十食目・カレー
そろそろネタが……尽きてきた。
「イルク、来月の建国祭に予定あるか?」
「……ありませんけど」
「まあ、だろうな」
「……師匠だって予定無いでしょうに。いい年なのに恋人の一人や二人いないんですか?」
建国祭。二年に一度行われる国をあげての祭り。
恋人達の祭典とも呼ばれるこの祭りでは、老若男女問わずに恋人と祭りを楽しむのがここ数年の主流となっている。
「うるせ。俺はしばらく仕事に専念するんだよ」
「あー、はいはい。そうですね。そーですねー」
「この野郎……」
「で、建国祭がどうしたんですか?」
「ったく。予定無いならうちでも出店を出す予定だから、お前もメニュー考えとけよ」
「え!?俺が考えてもいいんですか!?」
「売れそうで面白そうだったらイルクの考えたメニューも出すぞ。月末までには試作品作って食わせてみな」
「よっしゃっ。試作品は何でもいいんですか?」
「屋台で売ることを念頭においとけば後は自由に作っていいぞ」
「了解です!ところで……」
「ん?」
「何してるんですか?」
「これは――」
チトセはニヤリと笑って答える。
「ガラムマサラを作ってんだよ」
彼は喋りながらも香辛料をすり鉢で擂っていた。
◇
その日、チトセは日課となっている朝市巡りをしていた。
以前通っていた跳ね鼠の近くにある通りではなく、店に近い通りの朝市だったが、ここの市場も例に漏れず活気付いている。
「らっしゃい兄ちゃん。どうだい、一つ」
「安いよ!ここらじゃ一番安いよ!」
「品質ならウチがピカイチだ、見てって損はさせないよ!」
通りのそこかしこから客引きの声が聞こえてきており、その声を聞くだけでチトセは元気が出るようだった。
「ん?」
珍しい果物や定番の野菜を売っている屋台の片隅に、やる気が無いのか椅子に座った老人が、キセルをプカプカ吹かせながら店番をしている屋台がある。
チトセはなぜかその屋台に興味を持ち、真っ直ぐ屋台に近付いていった。
「……客かい?」
屋台の前まで来たチトセに、そうぶっきらぼうに声かけする老人。
「ええ、何を売ってるんですか?」
台の上には籠に入っている何か。蓋は閉まっており、その様子から客引きをしようという意思すらを感じられなかった。
「ほらよ」
さっと蓋を開ける老人。中には小さな実が無数に入っていた。
「これはっ!」
チトセは、興奮しながらそれを手にとって確認する。
スパイス。
顔に近づけるとかすかに刺激的な香りが鼻を通り抜けた。
隣の蓋も開けると、今度は違ったスパイスが置いてある。
「す、すみません、これをどこで手に入れたんですか!?」
「さて、どこだったかな?」
「これ買います!」
だから教えてくれと無言の圧力をかけるが、柳に風とばかりに飄々とかわす。
「まいどあり。仕入れたら大抵この場所で売っとるよ」
「うっ」
チトセはどうしても仕入れ先を知りたかったが、興味なさげにキセルを吹かしている老人を見て、追及することを諦めた。
「……また来ます」
「はいよ」
お金を払い、手提げの篭に各種スパイスを詰めたそれは、敗北の証だった。
「また、来ます」
いつか勝利するために。
◇
シナモンクローブナツメグ、カルダモンにローリエ、ブラックペッパークミン
スパイスが渦を巻く。
すり鉢の中はまるで宇宙のようだ。
色とりどり、香りの星が混ざり、砕かれ、そして新たな銀河が産まれる。
これが香りの混合スパイス
ガラムマサラ
香辛料で作られた新しい銀河が、我々を導く。
フライパンには油が敷かれ、油の上には骨付きホロ鳥のモモ肉が敷かれる。
そして、モモ肉の表面に焼き色がつくまで焼いたら、そのまま石窯に入れる。
新たなフライパンには大きめに切った野菜がこれでもかと敷いてあり、ブイヨンを投入すると野菜がブイヨンを吸い込み、旨味が凝縮されていく。
ガラムマサラ
主役はスパイス。
ターメリックやレッドペッパーを加えたそれは、もはや王道。
カレー
中までじっくりと焼けたモモ肉を沈めれば、誰もが無言で唾を飲み込む。
ああ、カレー
貴方はなぜそんなに美味しそうなの?
ああ、カレー
もう、ダメだ
深めの皿に盛り付けられたそれからは気品高い香りが漂っており、じっくりと焦げ目が付くまで焼かれたモモ肉が、その焦げ茶色の液体と絡まり、なんとも言えない妖艶な姿を表している。
「これが、カレー」
「ああ、カレーだ」
スプーンをひとすくい。
柔らかなモモ肉が、遮られることなく身を削られる。
モモ肉の油が、そのスープと合わさり、さらに濃密な気配を漂わせた。
口に入れる
辛さがなだれ込む。
凝縮された辛さが口全体に襲い掛かり、身体中に広がっていく。
辛い。辛い!辛い!!
……美味い。
辛さの後には旨味が残る。野菜の甘味。ホロ鳥の旨味。ブイヨンのコク。
全てが計算尽くされたかのような一品。
オリエンタルな一品。
口の中は異国情緒溢れていた。
金色に輝く異国の王宮。
真っ赤な絨毯を一歩。また一歩踏みしめると、たどり着いたのは王の間。
若くて精悍溢れる王が、その王座にしなだれかかりながらこちらを見ていた。
退屈は罪
正面までたどり着くと、ゆっくりと頭を垂れ、手に持つ品を差し出した。
微かに眉が跳ね、口元が弧を描く。
ああ、面白い
それは、異国の刻
「辛い!み、水!」
「あー、水飲むと余計に辛いぞイルク」
「師匠!殺す気ですか!」
「そんなに辛いならこのクリーム入れるとマイルドになるぞ」
別皿に入れていた生クリームを渦を描くようにカレーに入れた。
イルクは、その白い部分と一緒にもう一度スプーンですくうと、思いきって口の中に運んだ。
「辛っ!……けど美味い」
どうやら先程よりは辛さがやわらかくなったようだ。
チトセは生クリームを入れずに一口。
「おー、カレー、かれぇ」
「……すみません、黙ってもらえます?」
今日もイルクは辛口だった。
次回はイルクが活躍!?するかもです




