いわゆる私は2号さん
この文章には、未成年が飲酒をする描写が含まれますが、お酒は20歳になってからです。また、その手の描写が嫌だ、ゆるせないという方は、読まないことをお勧めします。
突然ですが、世間一般から見ると、私は2号さんという立場にあります。
誤解がないように言っておきますが、不倫ではありません。2番目の彼女……いわゆる浮気相手って奴です。
私の彼、高槻修一さんは高校時代の先輩です。
出会いは、彼が高3、私が高1のとき図書室で、同じ本を取り合ったのがきっかけです。
本を取り合う程度ですから、本はもちろんのこと、音楽や映画など趣味が合い、さまざまな話をするようになりました。
そんな彼は、その当時からプレーボーイと学校中の噂でした。
まぁ、お祖母さんがフランス人だか何だかで、日本人離れした端麗な容姿と、フランス語ペラペラで、学年TOP10入りの頭、バスケ部のエースとくれば、モテる要素しか持ち合わせていませんでした。
天は二物も三物も与えるんですね。
おっと、話がそれてしまいました。話を戻しますね。
趣味があったこともあり、彼が高校を卒業しても会って話をするぐらいの、関係は続いていました。
季節は経ち、私も高校を卒業し、大学に進学したある日のこと、彼から「進学祝いに食事でもどうか?」というお誘いを受けました。
私にとって、彼との食事は珍しいものではなく、大学生活に余裕も出てきたこともあり、OKをしました。
彼との食事は楽しい時間で、気分も高揚していたこともあり、彼にすすめられ、初めてお酒を口にしました。
そして、気付いたら朝、素っ裸でベッドの中にいました。隣にはもちろん彼……。場所はどこかのホテルのようです。これがいわゆるラブホテルというやつなのでしょう。
正直、驚きました。彼と出会って約4年もの間、彼が私に趣旨を動かすことなどなく、高校時代ほどではないにしろ彼には、定期的に女性がいたからです。
焦りました。このままでは彼との関係が崩れてしまうと思い、彼を起こすことなく着衣を済ませ、ホテルを逃げ出しました。
彼にとっては、こんなこと日常茶飯事のはずです。もしかすると昨日のお酒で、記憶がないかも知れません。そうであるように祈りました。
それから2週間あまり、私からはもちろんのこと、彼からも連絡は来ませんでした。
2週間と少したったあるにのこと彼から、食事に誘われました。
正直、いろいろ不安でしたが、会うことに決め、食事に行きました。
久しぶりに見た彼は相変わらず美しく、聡明でした。
しかし、そんな彼には珍しく彼は熱く語ったのです。
本命の彼女ができたことを……。
彼は語りました。彼女がいかにかわいいか、いかに優しいか、いかに素晴らしいか、熱く、熱く語ったのです。
ショックでした。
なぜなら私は彼が好きだったから……。私は彼とさまざまな話をするうちに彼を好きになっていたのです。いいえ、本当は、図書室で出会ったときから好きだったのです。
そのあとはショックで、彼の目の前だというのに、お酒を浴びるように飲みました。
そして気付いたらまた朝、素っ裸でベッドの上、彼の隣でした。
前回と違うところは、彼の腕がしっかりと腰に巻きつき、動けないことと、ホテルではなくワンルームの部屋でした。たぶん彼の部屋なのでしょう。
今回も、彼が起きる前に帰りたかったので、静かに、彼の腕から逃げ出そうと身じろいでいました。
「……ん……起きたのか……。おはよう。」
寝ぼけて、本命の彼女と間違えているのでしょう。とろけるような笑顔と、甘い声で言われました。
挨拶されたのに返さないのも……こんな至近距離にいるわけですし、聞こえなかったの言い訳は通じません。
「…………おはよう…………。」
「ん、おはよう。俺今日は、1限からどうしても出なきゃいけない講義があるから、そろそろ起きていくけど……お前はどうなんだ?まだ体つらいだろう。休めるようなら休めよ。いくらだっていたってかまわないからな。」
その発言からやはり彼の部屋のようです。
……お気遣いはありがたいが、体がつらくなるほどやらないでほかったです。こちとらまだ2回目なので。
でも、そんなことは言えず……。
「…………平気……。私も学校に行かないといけないし。」
「そうか。シャワーとか使うか?」
「……いい。」
「ん……次はいつ会える?」
それを聞いて愕然としました。
どうやら彼は本命がいるにも関わらず、この関係を続ける気のようです。
そして私は、それでもいいと思いました。
どんな形であろうと彼のそばにいられる。一時でも彼を自分のものにできる。
私からは用事があるとき意外連絡しない。
彼を縛らない。
そしていつか彼が飽きたら、彼が本命のもとに帰る時が来たら私は、彼の前からいなくなろう。
そう決めました。
「次は……―――。」
***
彼との関係も早いもので、6年の月日が経ちました。お互いが社会人になった今でも続いています。
正直、こんな関係が長く続くことはないと思っていたので、最近の私は、本命の彼女に対する罪悪感で、どうにかなりそうです。
しかし、彼の話を聞く限りでは、本命との交際は順調で、私の付け入る隙なんて少しだってありません。
「……い。……おい!」
「……え……あ、ごめんなさい。なに?」
考えに没頭して、トリップしてた。
今日は彼が、2週間ぶりに私の部屋に訪れていました。しかも、金曜日の夜に……本命の彼女はいいのでしょうか?
