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料理人になろう  作者: 一樹(いつき)
酒場「跳ね鼠」
7/18

六食目・柿のタルト

あまーい

「ケーキ食べたい」


 きっかけはその一言。


「ケーキ食べたい」

「……」

「けー」

「……砂糖高いんだよ」


 繰り返し言われる言葉に居心地が悪くなったのか、小さく答える。


「だってぇ」


 チトセは、ついうっかりとミーナにケーキの作り方を教えてしまったのだが、それが悪かった。

 もはや頭の中が甘味一色になったミーナは、どうしても甘いものが食べたくなってしまったようだ。


「はぁ、分かった。ケーキは無理でもなんか甘いもん作ってやるよ」

「やったぁ! ねね、どんなの? どんなの? 甘いの? 甘いの!」

「落ち着け。今から市場で材料買ってくるよ。砂糖は商会行かないとないから、ちと時間かかるぞ」

「ミーナ待ってる! すごく待ってる!」

「はいはい、行ってくるわ。の前に生地作っておくか」

「ミーナ待ってる!」

「ちっとは手伝えよ……」


 ◇


 ボウルにバターと砂糖を入れる。

 店に少量だけ置いてある砂糖だから、生地に使うのが精一杯だ。もちろん高価なので後からチトセが自腹で補充する。


 ヘラで良く混ぜると、だんだんとバターと砂糖が馴染み合い、白っぽく変化していく。

 卵黄を追加。白と黄色が出会って、薄く淡い初恋のような色へとその姿を変えた。

 良く混ぜたら薄力粉の出番だ。全体をまとめ、繋ぎ、一つにする。

 これで生地は出来上がりだ。


「ふぅ、生地には触るなよミーナ。買い物行ってくるわ」

「待ってる!」

「……はいよ」


 その背中には哀愁が漂っていた。


 ◇


「うー、寒っ」


 季節は秋。毎年この時期から北風が吹き、北のヴォルファング山脈から冷たい空気を運んでくる。

 もう少しすれば、風に乗って雪も舞うだろう。積もるほど降らないのは幸いだが。


「なんかいいのあるかな?」


 寒さに震えながら市場を探索するチトセ。

 震えながらも、しかと食材の目利きは怠らない。

 そしてチトセは見つけた。今日の主役を。


「お、これは」

「らっしゃい。おひとつどうだい?」

「んー、甘い?」

「当然だろ! そんじょそこらの店とは違って、うちのは甘くて最高だよ!」

「でも、ちと高いかな。もちろん負けてくれるだろ?」

「バカ言ったらいけねぇよ兄ちゃん。こんだけの品質でこの値段だぜ? これ以上負けれるかってんだ」

「ふはは! ならばこの値切りのテクニック見せてやろう!」

「ふはは! 出来るもんならやってみな!」


 そうだ、俺達の戦いはこれからだ!


 ◇


「また来いよ兄ちゃん。次は負けねえかんな!」

「おう、また来るわ。次も値切ってやるよ!」


 意気揚々と袋に戦利品を詰め、次の目的地へ進むチトセ。

 先程のやり取りを見た人が、店の前で人だかりになってることから、これからあの店は忙しくなるだろう。


 足取り軽やかに向かう先は最大の関門、リーズ商会だ。


 重い扉を開ける。中は魔法で産み出した光で溢れていた。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは。ジェイドさんいますか?」

