4.追放する前に、考えようよ
ドナ院長の手腕により、こじらせた令嬢たちは更生し、修道院を卒業し、新たな人生に羽ばたいていくようになったわけだが。
「濡れ衣で追放されている令嬢もいるわけでしょう。追放自体を止められればいいのに」
ざまぁ装置としての追放。物語として読むには、溜飲が下がっていいかもしれないけれど。実際にやられかけた身としては、とんでもないことだ。同じ思いをする令嬢がいるなら、助けてあげたい。というより、濡れ衣の追放を阻止したい。ゾーイは考え込む。
「新しい女が出来たから捨てられる、のはまあ致し方ないけれど。追放されるいわれはないのよ。婚約解消すればいいだけよね。悪役令嬢とヒロインの戦いは、政争だと考えれば、負けた方が追放となるのも分からないけれどもないけど」
もうちょっと穏便に済ませられればいいのにな。
「他にどんなパターンがあったかしら」
ゾーイは記憶を掘り返す。
「聖女追放だと、元の聖女が実力を見比べて、見掛け倒しの新聖女とすげ変えられるのよね。勇者パーティーから追放されるのも、それよね」
どうして、そんなに見下されるのかしら。能ある鷹は爪を隠す、をしすぎたのかしら。
「謙遜しすぎずに、きちんと自分の実力を都度、開示していれば、見くびられることもない気がするわね」
誰にも言わず、縁の下の力持ちでやっていて、ってのがいまいち共感しにくいような。
「言えばいいじゃないの、と思うのだけど。言えない何かがあるのかしら。でも、バイトの面接だって受験だって、自分の力はこれぐらいです、どうか受け入れてください、ってするじゃない」
専門の仕事で、きちんと自分の能力を示さないのは、うかつすぎないだろうか。性善説にのっとりすぎてやしないか。真面目に働いていれば、誰かが見てくれるって信じるのは、ねえ。
「顔がかわいければね、みんな見てくれるでしょうけどね」
身も蓋もないけど、実際そうだと思う。進学校のカースト上位は、顔ではなく、頭だ。偏差値である程度カーストが決まっていた。でも、顔がよければ偏差値がそこそこでも、カースト上位にいることはできる。最強は、頭と顔がいい子。そういう選ばれし生徒は、教師からも生徒からも、常に注目される。
「貴族社会と進学校って似ているかもしれない。身分が高くて、顔がよければ、勝ちよね。上位にいる人は、見くびられないように価値を示し続ける。成り上がりを目指す身分が低い人は、もっとできると見せる」
今の立場を維持したい側と、下克上を狙いたい側の戦いではないか。殺伐としている。
「安易な追放と、追放された側が実は有能で国が傾く。これはお互い不幸だから、せめてここはなんとかしましょう」
一気に全てを解決するのは難しい。一つひとつ順番に、だ。早速エーミールに相談してみると、あっさりと、いいねと言われた。
「ゾーイ、兄上のときは本当にごめんね。傷ついたよね。犠牲者を未然に防ごうとするゾーイの優しさは、皆に伝わるよ」
「いえ、あの。それほど高尚な思いがあるわけでもないのですが」
モゴモゴするゾーイの手を、エーミールが優しく握る。
「ゾーイのそういうところ、好きだ」
ひーあー。恋愛経験値が低い初心者ゾーイにとって、エーミールの直球は平然とは受け止められない。マゴマゴする。ワタワタしているうちに、どんどん話が決まっていった。
***
そうした、ゾーイによる冒険者たちの働き方改革は、さっそく効果を発揮しはじめた。
グレンツェール王国のとあるギルドがざわついている。有名な漆黒のカラスパーティーがもめているのだ。
「みんなも、この冊子読んだよね。ドナ院長のめん棒日記。報酬はパーティーメンバー全員で平等に分けるべきだって。俺、後衛だけど、みんなの魔力量見ながら、回復魔法かけてんだよ。俺だってちゃんと報酬もらう権利があると思う」
「命張ってるのは前衛なんだから、前衛が多めにもらうのは当然じゃねえか」
パンパンパンッ、後ろの方から手を叩く音が聞こえた。
「素晴らしい。こういう開かれた議論ができることが、まず第一歩と言われている。さあ、別室で、メンバ全員でじっくり腹を割って話し合おうではないか。俺も参考までに同席させてもらう」
「ギルドマスター」
もめていたふたりは、ギルドマスターを振り返り、周囲の目に気づいて、お互い一歩離れる。
他のパーティーが興味津々に見守る中、漆黒のカラスパーティーメンバーは、別室にゾロゾロ入っていく。
ギルドマスターが座った五人を見渡して口を開く。
「漆黒のカラスは、前衛ふたりが三割ずつ、後衛三名が一割ずつ報酬を分け、残りの一割で食料などを買うんだったな」
「ごく一般的な分け方ですよ。俺たちが命張ってんだから、多めにもらうのは当然です」
「武器や防具代だってバカにならないんすから」
前衛ふたりが息巻くのを、後衛三人はドンヨリした目で眺める。
「前衛ふたりが一番危ない目に合ってるのは分かってます。だからと言って、俺たちを奴隷扱いするのは納得できないっていうか」
「雑用は一切手伝わないもんね。私なんて、女ってだけで食事の準備全部任されちゃってさ」
