星空の用心棒その2
長いので分割する事にしました。
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大通りには多くの人が出てきていた。
先ほどまでの閑散とした様子がうそのようだ。
誰も彼も竜人のようで、衣服はVRムービーで見たウェスタン映画のようだ。
何かの皮を使って作られた黒や茶色のコートやレザージャケット。
テンガロンハットに花の刺繍がついているシャツ。
ジーンズにブーツ。
ヤソメはこういうカウボーイファションは嫌いなほうではなかった。
むしろ自分のスタイルに合っていて好感すら持てる。
そうして糸を使ってゆっくりと地面に降り立ち、何事もなかったかのように酒場へと戻る。
「片付け、手伝うわ。終わったら何か飲み物を頂戴、さっぱりした奴よ」
「こりゃヒデエ、まるで血風呂だ。ツチグモってな皆あんなすごい技を使うのか?」
「鍛えただけよ」
「そうかい」
モップを使い、ミンチになった血肉を外に追い出していく。
ヤソメが首にかけたアーサーが輝くと空中から水が少しづつ出て血を洗い流す。
「なんだそりゃ、魔法か?」
「ええ、こっちにもあるの?」
「使える奴ぁ、あいつらと戦って皆死んじまったがね」
「そう、それは残念ね」
洗い終わるころには大勢の人が酒場の外に集まっていた。
これも、ヤソメの狙い通りだった。
「そんなところに突っ立ってないで入ったら?話があるんでしょ」
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がやがやと酒場は剣呑な雰囲気に包まれていた。
「あんた!自分が何したのかわかってるのか!あのステンノ一家に喧嘩を売っちまったんだぞ!
きっとお礼参りに来る。その時俺達がどうなるかわかってるのか!」
「そうだそうだ!」
「いや、俺は胸がすっとしたぜお嬢ちゃん。あのバラキの泡食った顔見たか?」
「何暢気な事言ってんだ……」
「これからどうする……?」
賞賛、困惑、罵倒。さまざまな怒号が渦巻いていた。
剣呑な空気が不穏な空気に変わりそうになった時、ヤソメが口を開いた。
「きっと、じゃないわ。まず間違いなくお礼参りに来るわね。
馬でやってきてあの人数だから……本拠地まで1日かかるかかからないか。
折り返してやってくるとして、明日かあさって辺りね」
むしろ楽しげに言ってのけるヤソメに対し怒りの声が大きくなる。
「てめえこの女……!」
「つるし上げろ!こいつを渡せば連中も満足するはずだ!」
ヤソメは片眉を上げて挑発的な笑みを浮かべる。
「で?あんた達は私をあの山賊に渡してこれからもへーこらして生きていくの?
一人前の男なら、自分の故郷を守るために武器を取りなさい。貴方達は誇り高い竜人のはずでしょう?」
ぐ、と一瞬村人達が詰まる。
「あんたは何も知らないからそんなことがいえるんだ!同じような事を言って死んだ連中は沢山いた!」
「で?これからも腰抜けとして生きていくわけ?」
一触即発の空気。そこに老いているが張りのある声が響いた。
「黙らんか小童ども!」
「むらおさ……」
「まれびとよ。星の旅人よ。そなたの言うとおりだ。
ワシはこの日を待っておった。星を読み、そなたが来るとわかっておった。
ワシらの子等が殺されたときもずっと待っておった。
頼む、星の旅人よ。我らと共に戦ってくれ」
出てきたのは白い髭を蓄えた老いた竜人だった。
緑色の鱗は茶色に褪せ、皮膚と肉は干物のように乾燥と皺に蝕まれている。
「むらおさ、これが予言の……?」
「星の旅人って都にある「うちゅうせん」って奴に乗って戦う星の戦士……」
「与太だろ?」
空気が変った。一筋の希望のような光が見える。
少年が出てきてヤソメを指差し叫んだ。
「オレ、見たんだ!この姉ちゃんが空から降ってくるのを!
