表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

星空の用心棒その4


「あー暇ね」

「姉ちゃん俺達敵を待ち構えてたはずだよな?なんでこんな暇なの」

「そりゃあんた、吸血鬼の時間は夜。私が塹壕を掘ったのはお昼前。

当然時間が空くわね」

「なるほどそりゃそうだ」


塹壕内にはだらけた空気が蔓延している。

人々は食事を持ち込みのんびりと敵を待っていた。

最初の1時間2時間はいつ敵がくるかと緊張していたが、しばらくすればこの有様だ。


砂塵を含んだ熱風はどこまでも穏やかで、空はどこまでも高い。

やそめは塹壕の壁に寄りかかって静かに眼を閉じている。

そうして静かに歌い始めた。


『おお私に家をおくれ』


それは、皆が初めて聞くはずなのに懐かしい歌。


『バッファローの群れに、鹿やアンテロープが遊ぶ場所』


若々しいが力のあるヤソメの声があたりに響く。


『めったにがっかりさせられる言葉が聞こえない場所を。

空に一日中雲がかからないような所を……』


聞いてるだけで平和な気分になってくるのどかな歌だった。


「なんかわかんねえけど暢気な歌だな」

「古い古い歌よ。カウボーイ達の歌」

「カウボーイ?」

「銃を持って家畜を追う荒野の男達よ。

昔から人はこうやって生きて、闘って、歌を歌ってきたの。

それって何か素敵なことじゃない?」

「わかんねえ」


しばらくの沈黙の後、ライズが口を開いた。


「オレさ……村の連中がやつらにへーこらしているのを見て、気分が悪かった。

頭を低くしてじっと耐えてればいい。そんな風に思ってる自分も嫌だった。

それで、何がよくなるってわけでもないって解ってるのに」


ぽつりぽつりと地面を見ながら話す。


「あなたは賢い子ね」


くすりと笑ってヤソメはライズを撫でた。ライズは嫌そうにしながらも拒みはしない。


「その賢い自分が嫌だったんだ。こんなクソ田舎で終わっていくのも嫌だった。

オレがもう少し馬鹿ならなにか冒険できたかもしれない。抗えたかもしれない」

「でも、それで死んだかもしれないわ」

「でも、姉ちゃんならきっとそうしなかった。力があってもなくっても」

「買い被りよ」


二人が横になっている塹壕内にはわらが敷き詰められ柔らかく快適だ。


「オレはそうは思わないよ。姉ちゃんが来て何もかも変った。

姉ちゃんが皆に責められてる時、オレはこの流れを止めちゃ駄目だと思った。

だからあの時俺は言ったんだ。姉ちゃんが空から落ちてきたって」


ただ空は青く青く。暢気に雲は流れている。


「そう、ありがとう」

「オレが、みんながこの村を守るんだ。それって正しいことだよな?」


ライズが自信なさそうに言うが、ヤソメはぽんぽんとライズの頭を撫でて笑った。

自信ある大人の笑みだった。


「ええ、故郷を守るために闘う。大人ならやるべき義務よ。

正解なんてないけど、私が正しいと信じることはいつだってシンプルな事なのよ」


ライズは花が咲いたように笑うとうんうんとうなずく。


「オレはうれしいんだ。そのシンプルで正しい事ってやつにみんなが協力して戦えるこの今が」

「そうね……私は私のスタイルを曲げる気はないけど、あなたは良く考えなさい。

シンプルで正しそうな事ばかりに耳を傾けていたらそのうち騙されるわ。

熟慮できるのも一つの才能よ」

「そうなのかな……」

「そうよ」


そのとき見張りをつめていた「教会」の鐘が鳴った。


「おおーい!やつらだ!やつらが来たぞ!」


ヤソメは体を起こし、銃を構えた。


「さあ、前口上はここまで。ここからは戦争の時間よ。覚悟はいい!?」


皆が口をそろえてうなずき答える。


「応!」

「やってやる!やってやるぜ!」

「仇を討ってやる!」

「絶対に守り抜くんだ!」

「負けてたまるか!」


のどかな昼は過ぎ去り、長い夜が来る。



ステンノ一家の斥候は眼を細めて村を観察する。


「おかしら。奴等夜逃げでもしたんですかね?村に誰もいませんぜ」


盗賊たちは馬に乗って村へと駆けて行く。


「いや、違う。どうもいやな感じがする。奴等罠をはってやがる。

バラキ、その女ガンマンってのはどういう奴だった?

