化身
コツ……
コツ……
訓練場の土を、規則正しく鳴らす足音。
ざわめいていた兵士たちの声が、自然と消えていく。
アピスが中央へ歩み出る。
風が止まったようだった。
「ご安心なさい」
穏やかに微笑む。
「あなたの相手をするのは、こちらです」
扇が、ゆっくりと振られる。
地面が――膨れた。
モコ……
モコモコ……ッ
土が押し上げられ、現れたのは。
規格外の大きさの――ドングリ。
いや。
それは“殻”だ。
「……あれは……!!」
ヴェスピナの声が震える。
幼い頃。
ヴェスピナは事あるごとに姉を怒らせていた。
その度に目にしていた、黒い影。
高濃度の魔力を注ぎ込まれたゴーレム。
ヴェスピナはこう呼んでいた――
「ドンレム……」
ゴゴゴ……
殻が割れる。
内側から、木製の巨体が姿を現す。
「姉貴!ドンレムはまだっ……!」
アピスの視線は微動だにしない。
「ネクトリア。魔槍を出しなさい」
「……!」
一瞬だけ、息を呑む。
そして。
白銀の光。
レイピアが顕現する。
「一切の加減はいたしません」
その言葉に、兵士たちの背筋が凍る。
扇が、ネクトリアへ向けられる。
「始めなさい」
次の瞬間――
ドンレムが動いた。
地を割る踏み込み。
空気が弾ける。
巨腕が振り上がる。
バシュッ……!!
乾いた音。
あまりに小さい音。
ヴェスピナが瞬きをする。
「……は?」
ドンレムの動きが止まる。
静止。
そして――
パァァァァ……
光の粒となって、霧散した。
土煙の中心に立つのは。
ネクトリア。
白銀のレイピアを、真っ直ぐに突き出した姿勢のまま。
一撃。
ただ一撃。
ドンレムの核を、正確に貫いていた。
魔槍の魔力により強化された身体。
研ぎ澄まされた踏み込み。
そして――あの訓練。
重く、粘り、自由を奪う武器。
それに比べれば。
この“針”は。
――空気のように軽い。
アピスは、わずかに微笑んだ。
「訓練は――」
静寂の中、声が響く。
「以上とします」
数秒の沈黙。
そして――
「よっしゃああああああ!!!!」
ヴェスピナが両拳を突き上げる。
誰よりも大声で。
それを合図に、兵士たちが爆発した。
「ネクトリア様!!!お見事です!!」
「我々が到底敵わぬドンレムを……!」
「全く見えなかった!!」
「一瞬!!一瞬だった!!」
歓声。
土煙。
興奮。
渦の中心。
ネクトリアは立ち尽くす。
レイピアが、微かに震えている。
(……え?)
視線を落とす。
自分の足。
自分の手。
自分の鼓動。
(……今の……わたし?)
一番驚いていたのは。
ネクトリア自身だった。
遠くで。
ヴェスピナがニヤニヤしながら腕を組む。
アピスは静かに目を閉じる。
“恐れないこと”
その意味を、彼女はもう理解している。
ネクトリアの影が、夕陽に長く伸びていた。
昨日までよりも。
確かに、強く。




