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せんせいだって!  作者: こまこ
せんせいだって怖いものはある。
10/12

4話

「またまた、偶然ですね」


にこ、と笑顔を作る神崎に、私はへら、と今できる限りの笑顔を返す。

いや、本当に偶然ですね。偶然が重なりますね。ご近所さんと外でばったり会うなんて、なかなか無いですよね。

突然の登場にうまく対応できない。たった今まで話題にしていたから、余計に。

笑った口端が、ひくり、とひきつっているのが分かる。このままだと時間が経たないうちに誰が見ても分かるくらいにぷるぷる震えてきそうだ。

恐らくそんな事態を察知してくれた比奈ちゃんは。


「こんばんは」


す、と自然に神崎と私の間に入ってくれました。


「こんばんは、ええと」

「堀田です」

「僕は、春川さんの隣に引っ越してきた、」

「神崎さん、でしょ?」

「え?」

「たった今、話題にしてたんですよ」

「え、僕を?」

「そう。だから、びっくりしちゃった。ね、春?」


春、と言われて、きょとん、と比奈ちゃんを見つめ返す。いつもは、梅子、と呼ぶのに。

不思議に思っている私の目の前で、比奈ちゃんは神崎から見えないような角度で、ぱちん、とウィンクをしてみせた。ああ、そうか。まだ私が、苗字しか名乗ってないよって言っていたから、機転を利かせてくれたのか。こんな風にとっさに判断に移してくれるのは、さすが比奈ちゃんだと思う。そして何より、ウィンクする姿がとっても可愛いです。

少しだけ、気持ちが落ち着いて、顔面の引き攣りも少しだけ緩和されてきた。


「そ、そうだね。驚いちゃった、ね」

「何を話したんですか、春川さん。変な事はしてないつもりですけど」

「え?えーっと・・・」

「内緒ですよ」

「ええ、気になりますね」

「じゃあちょっとだけ。格好いいとか、そんな感じですよ」

「そうそう、・・・って、比奈ちゃん!」


それ、確かに言ったけど、でも本人に面と向かって言うのは・・・!

慌てて、勢いのまま立ち上がっちゃってから二人を見れば、二人とも同じような顔でくすくすと笑っていた。

何よ、何だか二人で息があってませんか、ピッタリではないですか、気のせいですか。


「神崎さんはこのあたりに勤めてるんですか?」


何だか恥ずかしくなって、椅子にゆっくりと戻る私を見てまだ笑いながら、比奈ちゃんは神崎に尋ねる。

初対面の人に向かって、ものすごい余裕を感じます。さすが比奈ちゃん。


「そうなんですよ」


神崎も初対面だというのに、構えた様子もない。

何だろう、私だけこんなにあたふたして。

でもとりあえず、比奈ちゃんのおかげで神崎がこの辺りに勤めているということが分かったので、もうここへは来ないようにする。


「お二人も?」

「いえ、私たちはたまたま来ただけなんです」

「そうなんですか。僕はここ、勤務して長くて。ここ以外にも美味しいお店とか知ってますから」

「あ、じゃあ、次にここに来ることがあればお聞きしますね」


そう言って、比奈ちゃんは同性から見ても思わず赤面してしそうなくらい可愛い笑顔で返した。でも私は知っている。その笑顔を作ったときは、むしろその気が全くない時だと。

次にここに来ることがあっても絶対聞く気がないんだね、比奈ちゃん。

でも神崎はきっと、この笑顔にやられちゃったに違いない、そう思ってテーブル横に立ったままの神崎を見上げれば、特に照れた様子もなく、どうぞ、とあっさり返している。そうか、見た目がいい男は女の人の笑顔にも慣れているということですかそうですか。