もう一度俺に聞かせろ」


頭領はエルフだった。陶器のような冷たい肌、荒んでいるが精悍な顔立ちの美丈夫。

邪悪なる歴戦の猛者。その雰囲気はもはやエルフのものではなく、吸血鬼そのものに見える。

バラキはようやく再生した右腕をさすりながら答えた。


「ああ、ツチグモの女で銃の腕が立つ。かなり修羅場はくぐってるみたいだが、日向の匂いのするタイプだったな」

「なるほどな……こりゃ糸で村はがんじがらめにされてると見ていいな。

使い魔を出してもっと様子をよく見てみろ。村は要塞化されてるぞ多分」

「ああ、やってみる」


頭領が命令を出すと数名が体から蝙蝠を出して空に飛ばす。


「なんだこりゃ!塹壕が二重にほってありますぜ!」

「村人も全員銃を持っていやす。ライフル持って待ち構えてまさあ」


獣人たちが口々に叫ぶ。


「……使い魔を突っ込ませて様子を見る。

いや、それじゃぬるい。できるだけデカイ奴を呼び出して暴れさせろ。

後ろからバラキとベアが魔術で援護する。お前達が銃で続く。火で糸は切れるはず、それで塹壕をなんとか突破するんだ」

「馬は?」

「つないどけ。騎兵で塹壕戦など死ぬぞ。いいか、奴らは素人だ。

どこかに塹壕の防衛網に薄いところができる。そこから攻め込め」

「解った」


バラキが短く答える。まるで軍人のように手馴れたものだ。


「やる気ですか。こんな村に総がかりで?」


エルフの手下が敬語で述べる。フードを目深に被り、魔術師のような出で立ちだ。

実際、魔術師くずれなのかもしれない。

その言葉に同調するように何名かが不安そうな目線を頭領であるステンノに向ける。


「俺たちの家業はナメられたらおしまいだ。やるしかねえ。

覚悟を決めろゴールド・ベア。とことんやる」

「そうでさ、ベア。お前さんの名前が泣きますぜ。

最近退屈してたんだ。たまにゃあ命のやり取りをしねえと血が滾ってしかたねえ」


獣人の一人が低く喉を鳴らしながら笑う。


「タイガー・キッド。お前は仕事ビズに楽しみを求めすぎる」


ベアが苦々しく吐き捨てる。


「いや、キッドの言うとおりだ。俺たちは何だ?盗賊だ。

泣く子も黙るステンノ一家だ。ここらで一つ武勇伝でも作っておかなきゃならねえ

こんなしょぼくれた所で黙ってる俺たちか?」


そしてステンノは大きく叫ぶ。


「いいか!逆らった村丸ごと一つ潰した!これは俺たちの名を上げるチャンスだ。

それともここで逃げ帰るのが一端の悪党のすることか?違うだろう!

今夜は好きに暴れろ!大いに楽しめ!」


手下のうちの過半数がこの声に賛同する歓声を上げた。


「おかしらの決めたとおりに。俺の忠誠はあんたのものだ」


キッドが無骨にかしずく。彼の派閥にある者も動揺に歓声を上げたり頭領に忠誠を示す仕草をした。


「……ならば仕方ないですね。たしかにここまで来て引き下がれはしない。戦いましょう」


ゴールド・ベアが優雅に一礼すると不安と不満の声は諦めに変った。


「よく聞け。これはもう村を襲うなんてもんじゃない。合戦と心得ろ」


ステンノが武人らしく重々しく言うとバラキがそれに合わせて勇壮に気合を入れた。


「叫べ!鬨の声を上げろ!合戦は鬼の花場だ!勇め!」


盗賊たちは恐怖心を振り払うように、あるいは闘争心を燃やすかのように腹の底から声を絞り出した。


「オオオオオ!!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