「ジェイドですか? 申し訳ございませんが、ご予定は?」

「その必要はねぇよ」


 チトセが受付と会話をしていると、奥から現れたのは、ジェイド。

 ギリムの昔馴染みであり、チトセの口喧嘩相手であり、そしてリーズ商会の副会長でもあるジェイド・リーズその人である。


「よう、坊主。昨日ぶり」

「よう、おっさん。昨日ぶり」

「……奥に部屋を用意しますのでそちらでどうぞ」

「おいおい、副会長がおっさん呼ばわりされたのにちっとは」

「ご案内します。こちらです」

「ご丁寧にありがとうございます」


 さりげなく無視される副会長。どうやら敬意は限りなく無に近いようだ。


 そんな受付の案内で、一室に案内されたチトセ。どうやらここで商談するらしい。


「まぁ、色々あるが、とりあえずこれだけは決まりだから言わせてくれや」


 やや面倒臭そうに、抑揚の無い声で話す。


「ようこそリーズ商会へ。ここで何をご所望ですか? ってな」


 ◇


 軽く雑談とも呼べぬ雑談をした二人は、本題に入る。それはここに来た目的


「砂糖を売って欲しいんですよ」


 ピクリとジェイドの眉が上がる。

 それは先程までと違い、丁寧に話しかけるチトセのせいか、もしくはその中身。砂糖の取引か。


「数は? 精製前か? 後か?」

「百ほど。精製後でお願いします」

「百ならすぐに用意できるな。で、それだけか?」


 そう、チトセには目的があった。もちろん砂糖の事もあったが、百程度なら普通の取引でも問題は無い。

 だがそれだけの理由で、わざわざ流通網が国規模の、リーズ商会副会長と取引するのは理由としては薄すぎた。


「いえ、これからもリーズ商会と良い取引させてもらおうかとお願いしに来ました」


 それになにかが引っ掛かったのか、ジェイドは真っ直ぐチトセの目を覗き込む。

 そして、


「……独立か?」


 その一言を放った。

 それに対してチトセも、


「はい」


 肯定する。


 どこか気まずい表情で頭を掻くジェイド。それに素知らぬ顔で、淡々と延べるチトセ。


「ギリムさんには少し前から相談してました。買い出しも、接客も、店舗運営も、全て独立の為にやっていたことです」

「……ミーナちゃんには?」

「……まだです。今すぐ独立って訳じゃありませんから」


 思わずジェイドは天を仰ぐ。


「いつかとは思ってたが随分早いじゃねぇか」

「自分の店で自分の料理を出す。それが目的ですから」

「……ギリムのとこじゃダメなのか?」


 その問いに、この話になってから初めて顔が歪む。


「あそこはギリムさんの店です。確かに居心地は良かったし、あのまま店にずっといることも考えました。でも」


 ここで一旦話が区切られる。

 何かを思い出すように目を閉じた。


「何度も何度も思いました。これで良いのか? 裏切りじゃないのか? って。だけどダメなんですよ。どうしてもダメなんです。……俺は店を持ちたい。店員としてじゃない、俺は、俺の店で料理人(シェフ)になりたいんです」


 熱意。今までは流されながら料理をしていたと思ってた男。

 だが、内には獰猛な獣を隠し持っていた。

 貪欲に。ただ貪欲に求められるそれは、情熱以上の狂気にも感じられる。


 だがジェイドはそれを意外だとは思わなかった。普段は会えば軽口を叩く関係。年齢はかなり離れてるが、お互い気心の知れた関係だった。

 だから分かる。

 料理をしてる時、チトセは同じ目をしてることが多々あった。熱意、情熱、狂気。どれもそうだ。

 今の彼は同じ目をしてる。そう、彼はただ料理人になるためにここに居た。自分が思う料理人に。


 真剣にチトセを見るジェイド。普段の彼からは想像もつかないが、伊達に商会の副会長をやっている訳じゃない。その眼力は鋭かった。


「……利益はどんくらいみてる? 店の規模は? 客層は? なんも考えてねぇなんて言わせねぇぞ」

「全て考えてます。準備資金も、ある程度揃ってます。場所の候補もいくつかは」


 計画済み。チトセはこの為だけに今までこの世界で過ごしてきた。だから準備は怠っていない。


「……この商会の利益はなんになる? 今まではギリムっつう看板があったからあの店に卸してたんだ。お前みたいなぽっと出のガキがいきなりリーズ商会と契約なんか出来るわけないだろうが」


