」と中に入った。運動履に履きかえて中に入ると、小気味良いリズムが鳴り響いていた。卓球台が3台、綺麗に並べてあり、その真ん中の台で朝日さんと眼鏡をかけた七三分けの男性が白いボールを打ちあっていた。「ご苦労様です。」声を掛けると、朝日さんと男性はラケットを振る手を止めた。「おう、リュウタ来たね。関心、関心。準備運動したら、打とうよ。それから、武藤先生も同じ6部のメンバーだから宜しくね。」良く見ると眼鏡の七三分けの男性は内科部長の武藤先生だった。「宜しくねって。こっちが宜しくやないかーい」いっきに冷や汗と挙動不審になったが、何とか駆け寄り、武藤先生に深々と挨拶した。普段は殆ど会話もしたことがなく、廊下ですれ違うとこちらから会釈をする位のお偉い先生が、公民館で卓球をなさっています。「こんばんは。リュウタ君だったよね。宜しく頼むよ。」武藤先生は思いのほか、気さくに応えてくれた。「リュウタ、そんなに緊張しない。武藤先生も同じ部員なんだから。さあ練習するわよ。」朝日さんが笑って話した。「全然同じじゃないじゃない。あなたはどれだけメンタルが強いのですか?」心の中で突っ込みながら朝日さん、武藤先生に加わり練習を始めた。僕自身、今日で3回目の練習だがそれなりにボールを打てる様になってきた。打てるといっても温泉レベルに毛の生えたようなものだが、意外とボールを返すことが出来た。「リュウタ、感覚良くなってきたね。」朝日さんに褒められると、また楽しくもなってきた。朝日さんは中学の時、卓球部だったと先日教えてくれた。長身で長い手足から繰り出されるボールは、力強くスピードがあった。素人の僕とは違い、姿や形がカッコ良くて数段上のところでプレーをしていた。また、武藤先生も普段は、スポーツ等していなそうな真面目な外見とは異なり、朝日さんと同じレベルでボールを打ち合っていた。正直、「ドクターは卓球しないでしょう」と勝手に思って頂けに、そのギャップに驚かされ、少しだけ親近感を覚えた。「リュウタ、今日は6部チームのメンバー全員揃うからね。」朝日さんが話していると、「こんばんはー」と複数の声がした。「流石、津軽衆、早速きたわ。じゃあ、皆んなで、集まろう」津軽衆の1人は、病院で患者さんの送迎をしてくれている藤波さん。はっきりとは分からないが、もうすぐ70歳になるという。みんなから、おやっさんと呼ばれていた。「おう、リュウタ、同じチームだな」と僕を見て声を掛けてくれた。もう1人は、リハビリ担当の相田さんだった。朝日さんとは、対象的な物静かな印象の癒やし系女子。ポニーテールがトレードマークだ。「相田さんも部員だったんだ。」僕らに会釈をして、挨拶してくれている。藤波さんの事はさて置き、相田さんと同じ6部でまた少しテンションが上がった。「それじゃあ、今日はメンバー全員集まったから、自己紹介しましょう」朝日さんから、順番にみんなで自己紹介を行った。6部のメンバーは、主将の朝日さんを筆頭に、内科部長の武藤先生、運転手の藤波さん、理学療法士の相田さん、看護師の僕。計5人がチームとなり、ナイター卓球のリーグ戦を闘って行くことになった。普段、色んな職種が関わり、1人の患者さんを支える仕事をしている僕らだが、今回、卓球を目的に、職種が違うみんなが集結した。不安だらけのなか、ナイター卓球開幕まであと30日となっていた。