業火
そして――
六年の月日が流れた。
ヴェスピナはその才能を認められ王国騎士隊長となる
そんなある日の夜。
出陣前夜。王城の一角、静かな中庭にて。
月明かりの下、アピスはゆったりと紅茶を口に運んでいた。
その背後から――
「姉貴…」
気配も遠慮もなく、ヴェスピナがひょこっと顔を出す。
アピスは視線だけを向け、上品に微笑んだ。
「……何かしら、ヴェスピナ」
「いや別に。ちょっと気になっただけなんだけどさ」
ヴェスピナは腕を組み、首をかしげる。
「姉貴さ、もう二十六だろ?」
――ぴたり。
紅茶のカップが、ほんのわずかに止まった。しかしアピスは、まだ優雅だ。
「……ええ。それがどうかして?」
ヴェスピナ、無邪気に追撃する。
「いやほら、そろそろ結婚とか――」
その瞬間。
空気が、すっと冷えた。
アピスは、ゆっくりとカップを置く。
そして――
にこり。
完璧に整った、冷たい微笑。
「……ヴェスピナ」
「ん?」
「あなた、今……」
指先に、淡い炎が灯る。
「とても失礼なことを、おっしゃらなかったかしら?」
ヴェスピナの背中に、嫌な汗が流れる。
(あ、これ――)
だがもう遅い。
ヴェスピナは苦笑して肩をすくめた。
「いやいや姉貴、そんな怒んなって。ちょっとした世間話――」
ぱちん。
アピスが、優雅に指を鳴らす。
次の瞬間。
ゴォッ!!
「うおああああああああッ!?」
ヴェスピナ、見事に炎に包まれる。
しかし――
「……あっつ!?……いや、思ったより平気……?」
本来ならば、
高音を嫌う筈のスズメバチ…
燃えているのに、致命傷にならない。
アピスの眉が、ぴくりと動く。
(……やはり)
わずかに細められた琥珀の瞳。その奥で、確信が静かに固まる。
――王妃の寵愛。
――長年、次女ヴェスピナにだけ与えられてきた魔力触媒。
(順調に“馴染んで”いますのね)
だからこそ。
アピスはもう一度、冷たく微笑んだ。
「安心なさい。ちゃんと“加減”しておりますわ」
炎の出力が、じわりと上がる。
「ぎゃあああああ!!加減してこれかよ姉貴!!」
「ええ。とても優しくして差し上げております」
にこり。
――完全に怒っている時の顔だ。
ヴェスピナは床を転げ回りながら叫ぶ。
「わかった!!年齢の話は二度としねぇ!!」
「結婚の話も?」
「しねぇ!!
王国騎士隊長の名に誓う!!絶対誓うから火力下げてくれ!!」
――数秒後。
炎が、すっと消えた。
ヴェスピナ、床に大の字。ぷすぷす煙を上げている。
アピスは、何事もなかったかのように紅茶を持ち上げた。
「さすがは騎士隊長様ね…物分かりがよくて助かりますわ」
「……姉貴……」
「何かしら?」
「マジで怒ると、笑うのやめてくれ……一番こえぇ……」
アピスは、ふふっと上品に微笑む。
だが――
その目だけは、
まだわずかに冷えていた。




