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ノクス・ヴァリア

ーー翌日・訓練場ーー


アピスは冷静に口を開く。


「お二人とも、訓練は今日で最後とします」


静かに、二人を見つめる。


「あなたたちには今から互いの力を確かめてもらいます。

双方、手を抜く事は認めません」


――そして。


「勝者には、ネクトフラム騎士隊長として戦場に赴いてもらいます」


その言葉に、見守っていた兵士たちが一斉に息を飲んだ。


切り株にちょこんと座るネクトリアの思考が、一瞬真っ白になる。


(そんな……本気のお姉ちゃんに……勝てるわけない……)


喉が、からからに乾く。


それでも――逃げるわけにはいかない。


(でも……)


ヴェスピナは不敵に口角を上げ、真っ直ぐ妹を射抜いた。


「立て……ネクトリア」


「で、でも……」


「さっさと立て!!!」


びくり、と体が跳ねる。


「……でも、騎士隊長って……」


「うるせぇ!!テメェがウチに勝てるわけねぇだろ!!」


荒々しい言葉。


だが――


(……わかったよ、姉貴……何か考えがあるんだろ……)


その目の奥にある“信頼”を、ネクトリアは確かに感じ取っていた。


アピスが冷然と告げる。


「ネクトリア、武器を構えなさい」


「……はい」


深く息を吸う。


白銀のレイピアを、真っ直ぐヴェスピナへ向ける。


「全力で来てよ……お姉ちゃん!」


「……上等だ。来やがれ!!」


夕陽を反射する白銀。


対するヴェスピナは――動かない。


巨大なネコジャラシは、握られていない。


代わりに。


いつの間にか地面に突き立てられているのは。


巨大なーー黒。


光を飲み込むような漆黒。


人の背丈を遥かに超える、大槍。


兵士たちの喉が鳴る。


「あれは……」


誰かが呟く。


ヴェスピナ専用戦槍。


幾多の夜のように姿を変える巨大な漆黒。


その名は――


“ノクス・ヴァリア”


戦場でしか振るわれない凶器。


訓練で使われることなど、今まで一度もなかった。


ヴェスピナが、ゆっくりとそれを引き抜く。


ゴ……ッ


重低音。


ただ持ち上げただけで、空気が軋む。


「……舐めてやるつもりはねぇ」


低い。


底に沈んだ声。


さっきまでの荒々しさとは違う。


静かな、殺意。


ネクトリアの背筋に冷たい汗が流れる。


(お姉ちゃんの……戦場の顔……)


足が、震える。


でも。


逃げない。


レイピアを握り直す。


ヴェスピナは槍を肩に担ぎ――構えた。


それだけで。


訓練場の砂が、じわりと沈む。


兵士たちは悟る。


これは、演武ではない。


本物だ。


アピスの扇が、わずかに揺れる。


「始めなさい」


次の瞬間。


消えた。


そう錯覚するほどの踏み込み。


地面が爆ぜる。


黒槍が、一直線にネクトリアを貫きに来る。


速い。


重い。


逃げ場がない。


(……怖い)


視界が黒で埋まる。


(でも――)


思い出す。


粘る武器。


絡みつく重さ。


踏み込みの感覚。


恐れないこと。


ギィンッ!!!


白銀が閃く。


火花が散る。


衝撃波が広がる。


兵士たちが吹き飛ばされそうになる。


ヴェスピナの目が、わずかに見開かれる。


(受けた…?)


違う。


逸らされた。


黒槍の軌道が、ほんの少しずれた。


ネクトリアは懐に入り込んでいる。


(速い……!)


ヴェスピナの内心が揺れる。


だが――


次の瞬間。


黒槍がうなりを上げ、流れるように横薙ぎに振るわれる。


容赦がない。


本気だ。


ネクトリアは跳ぶ。


かすめる。


髪が切れる。


空中で体勢を立て直し、地を蹴る。


白銀が一直線に伸びる。


ヴェスピナの胸元へ。


ギィィン!!


黒槍の柄で受ける。


衝撃。


砂塵。


視線が絡み合う。


その距離、ごくわずか。


「……こんなもんじゃねぇよな」


低く、笑う。


「本気で来いって言ったのは、テメェだろ」


ネクトリアの瞳から、迷いが消えている。


「うん……」


震えはない。


「だから……本気でいくよ」


夕陽が沈む。


影が重なる。


黒と白。


姉と妹。


戦士と戦士。


アピスは静かに見ている。


その目は、わずかに細められていた。

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