余韻と予兆
風が、戦場を静かに撫でていく。
倒れ伏したオオカマキリの残骸から、まだかすかに土煙が上がっていた。
白銀の残光が、ゆっくりと空気に溶けていく。
ネクトリアは、小さく息を吐いた。
まだ胸が、少しだけ速い。
その横で、
ヴェスピナが、ふっと鼻を鳴らした。
「……やるじゃねぇか」
ネクトリアが、はっと顔を上げる。
「……ほんと?」
ヴェスピナは一瞬だけ視線を逸らし――
ぽり、と頬をかく。
「……あー、なんだ」
ぶっきらぼうに続ける。
「さっきより、全然マシだった」
ほんの一拍。
それから、少しだけ口元を緩めた。
「ちゃんと前、見えてたじゃねぇか」
ネクトリアの瞳が、ぱっと揺れる。
後方から、静かな足音。
「両名とも、よく働きました」
アピスの声は、いつも通り冷静で――
ほんのわずかだけ、柔らかい。
戦場に、完全な静寂が落ちた。
その瞬間。
まだ戦闘の余韻が抜けきらない足が、小石を踏み外した。
「わっ、あっ……!」
ヴェスピナは荒々しい声で言う。
「おい、ネクトリア!!」
ネクトリアは慌てて手を前に伸ばすが、握ったままの手に空気が絡まって、バランスを崩す。
「うわっ、うわっ、うわわっ!」
小石に足を取られ、瓦礫の間でぴょこぴょこ跳ね回るネクトリア。
まるで戦場の猛者とは思えないほど滑稽だ。
――どさっ……
「……あーあ…」
ヴェスピナは肩を揺らして笑い、少し小馬鹿にした声で続ける。
「……さすがにこれは、見てらんねぇわ」
アピスも口元に手を当てて微笑む。
「……本当に、油断も隙もありませんね…」
ネクトリアは赤面しながらも、少し笑顔を返す。
「えへへ…お姉ちゃんたちまで笑って…でも、ちょっとほっとした…」
三姉妹は瓦礫の戦場跡で、小さく笑い合い、勝利の余韻と戦場の緊張がゆっくりと溶け、柔らかな空気が広がったのだった。
「あれ? ネクトリア、お前のひょろっちぃ武器はどこいったんだ?」
ヴェスピナが不思議そうに尋ねる。
「いつの間にか消えちゃった…」
「ったく…どこに落としたんだよ…」
その時――
遠くの空を、一匹の偵察蜂が横切った。
アピスの視線が、ほんの一瞬だけ細まる。
(……あれは…)
だが、それを口にはしない。
まだ――
その時ではない。
琥珀の瞳だけが、静かに夜を測っていた。




