七転び八起き
ーー翌日・同時刻ーー
訓練場。
昨日と同じ陽射し。
同じ土の匂い。
違うのは――空気だけ。
アピスが扇を閉じる。
「やることは同じです」
視線が二人を射抜く。
「時間を無駄にしないように。――始めなさい」
ネクトリアは不満そうにモウセンゴケを構えた。
重い。
昨日より、重く感じる。
ヴェスピナは巨大なネコジャラシを肩に担ぎ、にやりと笑う。
「いくぜ!!ネクトリア!!」
風を裂く音。
ゴォッ!!
昨日と同じだ。
防戦一方。
避ける。
跳ぶ。
下がる。
土煙。
息が上がる。
「ネクトリア!攻めなさい!!」
アピスの声が鋭く飛ぶ。
「……!」
踏み出せない。
(前に出たいけど……怖い……)
ネコジャラシが地面を抉る。
(踏み込んだら叩き潰される……)
足が止まる。
(また避け続けて……昨日みたいに滑ったら……)
――滑る?
一瞬、脳裏に浮かぶ。
昨夜の石畳。
月明かり。
転倒。
(……滑る?)
ネクトリアの目に、光が宿る。
(やってみるしかない)
アピスの扇が、わずかに揺れる。
ほんの少しだけ、口元が上がった。
ヴェスピナは気配で察する。
(こいよ……!!)
大振り。
ネコジャラシが空を裂く。
その瞬間――
ヴェスピナの視界から、ネクトリアが消えた。
「なっ……!?」
小さな体。
低い重心。
地面を蹴らない。
“滑る”。
モウセンゴケに絡んだ砂利。
自らの重さを利用して。
巨大なネコジャラシの影へ、するりと潜り込む。
ヴェスピナは反射で振り返る。
(こいつ……!!)
気配だけで横薙ぎ。
だが、遅い。
ネクトリアはすぐ足元。
「―――っ!」
(できた……!!)
確かな手応え。
恐怖より先に体が動いた。
立ち上がる。
今こそ、突く。
今度こそ――
ズシ……
足が沈む。
重い。
避け続けた上での滑走。
全身にまとわりついた砂利と土。
モウセンゴケが、じとりと光る。
粘着。
拘束。
「……っ」
膝が落ちる。
ドサッ。
「そこまで」
アピスの声が静かに響く。
ヴェスピナは鼻を鳴らし、ネコジャラシを担ぐ。
そそくさと背を向けながら、
「やっぱチビだなお前は」
一瞬だけ、振り返る。
「隠れんのがうまいじゃねーか」
ネクトリアは顔を上げる。
悔しい。
一撃は届かなかった。
まだ、勝てない。
それでも。
確かに。
昨日とは違う。
恐れの向こうへ、一歩踏み出した。
その目は、もう沈んでいない。
「……」
アピスは何も言わない。
だが、その沈黙は肯定だった。
ネクトリアは立ち上がる。
今日は担がれない。
自分の足で歩く。
重い体を引きずりながら。
それでも――前へ。
そして今日は、
誰の手も借りず、
風呂場へ向かう。
夕陽が、長い影を伸ばしていた。




