π.もう一つの贈り火
本日は第四回空想科学祭参加作品『プロメテ=オートマティクス Promethee Automatics』をお読みに来て頂きまして、真に有難う御座います。
間もなく開頁となりますが、ここで幾つか諸注意が御座います。
・小説を読む時は、部屋を明るくして離れて読んでください。
・企画より長編と聞いて来た方へ。明記上、当作の文字数は八万前後となっておりますが、その内の二割余りは本文を装飾するだけの、ただの何の変哲も無いルビです。虚偽もどうかと思いますが、まぁこれも嘘偽り無き嘘と致しまして、無視して頂ければ幸いです。
・この作品はフィクションです。実在する神々、英雄、神話等とは一切関係ありません。
等など。階段の既知では御座いますが、どうかご注意の方をして頂いてからに当作をお読みください。それではどうぞ、どうぞっ、どうぞっ!!
……我はここに座り、人間を
我が姿に似せて作る。
我と同じものどもを、
苦しみ、泣き、
楽しみ、喜び、
そして貴様を敬わないのだ、
我と同じ様にして!
ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『プロメテウス』
「……しかし自分の友や親戚は何処に居る? 私の赤ん坊時代を見守ってくれた父も、笑顔で愛撫してくれた母も無かった、もしあったとしても、私の過去の全生活は今では一つの汚点、全くの空白であって、私には何も解らなかった。自分の最初の記憶以来、私は今の通りの大きさだったし、未だかつて自分に似た人間、或いは自分と交際しようという人間に、会った事が無かった。自分は何者だろう? この疑問が再び起きて来た、しかも答えは無くただ唸るだけの事であった――」
メアリー・シェリー『フランケンシュタイン 或いは現代のプロメテウス』
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安心と信頼の、由緒正しき書き出しに敬意を称して曰く――
昔々ある所に、一柱の神が居た。
彼は――という事はつまり男性神な訳だが――元々神々の敵対者たる巨人族の出身だった。二つの種族が一方を片っ端から亡きものにしようとした時、先見の明を以て神々の側に付いた彼は、しかし心の底まで彼等の味方では無かった。数多の動物と、神々の似姿たる人間の造り手、創造主でもあった彼は、傲慢不遜で鼻持ちならない神々より我が子等と呼んで差し支えない者の肩を持ったのだ――例えば、天上一の浮気者が火遊びを禁じたにも関わらず、人間の為に火を取り戻したのは彼であるし、その浮気者を完膚なきまでに破滅させる証拠を握り込んで決して離さなかったのも、また彼であった。
お陰でその神話は傷だらけの酷い代物で、正気の者にはちょっと見るに忍びない。
彼がその永い永い半生の内に、専ら付いていた神性を知っていますか?
その答えは――鳥の餌遣り係である。
付け加えておくと、ここで言う鳥とは獰猛極まりない禿鷲であり、鳥の餌には、彼自身の新鮮な肝臓が使われていた――出身がどうであれ神々の一柱であれば彼もまた不死であり、昼日中にどれだけの量が貪られようと、夜ともなればあっと言う間に何もかもが蘇ってしまう。経営者からすれば、実に面倒の無い素敵な永久機関だったのである。
そしてそんな彼の名が、我々の宇宙の言葉でプロメテウス――『先を見通す者』『熟慮する者』であったのは、正に皮肉としか言えまい。或いはそこに、浅薄な脳味噌では到底思いも寄らない深い考えがあったのかもしれないが――尤も、彼の身体がレバーペースト缶と化した大元の原因は、深慮浅慮の如何というよりも、ある種の頓智と言うべきであろう。
それはこの様な逸話に由来する。
ある時、天下一の浮気者こと神々の中で最も偉そうで、まぁ実際地位は高かった神――このまま名無しなのも厄介だが、昨今騒がしい神の点呼の問題もあれば、ここは仮に『ゼウス』とだけ呼ぶ事にする――と人間の間で、牛の肉の取り分に置ける争いが勃発した。
どちらも牛肉が大好きであれば、美味い所は、神/人になんぞへ渡したくない。
一触即発の状態の中、調停役へと名乗り出たのが、何を隠そうプロメテウスだった。
先にも上げた通り、彼は人間の産みの親であり、その采配もまた人間贔屓のものであれば、今回も人間の為に一計が案じられた――プロメテウスは、牛を二つに解体すると、そこに細工を施した上で、あたかも公正であるかの様に、ゼウスへ選択をさせたのである。
片や皮革と胃袋に隠された、肉と内臓。
片や脂身を巻き付けられた、ただの骨。
良くお考えに……我等神の中の神よ――
外面と内面を逆転させた偽装工作は実に秀逸なもので、プロメテウスは見事食べられない骨の方を選ばせる事に成功した。やったね拉致少女、今夜は高級ステーキだっ。
けれど陰謀に置いては、ゼウスの方が一枚上手だった。
彼はこう言ったのである――不死たる神に取っては、不滅の骨こそが相応しい、と。
実際これが裏の裏をかいた結果なのかただの負け惜しみなのかは、いまいち解らない――何せ相手は天下一の策略家でもある――けれどこの言葉に寄って、勝敗は決した。
かくして神々は不死なる者と、人間は死せる者と定まり――プロメテウスの謀り事に激怒したゼウスは、人間から火とそれに付随するその他諸々を奪い取った――けれど、人間の庇護者は、炉の中に隠していた火を以て、その熱と輝きを取り戻し――それ故に、プロメテウスは大いなる山の頂へと、磔にされたのである。人間では無く禿鷲へ、牛では無く自分自身を差し出す為に――未来に己が座を奪うだろう者の名を告げれば、というゼウスの甘言も退けて――半ば永劫と言える苦痛に身を委ねたのである。
嗚呼プロメテウス――先を見通す者、熟慮する者……
そして彼の罰は、神であり人でもある彼の英雄に寄って開放されるまで延々と、それこそ延々と行われ――歴史は、人間にも与えられる事となる罰、プロメテウスの愚鈍な弟と、無垢な、余りに無垢な始祖少女の筐に纏わる物語へと続いて行く……
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さて、これから語るのは、そんな我々が見知った物語の続きでは、余り無い。
これは選ばれなかった選択の物語――ゼウスが一層直情的か、裏の裏の裏をかいたが故に、肉と内臓が神のものと、ただの骨が人間のものとされた宇宙の物語。
我々が馴染みのものとはまるで違う、もう一つの贈り火の物語である――
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