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ナイター 卓球  作者: チキータ
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サーブ1 出会いと始まり

『チャンスボール、いけ、打て』仲間の声が、届いた瞬間、渾身の力を込めて、ボールを叩いた。白球は大きな弧を描き、仲間が見守る、スタンドに、見事吸い込まれていった。わずか数秒の出来事だが、映画のワンシーンを見ているかのように、ゆっくりと時間が流れていた。「やったやっちまったよ」ハッとして、我に帰ると、時すでに遅く、周囲は、溜息と失笑and大笑い。「この先、どうしよう」急激な不安が襲ってくるのを感じた。両腕、両脚が小刻みにビートを刻み、立っているのが、精一杯だった。右手に握る、シェイクハンドラケットも落とさないばかりで、ヒノキの棒と化している。野球なら、ホームランでヒーローインタビューの予定なのに。「プレイ」の声が聞こえ、我に帰り、視線を移すと、得点板が1対0と動いていた。目の前には、半袖ユニフォームと短パンの中年女性が、ネットを挟み、鋭く睨んでいる。「誰か助けて下さい」体育館の片隅で、不安を叫けぶが、誰も変わってはくれなかった。何の因果でしょうか?今、僕は卓球をしている。そして、ゲームは始まったばかりだ。我が市、古くからの、卓球の大会「ナイター卓球」を現在進行形で戦っている。

雪もようやく溶けて、春の匂いを感じはじめた頃、病院の長い廊下を歩いていると、「リュウタ」とハッキリとした強さのある声が、背後から聞こえた。声の主はすぐに理解出来たため、猫背の姿勢をピンと伸ばして、振り返った。白の看護服に身を包んだ女性が、小走りで駆け寄ってきた。「ご苦労様です。」僕は軽く頭を下げて、挨拶をした。看護主任の朝日さんだ。僕の直接の上司で、新人の時から面倒を見てくれている。朝日さんは、長身でショートカットの似合う美人さんだ。仕事をテキパキとこなし、気さくな性格で周囲からの信頼も厚い。患者さんやご家族様からも評判の看護師だ。ただ優しいだけではなく、強者揃いの看護師軍団を仕切るだけあり、礼儀作法や仕事には厳しく、キャプテン心に溢れている。僕より、7つ上の35歳で独身。僕の看護師としての目標でもある人だ。「リュウタ、少し話しても大丈夫?」「はい、大丈夫です」朝日さんの後をついて、近くの椅子に腰を下ろした。「なんか仕事でやらかしたかな?」内心、かなりビクついているのが、自分でも分かる。朝日さんと2人で話す時は、仕事での注意事項やアドバイスが殆どである。「リュウタ、これ見て」朝日さんはそういうと、一枚のプリント用紙を差し出した。朝日さんから用紙を受け取り、読んで見ると、そこにはこう書いてあった。

「第79回 A市 ナイター卓球大会のお知らせ」

「卓球大会?卓球大会?」言葉の意味は理解出来る。卓球の大会に関する案内の様だが、朝日さんと一緒にこれを見ている状況が理解出来なかった。「あの、朝日さんこれは?」目の前に座っている朝日さんに質問すると少し照れた感じの笑顔でこう話した。「リュウタ、一緒に卓球しようよ」

その日の勤務が終わり、朝日さんに指定された時間に、僕は会議室に向かった。朝日さんから「詳しい内容は仕事が終わってからゆっくりと説明するから」と言われていた。内心、朝日さんと仕事以外で喋ることを嬉しく思っていたが、卓球に関しては消極的だった。「卓球かあ。出来るかなあ。でもなんで卓球かな。テニスだったらまだ得意の方だけどなぁ」スポーツは好きな方で身体を動かすことは嫌いではなかったが、卓球はそれほどやったことは無かった。「まあ、話しだけでも聴いてみるかな」そんな思いが強かった。

朝日さんに、指定された会議室に到着して、ドアを開けると10人程の人がすでに集まり席に着いていた。「ご苦労様です。」挨拶をして中に入ると、中央にいた朝日さんが「リュウタ、お疲れ、こっちに来て」と手招きしてくれた。僕はそこにいた人達に会釈をしながら、空いていた席に座った。集まった人達を見ると、普段病院で働いているスタッフの皆さんだった。顔は知っているが、挨拶程度の人が多かった。事務、厨房、送迎の運転手さん、職種は様々。

「それじゃあ、時間になったから始めますね」朝日さんが話し始めた。「今回、私達の勤務する病院からチームを作り、ナイター卓球大会に参加する事になりました。参加の目的の1つとして、病院PRも兼ねていますので、フェアプレーの精神、クリーンなイメージで闘うようにお願いします。申し遅れましたが、本日より、発足となる卓球部の部長、朝日です。宜しくお願いします。」キリッとした挨拶にみんな拍手をして頷いていた。どうやら皆さんは、もう既にある程度状況を理解している様子であった。朝日さんから、みんなに大会に関する資料が配布され、練習日の場所や時間の説明があった。「それでは、皆さん来週から練習、来月からは、リーグ戦が始まりますので頑張って行きましょう。」朝日さんの決意表明でみんな解散となった。余りの取り残され感に、どぎまぎしていると「リュウタ、ごめんね。今、説明するから」と朝日さんが隣りに座って話し始めた。「リュウタには、詳しい話をしてなかったから、パニック症状だと思う。みんなには、前もって説明をして、集まってもらったからさ。じゃあ、リュウタにも今から説明するね。」おーい、ちょっと待て、ちょっと待てお姉さん、僕だけ事後報告ってなんですの?心の中で、ツッコミをいれながら、「お願いします」と愛想笑いで答えた。

「それじゃあ」朝日さんが、話しを始めた。僕も説明に耳を傾けた。

ナイター卓球とは:A県H市で、行われている市民参加型の卓球大会で、40年も続いている。試合は、団体戦で行なわれ、チームは、小学校区か職場でチームを編成し、1チームは、3人以上の選手で作ることになっている。参加チームは100チームを超え、それぞれのチームレベルに合わせて、1部から8部に分け、各部ごとの総当たりリーグ戦を行い、順位を決定する。全ての対戦を3シングルスの団体戦とする。

僕は一通り、朝日さんの説明を聞いた。イメージが湧かずにピンとはきていなかったが、質問しようにも、何を質問していいのか分からなかったので、ただ深く頷いた。「まあ、やってみないと分からないことも多いから、その都度色々質問してね。リュウタは私と一緒に6部に出てもらう予定だから宜しくね。」不安が先に立っていたが、朝日さんに頼まれると断われなかった。「ところで朝日さんは、卓球出来るんですか?」朝日さんに尋ねると「任せて、得意よ。中学は卓球部、たまに今でもやるのよ。リュウタも卓球出来るでしょ?チーム作るのに、人数足りないから、何とか協力お願いね。頑張って優勝目指そうね」朝日さんが時折見せる笑顔に押され、僕はこの日、職場チームのメンバーになり、卓球を始めることになった。

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