食卓
――数日後――
朝の柔らかな光が王族の食堂を満たしていた。
木目の美しい長いテーブルに並ぶ椅子には、三姉妹が腰かけている。
ネクトリアはまだ眠そうな目をこすりながら、手にした小さな蜂蜜のつぼを慎重に運ぶ。
「よし、今日はこぼさないぞ……」
――その矢先、運命は彼女に微笑まなかった。
盛大に転んだ。
蜂蜜のつぼは空中で一瞬止まる――そして床に向かって滑り落ちる。
「ぎゃはははは! ネクトリア、またやってんのかよ!」
ヴェスピナは椅子から身を乗り出し、大声で笑う。
指先でネクトリアを指さす姿は、まるで魔法でも使うかのように生き生きしていた。
「なっ……お姉ちゃん、笑うなぁ!!!」
ネクトリアは悔しさと慌てで声を張り上げ、咄嗟に蜂蜜のつぼを握りしめた。
手が震えながらも、勢いよくヴェスピナに向かって投げつける。
「うわっ!?」
蜂蜜は空中で輝き、ヴェスピナの顔面に直撃。
ベタベタと黄金色の液体が彼女の頬を覆う。
「……テメェ……」
ヴェスピナは驚きと怒りで声を潜める。
次の瞬間、ヴェスピナの怒りは爆発した。
椅子を蹴飛ばし、テーブルの上のパンや果物をぐちゃりと散らす。
「ネクトリア、覚悟しろ!」
その手にはリンゴのかけらが握られ、まさに報復の準備が整っていた。
しかし――静寂を破る気配はなかった。
アピスはゆったりと紅茶を口に運び、扇で口元を覆ったまま二人に視線を向ける。
その視線――冷たくも優雅で、圧倒的な威圧感を帯びていた。
たった一瞥で、ネクトリアの手は止まり、蜂蜜のつぼは床に落ち、ヴェスピナの手もリンゴのかけらも静止する。
笑い声も怒声も消え、食卓は一瞬の静寂に包まれた。
残ったのは、蜂蜜の甘い香りと、乱れたパン、転がる果物だけ。
「……ふたりとも、朝からお元気ですのね」
アピスの声は柔らかい。
しかしその声の奥には揺るぎない威厳があり、まるで魔法のように二人を制した。
ネクトリアは小さく俯き、頬に残る恥ずかしさと後悔を隠すように手を組む。
ヴェスピナも肩を落とし、蜂蜜まみれの顔を拭いながら小さく舌打ちをした。
「……本当に、手がかかりますわね……」
アピスは微笑み、ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。
朝の光が差し込み、蜂蜜の甘い香りが漂う静かな食堂。
荒れた食卓も、三姉妹の騒動も、まるで昨日のことのように、穏やかな日常に溶けていった。




