焔蜂国家 -ネクトフラム-
戦う蜂さん3姉妹!!
家族の絆をテーマに書いてみました。
これはとある世界の物語。
多種多様な魔物が、己の種を絶やさんと、日々争い続ける世界。
弱きは喰われ、強きもまた、いずれ群れに呑まれる。
繁栄とは、すなわち――終わりの先送りに過ぎない。
それが、この世界の理である。
そんな中、比較的温和な種族によって築かれた、ひとつの王国があった。
――ミツバチの国。
焔蜂国家ネクトフラム。
それが、この国の名であった。
花蜜に恵まれ、秩序を尊び、群れの結束を何より重んじる民。
彼女たちは無益な殺しを好まず、必要な戦いのみを選ぶ。
だがそれは、決して“弱さ”を意味しない。
ミツバチの王族は、針では戦わない。
針を刺せば、己の命を落とす。
それが、彼女たちに生まれついた宿命だからだ。
そんなミツバチが国を築いてこれた理由。
それは、その戦い方にある。
ミツバチの王族は、己の魔力から武器を生み出し戦う。
――魔槍。
王家にのみ継承される、毒針の顕現。
一度その矛先に貫かれれば、
対象の魔力を喰らい尽くすまで離さない、恐るべき槍である。
だが――
末の王女ネクトリアだけは、
その使用を固く禁じられていた。
理由は単純。
彼女の魔力は――歴代最強。
王家の記録を遡っても類を見ない、膨大にして純度の高い魔力。
しかし皮肉なことに、彼女は魔術の才能に恵まれはしなかった。
流し方を知らぬ奔流は、やがて器そのものを壊す。
制御できなければ、
魔槍は対象ではなく――
己自身を喰い尽くす。
「ネクトリア。あなたは戦場に出てはいけません」
「魔槍の使用も禁じます」
王妃は、何度も、何度もそう言い聞かせてきた。
それは命令であると同時に、祈りにも似た響きを帯びていた。
そして、もう一人。
王妃が特に気にかけていた娘がいる。
「ヴェスピナ、前に出過ぎです」
「へっ、大丈夫だって!!」
呆れを滲ませる声とは裏腹に、
王妃の視線は、ほんのわずかに長くその背を追っていた。
今のミツバチ王家には三人の王女がいる。
第一王女――アピス。
第二王女――ヴェスピナ。
そして――第三王女ネクトリア。
その中でも、一際体格に恵まれ、
抜群の戦闘センスを持つのがヴェスピナだった。
前に出ることを恐れず、
齢12歳にして
誰よりも早く、誰よりも深く敵陣へ踏み込む。
だが――
彼女は魔槍の扱いを、ひどく苦手としていた。
王族である以上、本来あり得ない欠点。
魔力の質が悪いわけでも、総量が足りないわけでもない。
それなのに、魔槍だけが、彼女の手に馴染まない。
……しかし。
奇妙なことに、ヴェスピナには
別の才があった。
魔力を込めた王族の槍ではなく、
純粋な武器の顕現。
形だけを結び、
余計な魔力特性を一切持たない、
ただ“斬るため”“貫くため”“殴るため”だけに特化した武装。
それを彼女は――
驚くほど、自然に扱った。
初めて武装を顕現させた日、
教導役の騎士が思わず息を呑んだほどに。
王族の魔槍は不安定に震えるのに対し、
魔力を持たないただの武器は、
まるで生まれた時から手にしていたかのように馴染む。
当時、その理由を説明できる者は、
王宮のどこにもいなかった。
ただ一人――
王妃だけが、ほんのわずかに目を細めていた。
それもそのはず。
彼女は――ミツバチではない。
その正体は。
スズメバチ。
幼い頃、巣から飛び出し迷子になっていたところをネクトフラムの働き蜂に保護され、
慈愛に満ちた王妃の一存により、王女として迎え入れられた。
幼少期、のスズメバチ…誰もその違いに気づかなかった。
無邪気に笑い、無鉄砲に駆け回る、元気な王女。
だが王妃だけは――
最初から、気づいていた。
この事実を知るのは、
王妃と、長女アピスのみ。
王妃の視線は、いつも次女を追っていた。
(…この子はいずれ…)
その偏った想いの重さに、
誰も、気づいてはいない。
第一王女――アピスただ一人を除いて。
とある夜――
王宮の静寂が、淡い月光に溶けて揺れる。
回廊の奥、ほの暗い書斎で、長女アピスはひとり、上品に杯を傾けていた。
琥珀色に輝く蜂蜜酒が、月明かりと共にアピスの琥珀色の瞳を一層深めた。
香りは甘く、かすかに花の風味を帯び、口に含めば濃密な蜜の余韻が舌を滑る。
ふと、視線を上げる。書斎の小窓越しに、回廊の向こうが見える。
そこでは、母が誰にも見られぬようヴェスピナに小さなゼリーを手渡していた。
アピスは静かに息を潜め、月明かりの下で揺れる母と妹の姿を見守る。
その仕草ひとつひとつに、王族として、姉としての複雑な思いが胸を巡る。
(……また、ですの?)
扇で口元を隠しながら、アピスは鋭く目を細める。
王族専用に調整された、あの魔力触媒を、
あれほどの頻度で与える理由が――
ただの栄養補給でないことくらい、
彼女には分かっていた。
(お母様……本気であの子を育てるおつもりですのね)
ヴェスピナは無邪気に笑い、
何の疑いもなくゼリーを噛まずに飲み込んでいる。
その胸の奥で、
わずかに灯る熱にも気づかないまま。
アピスは小さく息を吐いた。
(……まあ、いいでしょう)
ぱちん、と扇を閉じる。
(あの子が壊れないよう、見ていればそれで十分ですわ)
だが――
その琥珀色の瞳の奥には、
王族らしい冷たい光と同時に、
姉としての、わずかな情が混じっていた。
(本当に……放っておけない妹ですこと)
彼女はまだ知らない。
母が積み重ねているそれが、
やがて――
戦場の理すら書き換える、
**“女王の火種”**になることを。