たしかに空から光って落ちてきた!」
「ライズ、本当か?」
「こんな嘘みたいな話オレが言うわけないだろ!?」
ヤソメが墜落した時に出くわしたあの少年だった。
ヤソメはにこやかに手を振る。
「はぁい坊や。さっきは驚かせちゃってごめんなさいね。
それでそっちのご老体、あなたは少しは話がわかるようね」
「我が父祖より星の旅人の姿を教わった。それに、ワシは古き血もひいておるでな。少しなら未来のことが解るのだよ。
だが、この老骨にはもはやどこにも魔力はない……口惜しいことよ」
老人とヤソメは強かに笑いあった。
「本当なのか……?」
「いやでもこの女、たしかにあの二人を倒してたぞ」
「で、あなたたちは何を払ってくれるのかしら」
「金取るのかよ!」
「当たり前でしょ。これはあなた達の村を守る話よ
それに、何も根こそぎもっていくってわけじゃないわ。
必要なものをお互い出し合うってだけ」
再び空気がよどむ前にむらおさが素早く条件を言う。
「そうじゃな。虹幣で200グリドル。それに食料と衣服。宿もな。
それと……この星の知識も必要じゃろう?」
「そうね、こっちが出すのはあなたたち人数分の銃とあいつらに効く弾丸。
あとは戦い方と魔法の使い方。これでどう?」
「決まりじゃな。そなたがよければじゃが」
「今のところはそれで問題ないわ」
むらおさとヤソメはうなずき、手を取り合った。
「そなたに助手をつけよう。何かあればこやつに言ってくれ。
ライズ、おんしがやれ」
むらおさが首をしゃくり、少年を名指しする。
「えっオレかよ!?」
「この坊やね……ま、いいわ。で、宿って?」
「ここの二階が一応宿屋やってたよな?」
「んんー、まあ使えねえ事もねえ。階段上がって廊下を右に二つ目だ。好きに使ってくれ」
「じゃ、私は休んでいるから用事があれば言いなさい。
全員明日から訓練よ。よく休んでおくようにね」
ヤソメが階段を上っていくのを村人達はただ見ていた。
なんとはなしに、全員ため息が漏れた。
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ヤソメは酒場の二回にあるボロい部屋に入った。
埃が多少積もっているが、我慢できないほどではない。
野宿よりはよほどマシだ。
ベッドにかけられた埃避けの布を外すと繕いだらけ、ほつれだらけではあるものの、
清潔と言えないこともない毛布が数枚積み重ねられていた。
マットは染みだらけ、焦げだらけではあるが使用可能だ。
ヤソメは倒れこむようにベッドに身を投げ出すとごろりと仰向けになって天井を見た。
裸電球が一つだけ薄暗くついている。よく見えないが天井の板は埃と染みでどろどろのようだ。
天井を見てもしけた光景しか見えないのでヤソメは窓の外の夜空を見る。
星星は煌き、月が3つ輝いている。
宇宙から見ることの無かった大気圏内の夜空の光景にふう、とヤソメはため息をついた。
「まったく、とんでもない一日だったわね」
<それで、僕はいつまで黙っていればいいんだい。
あと君は君が受けた依頼のせいで明日も戦争じゃないか>
アーサーが愚痴っぽく言う。
「とりあえずはこの星であんたみたいな存在がいてもいいか確認するまではちょっとね。
それに、私はあのゴロツキの前に出たときからこうするって決めていたもの」
<まあ、予想されるべきことだよね。
ゴロツキがいるなら仲間や親玉がいるし、あれだけ倒してはいさようならとする君じゃない。
君は知らない振りして逃げても良かった。でもそれはできないんだろう?
なら、手を出したなら最後まで責任を持とうとするのが君だろう>
長い付き合いのある相棒だからこそ、ヤソメの行動を読めた。
ヤソメならば必ずこの手の事で見てみぬ振りはしないと。
「そうよ、さすが相棒。よくわかっているじゃない。
見てみぬ振りができる私じゃない。なら解決させるだけよ」
<……君一人で皆殺しにしなかったのも、彼らのためかい?>
「私の勝手なおせっかいだけどね。私が倒しても彼らが立ち向かう力を得なきゃどうせ別の盗賊に狙われるわ。
それじゃ意味がないでしょ?」
<僕にとってはどうでもいいけど、君にとっての目的を達しようとしたらそうなるだろうね>
アーサーの口調がため息のようなものになる。
「姉ちゃん、入るぜー。うわあ!首飾りが喋ってる!マジかよ」
ライズが水差しを持って入ってきた。
やそめは一瞬迷うが開き直ることにした。変に動揺するほうがまずいと判断したのだ。
「ええ、しゃべるわ。悪いかしら?それともこの辺じゃこういうのが無いの?」
「ああ、見たことないな。でも都会とかにはあるって聞いたことあるよ」
「宗教とか法律的にはどうなの?違法だったりするの」
「いや別に……だけどそれってすごく高いんじゃ」
「すごく高いし、お金には変えられないわ。で、何か用事があったんでしょ?」
「ああうん、服と水をもってくついでにこの星の常識ってやつを教えてやれってむらおさ……じいちゃんが言ったんだ。
あんたがよければだけど」
「あー、早めに寝たいからそんなに時間はかけられないけど。
でも教えてくれるならありがたいわね」
アーサーが遠慮がちに喋った。
<ところで僕はもう喋ってもいいのかい?>
「いーんじゃねえの?オレはもうおどろかないよ」
