幼い衝動
花蜜の匂いが、まだ甘く漂っている。
だが空気は、もう完全に変わっていた。
「――ぶっ飛んでろ」
ヴェスピナが踏み込む。
――ドォン!!
地面が抉れ、
純武装の刃が、オオカマキリの外殻を真正面から叩き割った。
速い。重い。荒い。
そして――
圧倒的。
鎌を振り上げた巨体が、
横殴りに吹き飛び、土煙の向こうへ転がっていく。
ネクトリア(当時6歳)は、息もできずに見上げていた。
(……すごい……)
胸の奥が、じん、と熱くなる。
その時。
土煙の奥で――
複眼が、ぬらりと光った。
「――っ、まだ!」
ヴェスピナが叫ぶ。
だが一瞬、遅い。
大型個体が、
死角から鎌を振り上げていた。
ネクトリアの視界が、真っ白になる。
(……やだ)
心臓が、強く跳ねる。
(おねえちゃん……しんじゃう……!)
その瞬間。
胸の奥で――
ドクン
何かが、弾けた。
空気が、歪む。
音が――消えた。
ヴェスピナの本能が、
理由もなく最大警報を鳴らす。
(――な、んだ…?)
振り向く暇など、ない。
次の瞬間。
ギャリィッ――!!
金色の閃光が、
ヴェスピナの背後空間を内側から裂いた。
「――ッ!?」
理解より先に、
衝撃。
熱。
そして――
左頬に、焼けるような激痛。
血が、空中に弧を描いた。
ヴェスピナの体が半歩だけ泳ぐ。
(……は?)
何が起きたのか、
一瞬、脳が追いつかない。
遅れて。
自分のすぐ横を、
金色の魔槍が唸りを上げて通過していくのが見えた。
その穂先が触れた空間が――
じゅ、と音を立てて腐食している。
ヴェスピナの瞳孔が、わずかに開く。
(……今の……)
頬に触れる。
ぬるり、とした感触。
指先が、赤く染まる。
だが。
ただの裂傷ではない。
傷口の縁が、
じわり、と黒く侵されていた。
高位種族の再生速度が――
追いつかない。
(……おいおい……)
さすがのヴェスピナの背にも、
冷たいものが走った。
その背後で。
「……ぁ……」
ネクトリアが、立っていた。
小さな体。
だがその周囲では、
金色の魔力が嵐のように噴き上がっている。
瞳は虚ろ。
呼吸は浅い。
完全な――暴走。
魔槍が、飢えた獣のように唸る。
空間が、さらに軋む。
(…やべぇ)
ヴェスピナの戦闘本能が断言した。
(これ、次はマジで死ぬ)
その時。
ふわり、と。
戦場の空気に――
温かい魔力が差し込んだ。




