富士山の裏には僕の埋めた死体が埋まっている。
「そこにはないよ」
富士山の裏にて、私は彼と対峙していた。
「そこに、君の埋めた死体はどこにもないよ」
彼の言ったことに驚いた理由はふたつほどあって、ひとつめは私が富士山の裏(そこ)に死体を埋めたことが彼にバレていること、ふたつめは彼の言ったことが本当で、富士山の裏(そこ)に私の埋めた死体はどこにもなかったことだ。
どうして、と私は彼に問うた。すると彼は、どこか誇らしげな表情で胸を張った。
「そこには、僕の埋めた死体が埋まっているからさ」
富士山の裏(そこ)には彼の埋めた死体が埋まっている――そんな唐突なことを言われても、理解が追い付かない。きっと、理解させる気もないのだろうと思う。
そしてまたもや、私は驚くことになった。
彼の言ったことが、またしても本当だったのだ。
「言ったでしょ?」
富士山の裏(そこ)には彼の埋めた死体が埋まっていた。
「そんな、バカな――って顔してるね」
どうしてどうして、と私は二回彼に問うた。彼は私の質問をスルーして言った。
「君の埋めた死体が埋まっている場所なんて、君にしか分からないよ」
私にしか、分からない? よく分からなかったので、もう一回言って、と彼に言った。私の要望は華麗にスルーされた。
相手に理解させる気のない言葉をよく言う子だな、と初対面ながら理解した私は、とりあえずコミュニケーションを諦めることにした。彼は、有意義な交流を求められる相手ではない。
無言で、気まずい空気が流れる。おそらく私がそう思っているだけで、彼はそう思っていないのだろう。彼はきっと、他人に興味がないタイプだから。
だけどしばらくしてから、彼は静寂を完膚なきまでに崩壊させた。
「気まずいね」
どうして、と私は彼に訊いた。
「だって、面識のない男女ふたりじゃないか」
ここでようやく、私は彼が男であることと、私が女であることを認識した。理解は元々していたのだけど、やはり思考が追い付いていなかったのだ。明言されないと、なにも分からないのだ。
「そこに死体を埋めていると思っている者同士、ってところかな。まあ僕の埋めた死体は本当に埋まっているわけだけど」
彼の言っていることは、ことごとく正しかった。
だけど、わざわざ共通点を見つける必要性なんて皆無だ。正しいとか正しくないとか間違っているとかそういうのは、この状況において大局になにも影響を及ぼさないではないか、と私は言った。
彼は私の発言を華麗にスルーすることに長けていた。
「連絡先交換しない?」
と思ったら、私に返事を求めてくるタイプの対話を試みてきたので、私も応じた。いいよ、と口に出す。
すると彼は返事をせずに、スマホの画面をこちらに向けてきた。画面にはQRコードが映っていたので、それを覚える。覚えたから、家に帰ったら申請する、と彼に伝えたら、彼は面食らった顔をした。
「…………なるほどね」
そしてなるほどされた。
解せぬ、と今度は口に出して言わなかった。顔に出してみると、彼は苦笑した。
「じゃあ、僕はもう行くよ」
私に背を向けた彼は、そのままゆっくりと歩き出した。なんとなく、もう二度と会わないんじゃないかというような気がした。だけど、それがいちばんベストな結末であることを知っていない者がこの場にいないはずがなかった。
私と彼は別れた。
富士山の裏(そこ)には、相変わらず彼の埋めた死体が埋まっていた。




