理不尽
ヴェスピナがネクトリアの武器を指先で摘む。
「しっかし…まさかこんなちっこい槍が魔槍とはねー…」
「えへへ…お母さんがくれたんだ」
ヴェスピナ、指で槍をくるくる回しながら、にやり。
「まさかウチの拳が止められるとはねー…名前はあるのか?」
「なまえ?」
「そーだよ。顕現武装は名前をつけてやると答えてくれるんだ」
「名前かぁ…。じゃあ…わたしの針だから、ヒメハリ!」
――沈黙。槍は一切答えない。
ヴェスピナ、目を丸くして一歩下がる。
「そんな小動物みたいな名前…いやもっとこう…あるだろ」
「じゃあトゲハリ!」
――また沈黙。
「後で姉貴に教わっとけ…まあ何にせよ、あの時ウチの拳と姉貴の魔法を同時に止めたんだ。ただもんじゃねーよ、そいつは」
ヴェスピナ、目をキラキラ輝かせる。
「――ところで、ヴェスピナ」
アピスが静かに――だが温度の低い声で。
「あの時、わたくしを殴ろうとしましたよね?」
ケタケタ笑っていたヴェスピナの顔から、笑みが消える。
「……あ、いや……それは」
言い訳を探す視線がわずかに泳ぐ。
アピスは一歩も動かない。扇の陰から向けられる視線だけが、重い。
「後で、わたくしの部屋に来るように」
――断定。逃げ道はない。
「…………はい」
さっきまで騎士隊長として胸を張っていたはずのヴェスピナの肩が、わずかに落ちる。
その瞬間――勝者の光が、瞳からすっと消えた。
場外で見ていたネクトリアが、びくっと震える。
(……あ、これ……)
小さく、そっと目を逸らす。
ヴェスピナは額にじわりと嫌な汗をにじませながら、
「……チッ……」
誰にも聞こえないほど小さく、舌打ちしたのだった。
ネクトリアがそろ~っと一歩後ずさる。
さらに一歩。さらに――
「……どこへ行きますの?」
ビタッ。完全停止。
ネクトリアの足が、空中で固まった。
「…………」
ゆっくり、ぎこちなく振り向く。
「……お、おさんぽ……?」
ヴェスピナ、即座に吹き出す。
「ぶっ――!!」
肩を震わせながら指差す。
「こんな状況で通用するかよ!!」
ネクトリア、涙目。
「だ、だってぇ……!」
その時、アピスの扇が――す…と閉じた。
空気が、一段階冷える。
「ネクトリア」
「ひゃいっ!!」
背筋ピーン。
「あなたも――」
一拍。優雅な微笑み。
「わたくしの詠唱を“止めました”よね?」
ネクトリアの思考、完全停止。
「…………え?」
ヴェスピナ、肩を震わせる。
「……あー……巻き添え確定だな」
ネクトリアの顔がみるみる崩れる。
「えっ!?ちがっ、あれは止めたんじゃなくて止まっちゃって――」
アピス、静かに一歩。コツ……二歩。コツ……
逃げ場、ゼロ。
「言い訳は、わたくしの部屋で聞きましょう」
ネクトリア、半泣き。
「わたし関係ないよぉぉ!!」
その瞬間――
ぐいっ。
ヴェスピナがネクトリアの肩を抱いた。
「諦めろ、妹よ」
無駄に爽やかな顔。
「地獄は一緒だ」
「やだぁぁぁ!!」
じたばた暴れるネクトリア。足が空を切る。
完全に小動物の捕獲状態。
兵士たち(小声)
「……連行されてる……」
「……かわいそう……でもちょっと面白い……」
ずるずるずる……
ドンレムによって二人の王女が仲良く引きずられていく。
アピスは最後にふっと微笑む。
(……まったく)
(規格外の妹たちですこと)
だが、その目は――
しっかりお仕置きモードだった。