「前衛ふたりの食べる分が、俺たち後衛三人より多い。それなのに食費は均等割りってのが納得いかない」
三人はボソボソとつぶやく。盾役の男が、ダンッと拳で机を叩いた。
「こまけえこといいやがって。だったら、出ていけよ。後衛なんていくらでも代わりがいるんだからよ」
「分かった。出ていく。私たち他の前衛と組むわ。じゃね」
後衛三人は出ていく。前衛ふたりはギリギリと歯を食いしばり、ギルドマスターは腕組みをして考えている。
似たようなことが、色んなパーティーで発生した。メンバー交代があちこちで見られ、ギルドは混沌としている。ギルド職員は青ざめたが、ギルドマスターは動じない。
「こういうことが起こると予想されていた。ひとまず静観しよう」
ギルドマスターの言う通り、しばらくすると、元のメンバー同士でやり直すパーティーが散見されるように。漆黒のカラスもそのひとつだ。ギルドマスターは、五人を改めて会議室に招き入れる。
「さあ、何があったか話してくれないか」
「そうっすね。他の後衛と組んで、なんかしっくりこないっつーか。長年一緒に戦ってきた仲間って、連携が取りやすいって分かったっつーか」
「やっぱり俺らが食べすぎってのとか、雑用しないってのは指摘されて。そこは俺たちが直さなきゃいけないとこだなって気づいて。」
前衛ふたりが頭をボリボリかくと、後衛三人がブンブンと首を振った。
「いや、あの、俺たちもよーく分かったんです」
「前衛は、食べるのが仕事なんだって。食べなきゃ筋肉が保てないし。魔物に向かっていくときの気力も、結局どれだけちゃんと食べたかで決まるって」
「分けた報酬のほとんどが食費に消えてるって、他のパーティーの前衛から聞いて。そんなの知らなくて」
五人は顔を見合わせて、照れ笑いをもらす。
「よかったよかった。雨降って地固まるとは、まさにこのことだ。報酬の分け方、仕事の分担なんかは、他のパーティーからも意見を募るから。そういうのを参考にしながら、話し合って決めればいいんじゃないか」
ギルドマスターがまとめると、五人は真面目な顔で頷いた。
「ギルドマスターとしてはだな。メンバーが怪我なく、元気で長生きしてくれることが一番だから。問題があったら腹割って話し合って、改善していったらいいんじゃないかと思う」
様々な不和を乗り越え、少しずつ色んなパーティーが結束を固めていった。
***
ゾーイは王宮の一室でとある令嬢と対面している。
「突然お呼びだてして、ごめんなさいね。直接お話ししたかったの」
令嬢は、ぎこちない笑顔を浮かべ、体をこわばらせたままだ。ゾーイは、なるべく優しく見えるよう、注意深く口角を上げる。悪役令嬢顔のゾーイ、真顔だと怖がられてしまいがちなのだ。
「追放が言い渡されたと聞きました。失礼ながらこちらで調べたところ、追放が妥当と思えるほどの罪が、見当たりませんでした」
令嬢は小刻みに震えながら、下を向いている。
「仲裁に入ることも可能です。ぜひ、お話しいただけないかしら。ほら、私も断罪されてギリギリの瀬戸際でしたでしょう。ひとごととは思えませんのよ」
令嬢は顔を上げてゾーイを見つめる。涙がこぼれそうで、ゾーイは思わずハンカチを渡した。令嬢はハンカチを握りしめ、瞬きもせずゾーイをヒタと見たまま口を開く。
「も、申し訳ございません。ご心配をおかけして。実は、私、冒険者になりたいんです」
「まあ」
ゾーイは言葉が続かない。
「父も、もちろん家族も承知の上なのです。私、子どもの頃から体を動かすことが好きで。何ものにも束縛されない冒険者に憧れていて。でも、貴族が冒険者なんて無理じゃないですか」
「そうですわね」
「ですが、ゾーイ様のおかげで、私の夢が叶いそうとなったら、どうしても諦めきれなくて」
「私のおかげ、ですか」
「ドナ院長の修道院です。あまたの冒険者を修道院から排出されているという、すご腕の院長。あの修道院に行けば、私の夢に近づけるのではと」
「ああー」
それは、想定していなかったー。まさか、ドナーズブートキャンプができるなんてー。頭を抱えているゾーイを一心に見ながら、令嬢は頭を下げる。
「こんな大騒ぎになるとは、私の見通しが甘かったです。申し訳ございません。実は、妹が私の婚約者と両想いでして。私は結婚より断然、冒険者がよく。私が追放されて、妹と婚約者が家を継いでくれれば、それが一番だなと思ってしまった次第でございます」
「何も追放されなくても。体験入学などもできますよ」
「退路を断って行きたいのです。かっこいいから」
「いやいやいや。そんな潔さ、必要ありませんから」
ゾーイが必死で説得し、ドナーズブートキャンプ体験談を書くサクラというテイにして、令嬢は体験入学をすることになった。
「いつでも王都に戻れるように、手はずは整えておきますので」
「私、帰りませーん」
意気揚々と旅立った令嬢は、本当に帰ってこなかった。水を得た魚。冒険者にめん棒。
それは楽しそうな、体験記が王都でひそやかに広がっていった。夏休みの体験入学など、後に続く令嬢が後を絶たなかったとか。




