表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
料理人になろう  作者: 一樹(いつき)
酒場「跳ね鼠」
6/18

五食目・うどん

少し短いです。

 夕暮れの王都。

 帰り人の影が伸び、建物と溶け合い、辺りを光と闇で彩る。

 王都から東に長く、長く伸びる影は、木枯らしの訪れを予感させた。


 乾いた風が通り抜ける。

 つむじ風に落ち葉が巻き込まれ、カラカラと乾いた葉音が哀愁を誘う。


 季節は秋。


 王都の秋は、寒い。


 ◇


「ゴホッ」

「うーん、まだ熱が高いな」


 酒場「跳ね鼠」の一室で、チトセとミーナが二人で居た。

 片方はベットに横になり、片方は椅子に座ってる。

 王都の秋は寒い。

 そう、ミーナは風邪を引いていた。


「うー、チトセぇ」

「はいはい。どうした?」

「水ぅ」

「ほら、水だ。ゆっくり飲めよ」


 よほど辛いのか、いつもの元気は微塵も見当たらない。チトセもそんなミーナを心配してか甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「すごく汗かいてるな。拭くから上着脱ぎな」

「……変態」

「おいおい、子供が色気付くなよ」

「私もう十四歳だもん。子供じゃないもん」

「……ああ、そういえばそうだな」

「……いくつだと思ったのよ?」

「園児……五、六歳?」

「チトセのバカ! 変態! ゴホッ、ゴホッ」

「ああほら、大声出すなよ。じゃあ布おいてくから自分で体拭けよ。俺は下で食事作ってくるから」

「バカチトセぇ」


 体格はともかく普段の言動から確実に年齢より下に見られるミーナ。五、六歳とは、過去を紐解くと一番下に見られた年齢だった。


 ◇


 熱気の篭る室内で男が格闘する。


 小麦粉、水、塩。

 単純ゆえに混じり気なし。

 こねる。

 こねる。


 動作一つ一つに男の、職人の魂を込める。

 腕は張り、体力は減り、だが心は満ちる。


 そして、うどんができる。


 出汁は魚の乾物を使ったあっさりしてるが心に染みる一品。

 じっくり火を調節し、その変化を片時も見逃さない。

 ゆらゆらと揺らめく火。溶け出す旨味。


 その出汁、美味し。


 二つが合わさると、言葉はいらない。

 食べろ。そして感じろ。

 それが、心だ。


 ◇


「お待たせ、ミーナ」

「遅いよバカセ」

「誰だよそれ」


 先程のことを根にもってるのか、扉を開けた瞬間、不名誉なあだ名で呼ばれるチトセ。

 しかし、チトセが持つ湯気がゆらゆらと出ている物を目にすると、それしか目に入らなくなった。


「それ、なに?」

「うどん。やっぱり風邪引いたときはこれが一番だろ」

「うどん……」


 器に入った麺とスープ。上には刻みネギと卵。

 面は白く、スープは透き通った黄金色。ネギと卵のアクセントが風邪で弱った体でも、食欲をそそる。


 まずはスプーンでスープを一口。


「ほっ」


 とする味。

 濃厚ではないが、薄いわけでもない。

 スープの一滴一滴からにじみ出る魚の旨味。体の芯から全身にその栄養を運んでいく。


「美味しい」


 麺は太め。表面はスープと絡み合い、キラキラと輝いている。


 食べる。


 噛むと心地いい歯応えの、コシのある麺。ぷちっぷちっと口の中で跳ねる。

 喉ごしはつるっと一気に。魚の旨味を十分に纏ったその麺が心も体も満足させる。


 うどん


 単純、故に複雑。だから美味い。

 だから暖かい。

 だから余計な言葉は、必要ない。


「美味しかったぁ」


 完食。器は空になり、心なしかミーナの顔色も良くなっているように見えた。


「じゃあ、俺は器を洗ってくるよ。少し寝てな」

「……ねぇ、チトセ」

「ん?」

「手、繋いで」


 か細い声でお願いするミーナ。一人になるのが寂しいのか、声には水っぽさが混じっていた。


「もちろん、いいよ」


 そっとミーナの手を包み込む。


「ねぇ、チトセ」

「どうした、ミーナ」

「手、離さないでね。ずっとそばにいてね」

「……ああ、ミーナが起きるまで手を繋いでるよ」

「ありがとう、チトセ」


 ゆっくりとまぶたが落ちて、柔らかな寝息が部屋に漂う。


「……そばにいるよ。せめて、もう少しだけは」


 別れの時は、近い。

次回、急展開。なぜこうなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