1話
二時間目が終わり、中休み開始のチャイムが鳴る。
子どもたちに誘われ、外はきっと寒いだろうから暖かい格好をするように話し、自分もジャンバーを羽織って外に出た。春分の日を過ぎて、ようやく春の気配が訪れてきたけれど、まだまだ寒い。
校庭に出ると、一緒に出たはずの子どもたちは、突然わっと散らばった。おお、とただそれを見ていると、かくれんぼ!先生が鬼ねー!20数えてー!なんてそれぞれで叫びながらどんどん離れていく。何ですと。
教室からずっと一緒に出たのにいつのまにそんな打ち合わせをしていたの、と思うけれど、ああ玄関か、と思い直す。
職員と子どもの玄関は少し離れているから、そこでかくれんぼにしよう、鬼は先生ね、となったんだろう。
なるほど、と一人納得して、私はくるりと背を向けた。そして、いーち、にーい、と皆に聞こえるよう、大声で数え出す。
今一緒に外に出たのは全部で12人。
もうすぐ四年生になるくらいの子たちはの中には、体格も少しずつ大きくなってきている子もいる。とすれば隠れるところは限られてくる。
鬼にしたことを後悔するくらいにはあっという間に探してみせるんだから。子ども相手だろうが遊びは本気で、がモットーです。
数を数え終わって、さあ探し始めるぞ、というところで、ゴロゴロ、と音がした。足を止めて、音のした方角を見やる。するとまた、ゴロゴロ、と聞こえてきた。雷だ。
かすかに聞こえる雷の音。でも、これくらいならまだ遠くだ、と思う。それても、教室から見たときには少ししかなかった雲が、色は灰色となり、空を占める面積もかなり増えてきている。
雨が降るかもしれない。
「せんせー」
「先生、雷だ」
これから見つける予定だったはずの子どもたちがわらわらと寄ってくる。
数を数えれば、12人。なんだ、全員じゃない。
「みんな、見ーつけた」
「えー、それは無しでしょ!」
「ずるい!」
ぶーぶー文句を垂れる子どもたちがおかしくて、笑いながらはいはいと返事をする。
「うそうそ。なあに、みんな雷怖いの」
「えー」
「だって、ねー」
「前授業中に鳴ったときは怖そうにしてなかったけど」
「だって学校の中だもん」
「あ、光った!あっち、遠くのほう!」
「せんせー、もう入ろうよー」
そう、腕を引っ張られる。
周りを見れば、子どもも大人も校舎の中に次々と入っていく。
雷はまだ、ずっと遠い。でも、いつこちらに来るか分からないから。
「そうだね、入ろっか」
そう言って、子どもに引っ張られながら玄関へと向かった。
あと少しで屋内、というところで、目の下の頬にぽつりと水滴が落ちる感じがした。引っ張られていないほうの手で触ってみるけれど、特に濡れてはいない。気のせいか。
雨、といえば。ふと思い出す。
朝、出勤前にゴミを出していたときのこと。
『おはようございます』
朝の挨拶に振り向けば、やっぱり、というか、頭に浮かんだとおり、そこにいたのは神崎秋だった。
燃えるゴミの時には会う確率が高い。燃えないゴミに比べて、ゴミが溜まりやすいからかもしれない。
『おはようございます』
越してきてから一ヶ月。あれ以来、顔を会わせるのは、ゴミ出しの時にばったり会うくらい。
一月の間、特に何があったわけでもなく、部屋も、本当に住んでいるのか尋ねたくなるくらい物音が聞こえず、静かだ。
帰りが私よりずっと、遅いのかもしれない。
ここで会うのは何度目か。
ゴミ置き場の、大きくて重い蓋を神崎が開けてくれて、その間に私がぱぱっと中にゴミを入れるという作業が自然な流れになってきている・・・気がする。回を重ねる事に息も合ってきているような。・・・まあ、ご近所さん同士、助け合わなきゃね、なんて。
でも本当に、自分の生活の中に、神崎が時折紛れ込むことに、ほんの少しだけ慣れてきた、と自分でも思う。
未だに、小さい頃の同級生との距離感がいまいちつかめていないけれど、相手は私のことに気づいてないんだし、特に気にする必要はないのかも、って。
『そういえば、夕方から雨が降るみたいですよ』
『え、そうなんですか?』
ほら、こうやって自分から話題を振ることだってできる。・・・ただ黙ってその場からいなくなるのも何となく変かなと思ったっていうのもあるけど。
『傘・・・あったかな』
『引っ越しでなくされた、とかですか?』
『あ、いや・・・今、傘、骨が折れて壊れちゃって。折りたたみはずっと昔に買ったような気がするんですけど・・・』
そこまで話して、家を出る時間に近づいてきたためにその後は、見つかるといいですね、なんて当たり障りのないことを話して別れた。
あの後傘が見つかったかどうか私には知る由もない。それ以前に、私の言葉を信じて本当に探したかどうかも分からない。
それでも、何となく・・・。
子どもたちに腕を引かれたまま、玄関に入る前にもう一度雷が鳴った方を、顔だけで振り向いてみる。
まだ光ってはないけれど、音が少しだけ大きくなったような気がする。雲も、どんどん色が濃くなってくる。
それを見ながら、ーーー雨、降りませんように、と心の中で小さくつぶやいた。