6.勇者召喚は誘拐と同じなんですよ
ゾーイとエーミールは夜会にて他国の外交官に囲まれている。次の国王と王妃に最も近いふたりだ。できれば顔を覚えてもらいたい。あわよくば自国に訪れてもらいたい。そんな思惑がムンムンしている。
「まあ、勇者召喚ですか」
「ええ、魔王や狂暴な魔物が出た場合は、勇者を召喚しているのですよ」
外交官の言葉に、ゾーイは目を丸くする。
「勇者はどこから来るのですか?」
「様々ですが、地球という国の日本という地域からが多いですね」
「まああ」
同胞が、ピザでも頼むかのように軽いノリで召喚されていると知り、ゾーイは愕然とした。
「あの、召喚というと、なんだか聞こえがいいですけれど。実質は誘拐ですわよね」
外交官はサッと目を自分の手にある飲み物に集中する。そこは深く追求しないでいただきたい、そんな雰囲気がありありと出ている。
「自国の地元の冒険者や、国の騎士団でなんとかできないのでしょうか?」
ゾーイは追及の手を緩めない。おっとりと微笑みながら、じっと外交官の目をとらえる。
「もちろんもちろん。自力でなんとかしようと努めております。ですがですね、召喚すると神のご加護がもらえるらしく、強大な魔力を持つのですよ、勇者は。はい」
「それにです。かの国では、勇者召喚が流行しているらしいです。召喚すると、よっしゃーと雄たけびをあげる勇者もいるぐらいでして」
「そうそう。たいてい前向きでやる気に満ちあふれています。ただねえ、日本の方はいいのですが。他の地域の方は、なかなか」
外交官たちが顔を見合わせて、半笑いになる。
「前回は、我が国ではラテーンという地域の勇者を引き当てたのですがね」
「ああー」
そこで外交官たちが頭に手を当てる。
「ラテーンの方は、とても自由ですね。驚きました。まず、説明をまったく聞いてくれないですね。そして、いざ討伐に出たとして、即座に消えてしまうのです。必死で追いかけますと、街で女性に声をかけていたり」
「娼館でお楽しみ中のラテーンの勇者もいました」
「パーティー仲間が必死に連れ出すとですね。なんだよつまんねえな、じゃあ、君とつきあうか。なんて言って、パーティー仲間を押し倒したり」
「とにかく、四六時中、女性を褒めたたえるか口説いてますね。魔物と対峙しているときでもおかまいなし。ねえ、このヘビ倒したら、デートしようね。ご褒美ね。といった感じです」
外交官たちが困り果てた顔をしている。
「我が国では、ドイチュラーンの勇者を召喚したのですが」
「おお、聞いたことがあります。非常に有能で体格もいいとか」
「そうなんですがね。参りました。契約書を締結するまでは、絶対に動かないんですよ」
「勇者と契約書を交わすのですか?」
ゾーイは、それは新しいな、興味深いと身を乗り出す。
「我々も驚きました。ドイチュラーンでは、何事も文章にしないと進まないそうです。しかも、本当に、もうっ細かくてですね」
トホホと言った様子で外交官が涙目になる。
「勤務時間は週四十時間。週末は完全にお休み。有給休暇は年に三十日。残業したらその分を有給休暇に上乗せ。給与交渉も厳しく、我々たじたじでございましたです、はい」
「まあ、しっかりしていらっしゃるのね。とてもいいことのように思いますけれど」
ゾーイは微笑む。地球人がガッツリ交渉しているのは、いいことではないか。
「そうです、その通りです。ただねえ、ドイチュラーンの方はふるさとのパンに並々ならぬ思い入れがあるらしく。こんなパンじゃ戦えねえってダダをこねられるんですね」
「なるほど、だから貴国は様々なパンがあるのですね。茶色くて酸っぱいパンとか、木の実がいっぱい入ったパンとか」
