四食目・グラタン
寒い季節になってきました。メシが美味い。
「はい! エール三丁お待ち!」
「おーい坊主、こっちにもエール持ってきてくれや」
「エールいくつすか?」
「んー、三、いや、四で」
「へい、エール四丁入りまーす!」
今日も酒場「跳ね鼠」は盛況だった。
最近王都周辺の魔物が異常発生しているせいで、冒険者の数が増えているのも関係しているだろう。
隣国との関税も引き下げられ、今や冒険者の数が五割増しで増えていた。
「んだ、やるってのか! ああん?」
「はぁ? ぶっ殺すぞくそ野郎が!」
「はいお客さん、喧嘩するなら出てってね。帰りはあちら。お代はこちらだよ」
「あ? 黙ってろモヤシが! 叩き潰されてぇのか!」
「ギリムさーん、喧嘩一丁入りまーす」
「おや、喧嘩ですか?」
「あ、お会計お願いします」
「毎度ありー」
酒場「跳ね鼠」は今日も平和だった。
◇
「あー、今日も疲れた」
「お疲れ様です、チトセ」
一日の仕事が全て終わり、椅子に座って休んでいると、ギリムが声をかけてきた。
「いやー、最近忙しいっすね。大発生って虫じゃないんだから」
「ははは、こればっかりは仕方ないよ。数年毎に必ず来るからね。私も冒険者だった頃はあっちこっち飛び回ったもんさ」
「そうなんすか? へぇ。これってどんくらいで落ち着くんですか?」
「一概にどれくらいとは言えないけど、この調子だと十日前後で落ち着くと思うよ」
「あと十日かぁ」
「その分給料には色を付けておくからね」
「あざーっす」
どうやら大発生は数年毎に起きてるらしく、何か周期的なものがあるらしい。
今回は後十日。それまで忙しい日が続くようだ。
そんな話をチトセとギリムがしていると、
「よう、ギリム。飲みに来たぜ」
「おっさん、もう閉店だから帰りな」
「うっせガキ。いいから酒出せや」
「はいはい」
いつぞやの男性が現れた。
どうやらギリムの知り合いらしい。チトセも男性を慣れたように扱っており、付き合いの長さを伺わせる。
「ジェイド、また奥さんに怒られるぞ」
「けっ、かみさん怖くて酒が飲めるか」
「相変わらずだなぁ。あ、チトセ、ツマミを適当に出したら上がっていいよ」
「おいおい、チトセも飲めよ。あ、俺は胡瓜な」
「んー、じゃあちょっとだけ」
先にエールを二人の前に置くと、手早くツマミを用意するチトセ。煮物や漬け物など、彼が作ったもの中心なのは、あまり売れてないからだったりする。
全て出し終わると、自分にもエールを注ぎ、二人の近くに座る。
「やっぱ胡瓜はこれじゃなきゃな」
「あんまり飲みすぎるなよジェイド。チトセもほどほどであがりなさい」
「はい。そうします」
「かぁー、相変わらずギリムはかてぇ。明日のことは明日考えりゃあいいじゃねぇか」
「そっちこそ考えなしすぎるんだよ、大体ジェイドは冒険者の頃から考えずに突っ込みすぎなんだよ」
「あん?」
「やるのかい?」
「あ、これ良い浸かり具合だな」
今日も酒場「跳ね鼠」は平和である。
◇
「はよっす、ギリムさん。相変わらず早いですね」
「おはようチトセ。なに、冒険者時代の名残だよ」
「あー、俺もそんな体になりたいですよ。はは。じゃあ、買い出し行っています」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
「うぃっす。気をつけます」
王都の朝に今日も黒が溶け込む。
それは、紛れもない日常だった。
今日も酒場「跳ね鼠」は平常運行です。
◇
「チトセ、何か作って」
「おう、俺は何か熱いのが食いてえな」
「……何でおっさんがいるんだよ」
「おいおい、ここはギリムの店だぜ。いるに決まってんだろ」
「……はぁ、で、どんなのが食いたい?」
「チーズ!」
「肉!」
「……適当に作るよ」
今日も。
◇
まずは、バターと小麦粉。鍋にバターを溶かして、小麦粉を入れる。
焦がさないように慎重に、慎重に炒める。
バターの香りと小麦粉の香り。香りの相乗効果でどこまでも昇っていく。
良く炒まったら、温めたモーモーのミルクを少しずつ混ぜながら加える。
その白く濃厚なミルクは、乙女の柔肌より白く、滑らか。
ミルクを全て入れたらトロミがつくまでじっくり、コトコト火を通す。
ゆっくりと。
かき混ぜながら。
スープは澄んだ黄金色。
トロットロになってるその中に、黄金色のスープを入れると、二色の色が渦を巻く。
溶け合う。混ざり合う。重なりあう。
味が、絡まる。
その白く艶やかなソースは、まるで天に浮かぶ雲。
ゆらゆらと高みからこの世界を見守っている。
ホワイトソースの、完成だ。
肉はホロ鳥のむね肉を取り出す。
ぷっくりと盛り上がり、旨味が詰まったむね肉は、今日も料理人を誘う。
今日はどう料理するの?