「聞いてなかったのかよ。しょーがねーな。」
「本当にごめんなさい。」
「……いいよ。疲れてんだろ。そういうこともある。」
「ありがとう。で、何の話だったの?」
「……ああ、なんつーか……えっと、俺、そろそろ結婚しようと思うんだ。」
一瞬何を言われたかわからなかった。
ううん、違う。頭が理解することを拒んだ。
理解できたあとは、血の気が引いた。
ついに彼は、この関係に終止符を打つのだと思った。
「……あ……そうなんだ……長いもんね。私もいいと思うよ。」
必死に笑顔を作っていった。私の精一杯のプライド。
「そう思うか?」
「うん。いいと思うよ。結婚式にはよんでね。」
「ああ、もちろんだ。」
「……ごめん。急で悪いんだけど、なんか具合悪くなって来ちゃった。今日は帰ってくれる?」
「それはかまわないが……。一人で平気か?」
最後通知を出したくせに……2号になんか優しくすんな。
「うん。平気だからかえって。」
「……ああ、なんかあったら呼べよ。すぐに来るから。」
「ありがとう。じゃあね。」
―――バタン
扉が閉まったあとは、ベッドにもぐって、ただただ泣いた。
もともと褒められた関係ではなかった。
思いも一方通行だった。
でも、好きだった。愛していた。
彼の甘い声や笑顔、私だけに向けられているものではないと……私のものではないと知っていても……。
本命の彼女への罪悪感で、押しつぶされそうだったのも事実だけど、それ以上に私は彼を愛してた。
悲しい思い出ももちろんあるけど、それ以上に優しい、楽しい思い出が思い出されて……。
「……ずるぃ。ずるいよ…………。」
彼に対しても、本命の彼女に対しても、初めて声に出して文句を言った。
彼に対してはその優しさに、本命がいるのに遊んでしまうその性格に……。
彼女に対しては、彼に愛されていることに……。
本命の彼女に対して、今まで嫉妬の思いもあったけど、この関係を続けている以上、文句なんて言えなかった。
ただただ、苦しかった。初めて解放されたような気がした。
***
それから私は力の限り泣き続けた。
金曜は泣き疲れて寝て、土曜にはひどい顔していた。
それでも涙はかれなくて、いっそ、涙と一緒にこの思いも消えたら楽なのに……。
そんなことを思ったりしながら、泣き続けた。泣けるだけ泣きたかった。
それだけ大きな失恋だった。彼以上に好きな人にはもう出会えないだろう。
そう思えば思うほど、涙が流れた。
日曜日になり、涙も大分落ち着いて、でも悲しくて……。ベッドから起き上がる気にはなれなかった。
―――ガチャ、バタン
午後になって部屋の扉が開いた。
この部屋の鍵を持っているのは、実家の両親と……彼。
両親が来るときは予告があるので、彼だろう。きっと、部屋の鍵を返し忘れてたから……。
「おーい。起きてるか?つか、まだ具合悪いのか?調子悪いようなら呼べって言ったじゃないか。つらいようなら病院行くか?」
なんで優しいんだろう。苦しくて苦しくてしょうがなかった。鍵ならどっかにおいて出て行ってほしかった。
人に見せられるような顔じゃないし、何より彼の顔を見たくなかった。だから布団にもぐっていった。
「い゛い゛。ぎにじないで。」
「すごい声だな。本当にいいのか?薬は飲んでんのか?」
泣きすぎてしゃがれた声を聞いて、本当に具合が悪いと思ったみたいだった。
「ぎにじなくでいいから、がえっで。」
「俺だって、用事があってきてるんだよ。そんなこと言うな。」
用事ってなんだろう。この間では飽きたらず、私にまだダメージを与えるつもりなんだろうか。月曜日は休まないとダメかな……?