「ええ、途中から討伐が止まりましてね。パン職人を集めて、勇者を囲んで試食会ですよ。こんんなんじゃねえってテーブルをひっくり返されましてねえ。職人たちも意地がありますから。最終的には勇者の口に合うパンができましたが。いやあ、あれは大変でしたな」
ははは、外交官は乾いた笑いを漏らし、遠い目をした。
「キーナーの地域の方は、日本の方と似ているのですが。彼らも食は絶対妥協しないのですよ。大量の小麦粉を運びましてね。毎食、小麦粉から麺を作ったりね。小麦粉から薄い丸い生地を作って、その中に肉や野菜を入れて茹でたりね」
「おいしそうですわね」
「おいしいらしいですよ。調味料もたっぷり持って行き、本格的な料理を作ってくれるのですよ。キーナーの勇者は皆さん、料理が上手で手際がいい。パーティー仲間が絶賛しておりました」
「髪が黒くて、顔が平たい種族の方たちは、たいてい真面目で働き者ですね」
ほほう、アジア人が褒められているっぽい。ゾーイは嬉しくなる。
「フィリペーンの方は、歌がうまい」
「ターイラーンの方は、ずっとニコニコしてる」
「ビーテナーメンの方は、怒ると怖い」
み、みんなよく見てるな。ゾーイはドキドキする。
「色んな地域から勇者が来ましたが。結局、日本が一番です」
「日本の勇者すごいです」
「文句言わないし、静か」
「多くを求めないし、理解力が高い」
「多少無茶な要求をしても、黙ってやってくれる」
「日本、最高ー」
これほど嬉しくない、日本最高がいまだかつてあっただろうか。いや、ない。
ブワッ、ゾーイの感情が揺れた。行きたかった大学にやっと受かって、気づいたら断罪の場にいたこと。もう会えないじいちゃんとアキちゃんのこと。帰りたいけど、こっちの家族やエーミルとも離れがたいこと。心と体が引き裂かれるような。こっちにいると覚悟を決めた、罪悪感もあったり。夢見ていた未来が、ぺシャンと巨大な手に押しつぶされた虚無感。
ゾーイは舌を噛んで上を向く。こうすると涙が止まるのだ。エーミールがさりげなくゾーイの顔を人の目から隠してくれる。ゾーイは何度も瞬きして、涙を蒸発させる。消えなかった涙は、エーミールがこっそり拭いてくれた。
ゾーイは何度も深呼吸を繰り返す。笑顔笑顔。あの弥勒菩薩のごとき半笑いだ。ギリギリギリ、ゾーイは無理矢理口角を上げる。エーミールが心配そうにゾーイの手を握ってくれた。ゾーイは落ち着いた口調で提案する。
「おもてなしの、基準を決めませんか」
外交官が怪訝な顔をしてゾーイの言葉を待つ。
「基本給と成果報酬。労働時間。勇者パーティーの人員選定基準。討伐上限年数。病気やケガのときの保障。討伐終了後の生活保障。装備や旅の支援」
外交官がソワソワしているので、ゾーイは満面の笑みでダメ押しをする。
「国の一大事を異国の方に押し付けるのですもの。これぐらいは最低限でしょう。国賓としてもてなすべきではありませんか」
「そうだね。もし我が国の民が勇者召喚されたら、それぐらいの待遇は受けてほしいな」
エーミールがゾーイを後押しする。
「私、何かの文献で読みましたの。日本の方は我慢強く文句を言わない。胸の内に不満をため込む。そして、ある日、ドカーンと火山のように噴火するそうです。勇者の力は強大ですもの。国のひとつやふたつ、滅ぼすのは簡単でしょうね」
外交官がやっと真剣な目になった。ゾーイはニッコリ微笑みながらたたみかける。
「皆様と一緒に、基準を決めましょうね。僭越ながら、我が国の代表は私がさせていただきます」
ゾーイは強引に外交官と打ち合わせの日程を決める。
「きちんと決まるまで、勇者召喚は見合わせましょうね。ね」
グレンツェール王国の次期王妃はたいそう慈悲深いお方だ。そんな評判が各国に広まった。