ステーキ?
グリル?
どんな料理でもいいわ
でも、これだけは守ってよ
美味しく料理し・て・ね
一口大に切ったそのむね肉を、玉ねぎと一緒に炒める。
あめ色に色付いた玉ねぎの甘み。こんがりきつね色に焼けたむね肉。
ワインで香りとコクを纏わせると、大空に広がる太陽のような神々しい気品が漂ってくる。
茹でたペンネは焼き色がつかないようにさっと入れ、半分に分けたホワイトソースと絡める。
ホワイトソースと具材。これだけでも美味い。
十分美味い。
だがまだ終わらない
陶器の耐熱皿をバターでおめかし。
具材でドレスアップして、残りのホワイトソースでメイクアップ。
後は仕上げ。
とある冒険者に聞く。
世界で一番凄い山はどの山か?
西のウォールート山?
ああ、確かに凄い。
山頂にドラゴンの巣があるのなんてそうはねぇ。
だが違う。
北のヴォルファング山脈?
ああ、確かに凄い。
ただでさえ足がとられる雪道を、神狼が縦横無尽に駆け巡ってんだ、そりゃすげえ。
だが違う。
頂点はここにある。
こんもりと盛られるチーズ。チーズ。チーズ。
そう、チーズ大山脈
ああ、想像したくない。
溶けるチーズ。伸びるチーズ。垂れるチーズ。
彼はこう言った。
チーズの山で溺れたい。
そして、埋もれたい。
最後にパン粉で雪を振りかければ、正に山脈。
ああ、早く食べたい。
早くそれを口に運びたい。
石窯で焼き上がったそれは……
「革命はここで起きたっ……!」
頂点はこんがりきつね色。なだらかに降りるにつれゆっくりと色が薄くなり、すそ野は白。
その体全体から熱を発し、蒸気で視界を遮ろうとする。
グラタン
そう、グラタン
フォークでその山を切り崩す。
白
蒸気が一気に昇り、あたり一面に香りが広がる。
焦ったら敗けだ。焦るな、焦るな、焦るな?
もう無理だ。
「あくっ!」
口に入れるとその熱が直に伝わる。そして熱が収まるにつれ口に残るのは旨味。
「美味しい……」
料理の魔法など無い。
だが、確かにここには存在する。
ここには、確かに。
至福の時
体の底から熱くなる。
チーズのコクとパン粉の香ばしさが口の中を通り抜け
鳥肉の旨味と玉ねぎの甘みが食道を通り
全ての味が胃に到着する
「太陽……」
心から熱くなるこの料理はそう、太陽。
「うめえけどエールには合わねぇよな」
「んー、飲むなら赤ワインかな?」
「あー、エールに合うやつがよかったぜ」
「文句言うならもう作らねえぞ」
「じゃあワイン一杯」
「何がじゃあだよ!」