料理人になろう
敵はとても強大だった。
身に纏う雰囲気は歴戦の強者そのものであり、その鍛え上げられた肉体は不屈の心を作り上げている。
チトセはその集団を目にして、体が震えた。
これから地獄が始まると。
しかし
その目には不安と同時に歓喜の震えもあった。
自分がどこまで出来るのか、自分は最後まで戦いぬけるのだろうか。
ゆっくりとその集団に向かって歩いていく。
一歩
また一歩
そして、ついには目前までその距離が近付いた。
そして、戦闘開始の合図を打ち上げる。
「いらっしゃい。料理屋『チトセ』開店だよ」
肉と酒の戦争が始まった。
◇
始まりはとても静かだった。
急に死んだとか、穴に落ちたとか、誰かに連れてこられた訳ではなく、気がついたらこの世界にいて、この世界で迷子となっていた。
青年、千歳勇翔はいつの間にかこの世界に存在しているのが当たり前になっていた。
「俺、なんでここにいるんだろうな……」
誰に言うわけでもなく吐いた独白は、朝の空気に消えていく。
自覚すれば、不安が襲ってくる。
なぜここにいるのか。
なぜ当たり前のように宿屋に泊まっているのか。
なぜ金を持っていたのか。
なぜ――
なぜ――
疑問は尽きなかったが、それでもそれを頭の奥底にしまいこむ。
前世。とかでは無い。
体は自分のものだ。手にあるタコも、固くなった指先も、火傷して赤くなっている部分も、全てがチトセ本人のものだった。
なぜと問われても答えることが出来ないなら、答える必要はない。考える必要はない。
元々彼は頭の回転が速いわけでも、成績がいいわけでも、知識が優れているわけでも無かった。
ただひとつ、誰にも譲れないものがある。それだけで良かったのだから。
「そうだ、料理人になろう」
呟いた二つ目の独白も、空気の中に消えていった。
その瞳の中に、消えぬ炎を残して。