9.聖女召喚されたら、そこはホワイト異世界でした
「月月火水木金金。働けど働けど。感謝も昇給も未来もない。じっと手を見ても薬指に指輪はない」
社畜歴うん年のユッコ、花の盛りが終わりかけの二十代乙女はブチ切れていた。真面目に勉強して、そこそこの大学を卒業して、割と大手の会社にシステムエンジニアとして雇われた。知識ゼロでも手取り足取り教えます。プログラマーになったら、在宅勤務ができますね。なーんて言葉にウカウカのったのがダメだったのでしょうか、神様。
ええ、そうね。確かにそれなりに研修してもらいました。色んなプログラム言語も、おえーってならずに読めるぐらいにはなりました。でもね、でもねえ。まだ一人前じゃないときから、いきなり他社にぶち込まれるって、どういうことなの。こちとら、花も恥じらう、ド素人に毛が生えたぐらいの、新入社員ですわな。ひとりだちがまだできてない、ヨチヨチの幼児じゃん。
「無理だから。無理無理ー」
でも、若くて体力があって、それなりにかわいかったからさ。常駐先の、めったに目を合わせてくれない、挙動不審のエンジニアさんたちに、不器用にかわいがられてさ。生き残っちゃったわけ。
「ああー、あのときさっさと転職しておけばよかった。公務員にしておけばよかったのよー」
短いときは半年、長い時は数年おきに、色んな会社を転々としてきた。その都度、新たなシステム、言語、人間関係をグワッと詰め込んで、サバイブしてきたわけですけれども。なんかもう、すっかりすり切れちゃって。やさぐれちゃって。乙女感、どこかにいっちゃたな。
「二十代最後の誕生日を、たったひとりで、会社で終えるって。どんな罰ゲームですか、神さまー。私、真面目に生きてきましたよね。こんな目にあう理由って、なんですかねー」
クソー。ユッコはコンピューターの画面を見ながら、ビーフジャーキーをかじる。保守運用、大事な仕事。それは分かっている。でも、誕生日はちょっといいワインをガブ飲みして、デパ地下で買った総菜で舌鼓をうって、お高いケーキを三つぐらい食べようと思っていたのだ。
そして、失恋の痛手を自分で癒そうと思っていたのだ。
「クソー、タカシのやつ。三十になる直前に捨てやがって。最低だなマジで」
もう、そろそろ、結婚かなって、ソワソワしてたのに。あっさり、若い女子にいきやがった。
「呪ってやる。エロイムエッサイムフルガティヴィエアペラヴィ」
ピカーっとユッコの足元が光り、どこかに吸い込まれていく。
「キャー、マージー」
ダーンッと派手な効果音と共に、ユッコは魔法陣に現れた。周りには、恭しく跪く西洋風の人たち、
「悪魔召喚、きたー」
あれ、違うわ。もしや、私が悪魔? あれ?
「聖女様」
「よしっ」
ユッコは会社のおじさまたちがよくする、よしっポーズを決める。聖女召喚、きたー。
西洋風のおそらく異世界の人たちは、ニコニコとユッコを見ている。
「これほど嬉しそうに魔法陣にお出ましになった聖女様は、初めてでございます。我らの求めにお応えいただき、誠にありがとうございます」
「任せて。バリバリ働くからねっ。あっ、でも、休日はほしいかなーなんて」
「もちろんでございます。三日以上の連続勤務はなきよう、ゾーイ様から強く申しつけられておりますゆえ」
「最高じゃん」
「護衛には腕利きを揃えております。聖女様のお好みのメンズを選りすぐるよう、ゾーイ様から切々と言われております。チェンジは何度でもオッケーです、とのことでございます」
「やったー、ゾーイ様、大好き」
ゾーイ様、絶対転生者ー。ユッコは万歳した。
「こちらは、契約書でございます。まずはゆっくりと私室でおくつろぎいただきまして。その後、じっくりと慎重にお読みください。不明点は全て説明いたしますので。こちらはあくまでも、ドラフトというものですから。お互いの合意点をすり合わせ、後悔のない契約をいたしましょう」
「どんな一流企業ですかな」
ホホホ、笑いながら異世界人はユッコを案内してくれる。
「ゾーイ様ってお会いできたりしますか?」
「ゾーイ様はこの国のご令嬢ではございません。色んな国に訪問されて、異世界人の扱いを改革されていらっしゃいます。ですから、お会いすることはなかなか難しいかと。もちろん、ご要望は上げておきますね」
「はらー」
「ゾーイ様は画期的な仕組みを考えられたのでございます。聖女様、エロイムの呪文を唱えになりませんでしたか?」
「その通りです」
「やはり。ゾーイ様がおっしゃるには、あの呪文を唱えるのはそれなりのオタ素養のある人。異世界に理解があり、現世に毒を吐いている人。ならば、召喚してもそれほど嫌がられはしないだろうと。良きマッチングですわ、と。マッチングとはなんなのか、私は分からないのですが」
「深い。いい要件定義ですね。なかなか」
やるな、ゾーイ様。ユッコはすっかりゾーイ様に心酔した。まだ会ってもいないのに。
とても居心地の良い、ゆったりとした部屋で、ユッコは契約書をチクチクと読む。現地語で書いてあるのだが、言語フィルターを通ったのだろう、ちゃんと理解できる。
「目指せホワイト異世界って契約書に書いてあるわ。うける」
ユッコはなめるように、念入りに契約書を隅々まで読んだ。
「どんな誠意大将軍ですかってぐらい、誠意に満ちあふれている」
常駐先でおじさまエンジニアたちに囲まれがちなユッコ。上機嫌のときは、ついつい古い、産まれた頃に流行っていたらしいネタが口から出てしまう。こんなホワイトな待遇が受けられるとは。三十年、まっとうに生きてきて、よかった。神に声が届いたのね。ユッコは転移転生の神に感謝の祈りを捧げる。
「あら、これは何かしら。手紙ね」
契約書の一番下に、手紙が入っていた。日本語だ。きっちりとした読みやすい字。召喚してしまってごめんなさい、大丈夫でしょうか。などと書いてある。
「なるほど、召喚するのは簡単だけど、元の世界に戻すのは難しいと。そっか。ちょっとの座標のズレで、別のパラレルワールド、似て非なる世界に行っちゃうわけね」
まあ、そうだよね。魚を釣り上げるのは簡単だけど、元の巣穴に放り込めって言われても、無理だもんね。ふむふむ。
「おそらく元の国では搾取される立場だったと思います。召喚の要件を、働けど働けどなどとボヤいて、エロイム呪文を唱えた人としております。だって」
ぶっ、ユッコは吹きだした。まんまとハマっておる。
「こちらでは、国賓として遇されます。だからといって、こちらの人々を奴隷のように扱うことはやめてください。ノブレスとして、オブリージュしてください、か。いいこと言う。その通りね」
なんてよくできた人かしら。ユッコの中で、ゾーイの株価はうなぎ登り、天元突破だ。
「自由恋愛です。護衛との恋愛も自由です。ただし、無理強いはやめてください。護衛にも選ぶ権利があり、忖度はいたしません」
厳しい。でも、正しい。そうね、喜び組に囲まれても、かゆくなっちゃうわよね。
「お困りのことがあったら、私に手紙をお送りください。できるだけのことをさせていただきます。だって。いい人じゃーん」
今までの社畜人生で、これほど親身になって対応されたことがあっただろうか。いや、まあ、割とあったな。エンジニアのメンズ、女子に優しいから。もう、女子って年でもないけど。クッ異世界でみそじー。
そんなわけで、異世界で、ユッコの新しい人生が始まったのだ。