「手出せ。」
言われて、右手だけを布団から出した。
「逆。」
文句の多い奴だ。
大好きな彼であっても、今は私を傷つける敵にしか見えない。
警戒をしながら今度は左手を布団から出した。
薬指にひんやりとした金属の感触が触れた。
「長谷川湊さん、俺と結婚してください。」
―――バサ
人に見せていい顔じゃないなんてことは、もう頭になかった。
「おま、なんて顔して―」
「何言ってんの!!!彼女はどうしたの!?これはなに?練習なの?そんなに私を傷つけたいの!!?」
「お前何言ってるんだ?それにその顔はどうしたんだ?なんかあったのか?」
「そんなことはどうでもいいの!私の質問にいいから答えてよ!!!!」
「……お前が……湊が何言ってんのかよくわかんねぇけど、俺の彼女は6年前からお前だろ?俺は一回だって浮気した覚えはないし、練習ってなんのだ?プロポーズか?確かにこの間は練習つーか、なんつーか、事前に確認はとったけど今回はちゃんと言ったし本番だぞ。事前確認をとったってことは男としてはカッコ悪かったかもしれないけど、湊を傷つけるつもりなんか一切なかった。」
「……私が彼女……?うそだ。だってずっと私の前で彼女がかわいいってのろけてたじゃない!」
「だって、湊かわいいもん。彼女にかわいいって言って何がいけないんだ?ほれ、湊の質問に答えたぞ!今度は俺の質問に答える番。その顔はなんだ?」
「…………。」
「みーなーとー。ごまかされないぞ。」
「…………フラれたと思って……。」
「俺にか?なんで?」
「……だって、私2号さんでしょう?かわいいってのろけちゃうくらいの本命の彼女がいて、結婚しようと思うって言われたら…………。」
「だから、俺の彼女は湊、お前だって言ってるだろ?なんでそんな風に思ってたんだ。」
「……1回目のエッチはお酒の間違いだと思ったの。もう、修一君との関係も終わっちゃたかなって思ってたの。だけど、修一君食事に誘ってくれて、うれしかった。でも、……2回目にエッチする前の食事で……修一君自分の彼女がいかに素晴らしいか語ったんだよ。覚えてない?」
「覚えてるよ。俺の湊は最高にかわいいし、素晴らしいからな。それで?俺的には1回目から付き合ってるつもりだったんだけど?」
「修一君が語った彼女像に、私が当てはまるところなんて一つもなかった。1回目のときも2回目のときも、お酒をいっぱい飲んでいたから、気付いたら朝だったの。それに、付き合ってなんて、好きだなんて一回も聞いたことないもの。」
「……1回目のとき、酒の力を借りてお持ち帰りしたのは、悪かったと思ってる。でも湊抱いてる最中に何回も言ったし、何より湊が俺に抱かれて夢みたいって、好きだって言ったんだ。それ聞いた瞬間やっぱ両想いだったんだって思った。それに、俺だってショックだったんだぞ!!!朝起きてお前いなくて、起きたら、好きだって、愛してるって、言おうと思ってたのに……。まぁお前恥ずかしがりだからって、自分を納得させたんだ。それなのに湊は全然連絡くれないし、お前に会えなくてつらくて、我慢できなくて、結局自分から連絡して、なんか俺ばっかり好きみたいで嫌だったんだ。だから、お前から好きって言うまで自分からは言わないってきめたんだ。それが、こんな誤解につながっているとは……。」
真実が白日の下にさらされた。豆鉄砲を食らった気分だ。
思い返せば、彼は全身で私への愛を示してくれていた。イベントごとのプレゼント、病気のときは看病してくれて、週末は一緒に過ごす。
これを、彼女と言わずしてなんであろう。私は前提条件を間違えていたんだ。
思いを伝えていたらもっと変わっていたかもしれないのに……。
「で?」
「え?」
「本命の彼女とわかってからの、プロポーズの答えは?」
「……好きだよ。修一君のお嫁さんにしてくれる?」
「ああ、よろしくな。」
-END-
修一視点とか書きたいので続くと思います。
いつかはわかりませんが……。
***
オマケ
「この際だから、不安に思ってることとかつらいこととか吐き出しちまえ。俺お前が今まで、文句とかなんも言わないから不安だったんだ。言う価値もないとか思ってんのかなって。」
「そ、そんなことないよ。……2号さんは言っちゃいけないと思ってたの……。」
「んじゃ、2号じゃないってわかったんだから言えるよな?」
「……あ、あのね…………。」
「ん?」
「……なんで、2週間とか時間が空くの?……私は、本命と会ってるからだと思ったんだけど……私が、本命なんだよね?」
「本命だよ。疑問形でいうな。」
「ごめん。」
「もっと自信を持っていいよ。俺はお前のこと本当に愛してるんだ。」
「う、うん。」
「んで、疑問の答えだけど、湊俺の仕事知ってる?」
「……えっと……?」
「海外事業営業推進部の係長だ。要は海外出張行ってたんだ。」
「海外?」
「そうだよ。出張だからもちろん仕事あるし、時差もあるしで連絡がなかなかできないんだ。」
「へぇ。」
「そうなると、声も聴けない、お前に会えないで、めちゃくちゃつらいってこともあって、今回プロポーズすることに決めたんです。」
「そ、そうなんだ。」
「そうなんです。これからもいろいろあると思うけど、二人で乗り越えて行こうな。」
「うん。」