 確かにそうだ。チトセの料理は美味い。だがそれは身内の判断であり、客の判断ではなかった。

 たまに好評な料理があったとしても、それはイコールでチトセの評価には繋がらない。


 悪評価はチトセ本人に。

 好評価は店に。


 それが真実だった。


「……最初は富裕層を狙います」


 睨むように、挑むように、喜怒哀楽の感情を全て乗せてギリムに告げる。


「はっ、そんなの受け入れるわけ」

「具体的には貴族を狙います」


 ぞくりと背中に悪寒。ギリムは背筋が凍るように感じられた。


 貴族。古き血の盟主。

 自分とは違う人間。


 もちろんギリムは貴族相手の商談もあったし、そのうち何件かは、継続的な付き合いもあった。

 だがそれはリーズ商会として。ギリムが個人で貴族と相手したことは、当然無い。


「お前正気か?」


 貴族相手に個人で相手する。個人経営の料理店が。

 それは、正気とは思えない。


「勝算はあります。同じくらい失敗する可能性もありますが」


 じっとりとチトセの目を見て真意を確かめるジェイド。

 どうやら狂人にはなっていないようだ。


「勝算ってのは?」

「教えません。当然でしょう?」

「……そりゃあ当然だな。わざわざ言うバカは居ない」


 しばし目をつむるジェイド。どうやら利を計算してるらしい。


「ひとつ聞く」


 唐突に口を開く。


「お前の目的は?」

「……愚問ですね」


 今までの真剣な表情は消え、笑みが浮かぶ。


「料理人がするのは料理しかないだろ、おっさん」


 こうして、二人の契約は結ばれた。


「砂糖はくれてやる。少し早いが独立祝いだ」

「あっ」


 忘れていたらしい。


 ◇


「お待たせ、ミーナ」

「遅いよ! 遅すぎるよチトセ!」


 机に突っ伏していた状態から、器用に顔だけを持ち上げて文句を言うミーナ。

 チトセも苦笑と謝罪で返す。


「悪い悪い。今から作るからもうちょっと待ってくれよ」

「うーっ、早くね。早くしてよ」

「はいはい。かしこまりました」


 調理場に向かうチトセ。その歩みには一切の迷いがなかった。


 ◇


 袋から市場で買った果物。柿を取り出す。

 オレンジ色に染まったその果実は、夕日のように光っている。


 西から降り注ぐ、暖かな恵みが詰まった姿は、過去の思い出を脳裏に思い起こす。


 一面に広がるオレンジ色の世界。ゆらゆらと揺らめく大きな太陽。

 一本の木からは太陽と同じ色の果実がなっている。

 そっと、包み込みようにその果実を木から取り、口に運ぶ。

 甘い。ああ、甘い。

 顔を上げると、太陽がその姿を潜らせて行く。



 浮上する意識。思い出を心にしまい、柿の皮を剥く。

 するりと一本に繋がる柿の皮。

 八等分にすると、ヘタと種を取り、鍋へ投入する。


 砂糖とレムの実の果汁を入れると、焦げ付かないようにかき混ぜながら水を足す。

 沸騰する直前に火を弱め、じっくりコトコトと煮込んでいく。

 柿のコンポート。

 柿の甘味とレムの実の酸味が程よくマッチした一品。


 そしてこれを、タルトにする。


 皿に出掛ける前に作っておいたタルト生地を敷いて石窯に入れると、そう、クリームを作る。


 今日作るのはカスタードクリーム。

 卵と砂糖、ミルクに小麦粉で作る簡単なカスタードクリームだ。


 まずは卵と砂糖。

 黄身と砂糖をボウルに入れて、よく混ぜて馴染ませる。

 小麦粉をダマにならないように降りながら入れると、だんだん、だんだんと合わさっていく。

 そしてミルクは少しずつ。大振りにかき混ぜながら、ミルクの白と卵の黄色が程よくブレンドされる。


 鍋に火を入れ、それをかき混ぜると、カスタードクリームが徐々に顔を覗かせる。


 とろーり、とろーり。一回混ぜる毎にその艶は増していき、その甘味は優しくなっていく。

 そして氷魔法で冷やされると、それはまた違った顔を見せた。

 ぷるぷると表面が波打つクリーム。容器を揺らすと、思わずほほが緩む。


 それを、丁度焼き終わった生地に注ぎ込む。

 タルト生地に注ぎ込まれるカスタードクリーム。

 生地、カスタードクリーム、そして、


 柿のコンポート

 柿の甘味、砂糖の甘味、レムの実の酸味、ミルクの甘味、生地の香り、全てが一つとなり、それぞれを引き立たせる。


 まるで舞台。

 タルトと言う名の舞台で役者が踊っている。


 柿が回ればクリームが飛ぶ。生地が屈めば砂糖が跳ねる。

 王侯貴族が見てる中、堂々とその躍りを披露していた。



「お待たせ、柿のタルトだ」

「チトセ、私はもう、ダメだよ。ダメだよもう、チトセ……」


 タルトを前に崩れ落ちるミーナ。

 甘い香りと香ばしい香り。二つの香りにより、食べる前からすでにノックダウンしていた。


 切り分けられるタルト。

 皿に移されると、フォークで少しすくう。


 サクッ


 幸せの音。脳裏を刺激する音。

 口に入れると、幸福が舞い降りた。


 甘い。甘い!


 果物の甘味と共に砂糖の甘味、クリームの甘味。

 甘味の奔流が押し寄せて、ひと噛みひと噛みがやけに遅く感じる。


 ああ、そうだ、私は、今、幸せを食べてるんだ。


 アンダンテ。歩くような速さで幸せが染み込んでいく。

 じわりじわりと体を駆け巡る幸せのフィナーレは、もうすぐ。


「はい、紅茶だよ」


 甘さが溶けていく。体に溶けていく。

 口の中がああ。


「ありがとうチトセ。ありがとうタルト。ありがとうみんな……ありがとう……」

「久しぶりに作ったけど結構上手くいったなぁ。高過ぎて店では出せないけどな、はは」


 幸せは、ここにあった。

実はそろそろ語彙が限界です。自分の頭の中に入ってる言葉の種類がこれほど少ないとは……。勉強します。

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