「今日はお二人で?」

「そうなんです。神崎さんは今来たところですよね。二次会ですか?」

「二次会、いや・・・三次会、かな」

「すごい、三次会」

「一次会は、近くの喫茶店で軽くしてたんですけど、盛り上がってしまって、ついに三次会まで。僕はそろそろ帰りたいんですけどね」


苦く笑う神崎の顔には、確かに少し疲れが見て取れる。

神崎が何の職業かは分からないけれど、年度末はどの仕事も忙しいに違いない。疲れているのは本当なんだろう。でも、帰らないのは、やっぱり仲間内が楽しいからだろうか。

そこまで考えてから、ふと思う。

・・・神崎は今、どんな人たちと一緒にいるんだろう。どんな人たちと一緒にいるのが楽しいと思うんだろう。


「・・・神崎さん、は」

「神崎くん!」


私の小さな声に重なって、高い女の人の声が廊下に響いた。

声がした方を振り向けば、ウェーブした長い黒髪の、見た目、少し気の強そうな女の人が座敷から少し身を乗り出した格好でこちらを見ていた。声の持ち主は、きっとあの人だ。


「ビール来たけど。乾杯しちゃうよー」

「ああ、今行く」


神崎の返事に、早くしてよね、と返してくる。

目が合ったような気がするけど、女の人はすぐに座敷に引っ込んでしまった。


「すみません、春川さん、何か言いかけませんでしたか?」

「あ、いえ、だ、大丈夫です」

「そうですか?それじゃあ、僕行きますね。お邪魔してすみませんでした」

「いえいえ」

「僕のお店でもないですけど、ゆっくりしていってくださいね」


そうして、神崎は奥の座敷へと急ぎ足で向かっていった。


「なんか色々と慣れてるわね。初対面のくせに、会話がスマートだわ。・・・何、その顔」

「え?」

「変な顔してる」

「え、ええ?」


思わず顔に手を当てる。変な顔ってどんな顔だ。

比奈ちゃんに尋ねても、独り言のようにふうん、と言ったきり、結局どんな顔かは教えてくれなかった。







「わあっ」

「ちょ、春川、さんっ?」


トイレから出たところにあった段差で思い切りこけてしまったところに、ちょうど歩いてきたのは神崎でした。

うわあ、なんて恥ずかしい。

ああ、何でこんなにも会いたくない時に出会ってしまうんだろう。


「怪我してませんか」

「あ、だ、大丈夫です。す、すみません、お、お、お恥ずかしいところを・・・」

「いえ、段差、危ないですよね。僕も前つまずいたことありますよ」

「そ、そうですか・・・」


そうだ、こんなところに段差があるのがいけないんだ、と自分をつまずけた段差を睨み付ける。

トイレに入るときに段差を通ったから分かっていたはずで、自分が気を付ければいいことなんだけど。

段差に堂々と責任転嫁しましたけど、何か。


「立てますか?」

「え?」


そう言って差し出された手。

神崎に助けられることに抵抗はあれど断るのも変かなと思い、すいませんと握ろうとして、あることに思い至って手を止めた。


「春川さん?」

「あ、えと・・・だ、大丈夫です」

「え?」

「あ、あの、床に手をつけちゃって、その、汚いし。自分で立てます」


しかもただでさえここはトイレに出入りするところだし。

そんなところに手をつけた手で、誰かの手を握るなんて、申し訳ない。それが、神崎であっても。


「大丈夫です。びっくりさせちゃってすいません。ありがとうございます」


へら、と笑って、自力で立ち上がろうと膝を立てようとした瞬間に、身体が浮いた。

違う。浮いたんじゃなくて、体重が一気に軽く感じたんだ。

え、と思った次の瞬間には、その場に立ち上がっていた。


「・・・おっちょこちょいですね」

「・・・え?」

「気を付けないと。この時期、怪我でもしたら大変ですよ」

「そ、そうですね・・・」


確かに、修了式を目前として怪我をするわけにはいかない。

私の事情は知らないだろうけれど、きっと、年度末の処理の時期だから、ということだろう。

おっちょこちょい、なんて言葉、久しぶりに聞いた。なんて。

それよりも。そんなことよりも。


「あ、あの」

「何ですか」

「あ、の・・・その、手、が」

「え?ああ」


何が、ああ、ですか。何が、え?ですか。今気が付いたように。

私の右手はしっかりと握られて、左肘にも手が添えられている。さっき、起こしてくれた時のまま。

二つの手のうち、左肘に添えられていた手が離された。

少しだけほっとすると同時に、右手は、握られたまま。これは、何。


「汚くないですよ」

「・・・で、でも」

「そういうことは気にしなくていいんじゃないですか。それとも、反対の立場だったら、汚いと、避けますか」

「そ、そんなこと!」

「春川さんなら、しないでしょう?親切はしたい側がしたいからするんです。される側は、その気持ちを素直に受け取ればいいんですよ」

「・・・・・・」

「そういうの、苦手そうですけどね」


くすり、と声が聞こえる。

笑われた、と思って顔を上げれば、少しだけ目元を和らげて微笑む神崎の顔がすぐそこにあって、慌てて顔を俯けた。

俯けた視界の中で、神崎の左手がスローモーションのようにゆっくりと離れていく。


「そろそろ帰られるんですか」

「え?」

「堀田さんが会計を済まされてるみたいだから」

「・・・あ」


ちょうどここから、比奈ちゃんが会計をしているのが見える。

会計をしておく、とは言っていたけれど、言われるまでそこに見えることに私は気が付かなかった。

周りをよく見ている人だ、と思う。


「な、長居しちゃったので・・・。か、神崎さんは、まだ?」

「ええ、ちょっと、仲間がなかなか帰してくれなくて」


そう言って、またさっきのように苦笑する。

帰してくれない仲間、というのは・・・さっきの女の人だろうか。目が合った、あの女の人を思い出す。

関係、ないのに。


「残念」

「え?」

「帰りが同じくらいなら、一緒に帰りませんかと誘えたんですが」

「・・・・・・」

「それじゃあ、夜道は危ないですから。気を付けて帰ってくださいね」

「・・・あ、はい。神崎さんも、楽しんでくださいね」


それでは、と軽く会釈をして別れる。


「・・・・・・」

「あ、おかえり。お金払っといたわよ。はい、おつり、梅子の分ね」


出した手の上に乗せられた数枚の硬貨は、私の指の間をすり抜けて、チャリンと音を立てながら床に落ちてゆく。


「あーあーあー、ちょっと何ぼんやりしてるの。ほら、さっさと拾う。・・・・・・梅子?」


おつりも拾わず、立ち尽くす私の代わりに、すべての硬貨を拾ってくれた比奈ちゃん。ああ、ごめんね。


「梅子?」


一緒に帰ろうと誘われただけ、なのに。社交辞令、って分かってるのに。


「顔が、赤いわよ。どうかした?」


離されたばかりの、手が熱い。


ああ、どうしてこんなに落ち着かないの。

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