五食目・うどん
少し短いです。
夕暮れの王都。
帰り人の影が伸び、建物と溶け合い、辺りを光と闇で彩る。
王都から東に長く、長く伸びる影は、木枯らしの訪れを予感させた。
乾いた風が通り抜ける。
つむじ風に落ち葉が巻き込まれ、カラカラと乾いた葉音が哀愁を誘う。
季節は秋。
王都の秋は、寒い。
◇
「ゴホッ」
「うーん、まだ熱が高いな」
酒場「跳ね鼠」の一室で、チトセとミーナが二人で居た。
片方はベットに横になり、片方は椅子に座ってる。
王都の秋は寒い。
そう、ミーナは風邪を引いていた。
「うー、チトセぇ」
「はいはい。どうした?」
「水ぅ」
「ほら、水だ。ゆっくり飲めよ」
よほど辛いのか、いつもの元気は微塵も見当たらない。チトセもそんなミーナを心配してか甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「すごく汗かいてるな。拭くから上着脱ぎな」
「……変態」
「おいおい、子供が色気付くなよ」
「私もう十四歳だもん。子供じゃないもん」
「……ああ、そういえばそうだな」
「……いくつだと思ったのよ?」
「園児……五、六歳?」
「チトセのバカ! 変態! ゴホッ、ゴホッ」
「ああほら、大声出すなよ。じゃあ布おいてくから自分で体拭けよ。俺は下で食事作ってくるから」
「バカチトセぇ」
体格はともかく普段の言動から確実に年齢より下に見られるミーナ。五、六歳とは、過去を紐解くと一番下に見られた年齢だった。
◇
熱気の篭る室内で男が格闘する。
小麦粉、水、塩。
単純ゆえに混じり気なし。
こねる。
こねる。
動作一つ一つに男の、職人の魂を込める。
腕は張り、体力は減り、だが心は満ちる。
そして、うどんができる。
出汁は魚の乾物を使ったあっさりしてるが心に染みる一品。
じっくり火を調節し、その変化を片時も見逃さない。
ゆらゆらと揺らめく火。溶け出す旨味。
その出汁、美味し。
二つが合わさると、言葉はいらない。
食べろ。そして感じろ。
それが、心だ。
◇
「お待たせ、ミーナ」
「遅いよバカセ」
「誰だよそれ」
先程のことを根にもってるのか、扉を開けた瞬間、不名誉なあだ名で呼ばれるチトセ。
しかし、チトセが持つ湯気がゆらゆらと出ている物を目にすると、それしか目に入らなくなった。
「それ、なに?」
「うどん。やっぱり風邪引いたときはこれが一番だろ」
「うどん……」
器に入った麺とスープ。上には刻みネギと卵。
面は白く、スープは透き通った黄金色。ネギと卵のアクセントが風邪で弱った体でも、食欲をそそる。
まずはスプーンでスープを一口。
「ほっ」
とする味。
濃厚ではないが、薄いわけでもない。
スープの一滴一滴からにじみ出る魚の旨味。体の芯から全身にその栄養を運んでいく。
「美味しい」
麺は太め。表面はスープと絡み合い、キラキラと輝いている。
食べる。
噛むと心地いい歯応えの、コシのある麺。ぷちっぷちっと口の中で跳ねる。
喉ごしはつるっと一気に。魚の旨味を十分に纏ったその麺が心も体も満足させる。
うどん
単純、故に複雑。だから美味い。
だから暖かい。
だから余計な言葉は、必要ない。
「美味しかったぁ」
完食。器は空になり、心なしかミーナの顔色も良くなっているように見えた。
「じゃあ、俺は器を洗ってくるよ。少し寝てな」
「……ねぇ、チトセ」
「ん?」
「手、繋いで」
か細い声でお願いするミーナ。一人になるのが寂しいのか、声には水っぽさが混じっていた。
「もちろん、いいよ」
そっとミーナの手を包み込む。
「ねぇ、チトセ」
「どうした、ミーナ」
「手、離さないでね。ずっとそばにいてね」
「……ああ、ミーナが起きるまで手を繋いでるよ」
「ありがとう、チトセ」
ゆっくりとまぶたが落ちて、柔らかな寝息が部屋に漂う。
「……そばにいるよ。せめて、もう少しだけは」
別れの時は、近い。
次回、急展開。なぜこうなった。