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富士山

作者: 鶴切 命

富士山というのは想像以上に遠くからでも見えるもので、観測の最遠記録は和歌山県らしい。


僕の出身の小学校では、屋上から時々富士山が見えた。雨の翌日は空気が澄んで、晴れていれば遠くに小さく見えたのだ。そんな日には水たまりも気にせず、友人達と弁当を持ち出して屋上に出た。

ウチの屋上からは富士山が見える───先生方のほとんどがそれに気が付いていないと、ある時知った。先生の大半は最低でも勤続十年である。理科の先生にふと富士山の話をすると、知らないと言う。実験でたびたび屋上に出る彼ですら、と仲間内で騒ついて、他の先生にも聞いて回った。誰も彼も知らないと言う。唯一知っていたのは、入って一年足らずの音楽教師だった。


それから数ヶ月経ったある日、下校時間ぎりぎりの屋上で雲の向こうに夕映えの富士を見ながら、友人の一人となんとなくその話に行き着いた。我々は当時小学校中学年、まだまだ子どもである。しかし子どもながらに、目をあちこちに泳がせながら懸命に言葉を選んで話をした。


───大人って馬鹿みたいだよな。

彼は正しい言葉を見つけあぐねて、とりあえずそう言ったふうだった。

───馬鹿って、私らにくらべて?

───いや、馬鹿じゃなくて、馬鹿みたい。ほんとは馬鹿じゃないのに馬鹿みたいな事してるから、変なのって思う。

僕は彼が選ぶ言葉を慎重に受け取って、考え考え応えた。

───わかる気がする。......なんだろうな。一生懸命休みとって旅行いって、そこでは色々写真撮って一生懸命色々見て回るのに、仕事休まなくても見れるものは全然見てないんだもんね。

───もったいねぇな。なんか変だよな。

彼は茶化すような言い方をした。しかし同時についたため息は、本心からのものに思えた。

───忙しいからかもね。

───うーん......つーかさ、忙しいって、そういう事なんじゃないの。


言葉を知らなかった我々の間には、しかし今思えば憂いと憐憫の情があった。生意気にも確かにその時、我々は大人を「かわいそうな人たち」だと思っていた。同時に、それが大人なんだろうからしょうがない、という赦しの感情すらあった。


今日久しぶりに富士山を見た。墓参りに行く道の車窓から、家族で見つけて興奮していた。自宅からほど近い狭い通りを走っている時の事だった。

ふと、彼との会話を思い出した。僕はもはや、どこかの子どもに憐れまれる大人なのだろうか。

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