ヤソメはベッドに横になりながら、ライズは椅子に座って話を始めた。
「えーっと今は星暦1845年。俺達の祖先がこの星に降りてからだいたい400年位だって習った。
あっこの星の名前はグリーゼっていうんだ。通貨はグリドル。3グリドルで一食くらいかな。やすいところだと1グリドルでいけるけど」
「宗教は?」
再び宗教の事について尋ねたヤソメにライズは困った顔をした。
「あんた宗教好きなの?えーっと「教会」とあとはごちゃごちゃ。
でもそんなにお互い戦争してるわけじゃないかな」
「「教会」?正確には何ていうの」
「天主公教会だったかなあ。よくわかんねえや。
でもこのへんじゃそんなに皆信じてるわけじゃないし、とくに罰則とかもないけどね。
少なくとも魔法はどこでも使ってるよ」
「知ってる?アーサー」
<うん、カソリックの一派だね。そんなに剣呑な所じゃなかったはずだけど。
でもこの星に来てからはどうなったか解らないよ>
「次行っていい?俺も「教会」についてはよくわかんねえんだ。
この星にはまだ国ってやつがなくって、その代わり「街」がいくつかあるんだ」
そうしてライズは語る。この星の脅威の都市たちを。
「荒野にそびえる黄金郷「ロスト・ヴェガス」、サイバネと呪術の街「九龍城」
大森林の中にある神秘の都「シン・トーキョー」鋼鉄の魔道都市「スチームシティ」」
その顔には憧れと誇りがあった。
「この街はご先祖がこの星に下りてきた「船」の周りにあるんだ。
全部で12の街があるんだけど、他のは小さかったりすごく遠かったりするから後でいいや。
それで、その街をつないでる大陸横断道路があるんだ。
とりあえずこの辺じゃそのくらいかな」
「どこも面白そうな場所ね」
ライズが目を輝かせる。
「だろ?都会はオレも行ってみたいな。姉ちゃんもやっぱ街に行くの?」
「多分ね」
「いいなあ。オレも行きたい。
で、このへんのものは全部魔力か電気で動いてる。
一応この村にも電気届いてるんだぜ。
ラジオも一つあるんだ!新聞は届かないけど……」
そうしてライズはしばらく村の誇りとも、田舎への愚痴ともつかない事を語った。
ヤソメに解ったのはここは西部開拓時代と同じくらいの文明を持っているということだった。
「生産はどうなってるの?その電気とかいろいろなものの」
「うん、「船」にはレプリケーターってのがあってそれで何でも作れるんだって。
それでいろんなものを作ってる。あとは普通にこういうところは農家と牧場やって食ってる」
「街以外はどこもそんな感じかしら」
「うん、この土地は俺達の祖先が開拓した土地なんだ。
だから皆逃げないんだと思う」
「まあ土地は大事よね」
しばらく、沈黙が支配した。ライズがぽつりと言う。
「あいつらは多分、シン・トーキョーかロスト・ヴェガスから来たんだ。
5年くらい前かな。オーガとか獣人の集団が来てさ。エルフも何人かいた。
そのときは魔法を使える人たちが追い返したらしいんだけど、あいつら町外れの遺跡で何か見つけたみたいなんだ。
多分、「船」の遺産か何か……
遺跡から帰ってきたやつらはもうただの盗賊じゃなかった。
力はずっと強いし、何より不死身になってた。
それに、あいつらに血を吸われるとあいつらの奴隷にされちまうんだ。
死ぬよりも恐ろしいよ」
かすかに声が震える。それは恐怖か、それとも怒りか。
「吸血鬼化ね……そういう遺産があった気がするわ」
アーサーが滑らかに答える。
<軍用のナノマシン「Royal Restraint System」あたりだね。バージョンはわからないけど>
「知ってるのか?」
驚きと希望がライズの表情にあった。
このまれびとはどれだけの事を知っているのだろうか?
「ええまあ、あの手合いには何度か会ったことがあるから、対処法は知ってるわ。
あの術の理は生命の制御。早い話が命を吸っただけ復活できるようになるし、吸った相手の力も使える。そういうものよ」
「とにかく、その遺産を使い出してからあいつらはやりたい放題やってるんだ。
何人も人がさらわれたし、立ち向かおうとした人たちは皆殺されて、あいつらの奴隷にされるか食われた。
オレの父ちゃんも母ちゃんもそれで殺された」
「そう……」
ライズはしばらく考えた後、鱗のある手で頬杖をついて喋りだす。
「あんたはどう思う?もし大人しくしてたら父ちゃんや母ちゃんは生きてたのかな?」
不安そうな、迷いのある声だった。
ヤソメはしっかりとライズの眼を見て真剣な顔で告げる。
「……いい?よく聞きなさい。自分の家を守るために武器を取るのは当たり前のことよ。
あなたの両親はその義務を果たしたの。大人になったら果たすべき義務、子供を、あなたを守るって義務をね。
大人しく従ったってどっち道殺されるわ。このままだとね」
「そういうもんなのかな」
「そういうものよ……あなたも、もうすぐ大人なら自分と自分の大切なものは守れるようになりなさい」
「……うん」
その後ヤソメは1時間ほどこの星についての基本的な知識を聞いた。
「さあ、そろそろ夜も遅いわ。帰って寝なさい」
「ああうん……明日、またな!」
「ええ、また」
こうしてヤソメのこの星最初の一日は終わった。
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