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料理人になろう  作者: 一樹(いつき)
酒場「跳ね鼠」
3/18

二食目・グリルハンバーグ

肉は正義

「いらっしゃい」


 酒場「跳ね鼠」の開店は早い。

 朝出発する冒険者たちのため、少し早めに開くからだ。

 だからというわけではないが、それほど広くない店内は朝の早い時間でも賑わっていた。

 そう。今日も。


「スタンプボアのステーキ大盛で。ああ、付け合わせはホロ鳥のステーキで。もちろん大盛な」

「ありがとうございます。スタンプボアのステーキ大盛お一つとホロ鳥のステーキ大盛お一つでよろしいでしょうか」

「おう」


 まさかのステーキwithステーキ。

 最初の頃は戸惑っていたチトセも、肉体労働するならこれくらい普通かと、今では納得して注文を聞いていた。

 ちなみにスタンプボアとホロ鳥は初級者の冒険者でもそこそこ簡単に倒せる為、比較的安価で食べられる。二枚頼もうがあまり高くはない。


「お水だよ〜。はいどうぞ」

「おう、ミーナ嬢ちゃんあんがとよ」


 ミーナも朝からよく働いていた。チトセが来る前は二人で切り盛りしていたのだから、チトセが来て楽になったと一番喜んでいたのもミーナだ。


「ギリムさん、そっちは大丈夫ですか?」


 半分厨房に突っ込んで聞くチトセ。


「うーん、そうだね、お店の中が大丈夫そうだったらちょっと手伝ってほしいかな」


 言いながらも右に左に動いて調理するギリム。どうやら一気に注文が来たせいで手が足りないらしい。


「分かりました。ちょっとミーナに言ってきます」


 その様子に、ギリムの手伝いをしようと決意し、慌ててミーナに告げる。


「ミーナ、厨房の手伝いに行ってくるからこっちは任せた」

「うん、こっちは大丈夫だよ」


 返事を最後まで聞かずに厨房に入るチトセ。手荒い場で急いで手を洗うと、手伝いを始める。


「お父さん、チトセ。追加でスタンプボアのステーキ二枚ね〜」

「ああ、分かった」

「うぃ」


 酒場「跳ね鼠」は今日も忙しかった。



「お疲れ様、チトセ、ミーナ」

「あざっす、ギリムさん」

「冷た〜い」


 ギリムは、二人によく冷えた水を持ってきた。得意の氷魔法で作った氷も浮かんでおり、飲むと爽やかな酸味が喉を潤していく。


「これってレムの実ですか?」

「ああ。果汁と果肉をお冷やの中に入れてみたんだ。お店で出すほどの量は無いけど、なかなか美味しいだろう?」

「さっぱりしてて美味いですね。よく冷えてるから喉ごしも抜群ですよ。なあ、ミー」

「ああ、その喉ごしは正に水の大海原。果実の酸味、甘味が水と出会い、そして……」

「おーい、戻ってこいミーナ。おーい」

「いつもの事だから気にしないでおこうかチトセ」

「……そうですね」


 どうやらミーナは、オムレツだけではなくいつもこの調子らしい。料理人にとっては喜ばしい事だが、ちょっとイラッとすることも多々あったりする。


「さて、もうすぐお昼だ。その前に私たちのお昼御飯作ってしまおうか」

「あ、じゃあ自分作りますよ。思い付いた料理あるんで」

「そうかい? じゃあ頼むよチトセ」

「ういっす」

「喉ごしと共にその存在感を主張する果肉と」

「それはもういいから!」



 今日の主役はスタンプボア。の切れ端。

 ステーキを作るときにどうしても余ってしまう肉を使う。

 食材を前に深呼吸。繊細なこの作業は間違えるわけにはいかない。


 まな板の上で待つスタンプボアに、両手に持つ包丁二本を軽やかに踊らせる。

 リズミカルに跳ねるその包丁はまるで音楽を奏でてるようだ。

 カカカッと途切れることのない幸せの準備。


 もういいかい?

 まぁだだよ。


 最高のタイミングをはかる。最高の瞬間を。最高の美味さを。


 今っ!


 粗みじんに切られた肉を手早くボウルに移すと、氷水で手を冷やす。焼く前の肉に熱は厳禁だ。

 そして肉をこねる。

 優しく、激しく、肉を扱うその手は、まるで手が自分で考えながら動いてるように軽やかだ。

 粘り気が出てきたら、あとは形成して焼くだけ。


 ではない


 適量を取り、俵型に形成した種を窪ませると、何かを中に入れる。

 軽く空気を抜き、素早く次の形成。

 流れるように二個、そして三個、四個。

 合計六つの肉。それらを油を敷いた鉄板に並べると、石釜に入れた。


 そう、グリル


 中が十分に熱された石釜は、扉を開けると一気にその猛威をふるう。

 熱と熱。

 下面だけでなく、全方向から一気に襲いかかるその熱が、肉をふんわりジューシーに仕上げていく。


 焦るな。焦るな。じっくりと焼けるその音を聞きのがさないように耳をすます。


 ジジジ


 まだ


 ジジジ


 まだ


 ジジジュ


 今だっ!


 焼ける肉の香ばしい香りと跳ねる肉汁の音。

 狂宴。

 狂ったように脳髄を刺激するその二重奏は見る者聞く者を虜にする。


 皿に盛り付けると最後にかけるのはソース。スタンプボアのフォンを使った濃厚なソース。


 スタンプボア×スタンプボア=芸術


 安物の肉だったであろうそれは、今や世界中の絵画にも勝る芸術品になった。



「私は今、お肉の魔法を見たよ」


 もちろんそんな魔法は無い。


「ただの肉の切れ端が、繋ぎ合わさることで一つのアートに変わる。ああ、ああ、その重厚な厚みと」

「いただきます」

「待って! これだけは待って!」


 冷めないうちにとナイフをいれようとする手を必死で押し留めるミーナ。

 これだけは譲れないらしい。


「冷めるから早くね」

「……うん」


 しぶしぶとその料理に向かう。

 そしてナイフとフォークで切り分ける。


 とたんに溢れ出す肉汁が、ソースと絡み合う。

 さらには乳白色のとろりとした物体がその上にヴェールを被せる。


「チ、チーズ……!」


 肉とソース、そしてチーズ。この組み合わせはなんと言われようとも正義!

 見てるだけで口の中が洪水のようになってくる。

 一口大に切り分けたその料理を、チーズとソースのベッドに潜らせる。


 ああ、スタンプボアに乾杯


 もはや目の前の料理しか見れない。


 そして、口の中へいざなう。


 肉汁、ソース、チーズ三位一体の感動。


 ああああああああああ


 美味い

 旨い

 うまい!


 口の中が爆発する。旨味で爆発する!


 もういい。もういいんだ。


「ありがとう、スタンプボア」


 光だ。これは世界を照らす光だ。



「うん、これ美味しい。チトセ、この料理を店で出してもいいかな?」

「ああ、いいですよ」

「それで、なんて名前なんだい?」

「ハンバーグです。ただ作るのが面倒なんで、数量限定とかにしないとキツイっすよ」

「そうだね……。一日十食が限界かな?」

「あー、そんくらいですかね」


 ハンバーグ。世界を照らす光。


「あ、ミーナ。そのパンをソースに絡めて食べると美味いぞ」

「光よ……あれ……」

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