3.断罪された悪役令嬢やヒドインが集まる修道院
ゾーイはまずは、ドナに手紙を書いた。突然、王宮に呼びつけて上から目線でお願いしたら、ダメだと思うから。暴れ馬から助けてもらったことへのお礼、かっこよくてしびれた、突然で不躾だとは思うけれどお願いしたいことがある、一度会ってはもらえないだろうか。といったことを、長すぎず、堅苦しすぎず、失礼にならない塩梅で書いた。
「王宮にお招きしてもいいのですが。なんとなくそれは、ドナさんは居心地が悪そうな気がしますの。かといって、私がお忍びでドナさんの家を訪ねるのも、違うと思いますの」
高位貴族がお忍びで家に来たら、イヤだよね。高いお茶の葉とかお茶菓子を買ってきたり、家を整えたり、めんどくさいと思う。お構いなくって言ったところで、ねえ。構うに決まっているもの。
「間を取って、個室のあるカフェでお会いできればと思っております。ドナさんの都合のいい日程をいくつか聞いてきてくださいな」
使いの者に手紙を渡しながら伝えた。ドナさんに断られるとは思っていない。だって、貴族からの依頼に、平民は従うしかないのだから。申し訳ないけど、ゾーイが公爵令嬢なので、そこはもうどうしようもない。
決まった日に、ゾーイはカフェの個室で静かに待っている。エーミールも一緒に来てくれている。やや緊張しているふたりの前に、まったく緊張していなさそうなドナが現れた。ゾーイは室内の密度が一気に上がり、空気が薄くなったように感じた。だって、ドナ、どーんと大きい。筋肉がみっしり、ぎっしりしている。ゾーイもエーミールも背が高い方だけど、ドナはふたりより縦にも横にも大きい。それは、もう、とてつもない威圧感。
「ドナさん」
ゾーイは、思わずぴょんと立ち上がった。公爵令嬢にあるまじき所作だ。ゾーイは落ち着こうと深く息を吸い、令嬢らしく微笑んだ。
「ドナです。お忍び、無礼講ということで、失礼しますよ。礼儀は大昔に習ったけれど、ダンジョンの中に置き忘れてきてしまいましてね。はっはっは」
ドナは、楽しそうに大きな笑い声をあげる。窓ガラスがビリビリ揺れる。ドナは、すすめられるままにドシーンと椅子に腰かけ、大いに食べ、飲んだ。遠慮しないドナに、ゾーイの緊張もすっかりほぐれる。ゾーイは、エーミールと目を合わせると、静かに切り出す。
「ドナさん、これは私の妄想で、独り言です。お願いや依頼ではありませんので、気軽に聞き流してくださいね」
正式にお願いすると、ドナは断れない。ゾーイは、それはイヤだ。ドナがやりたいからやる、そうでなくては続かない。ゾーイは机の上で両手を組むと、話し始める。
「私、つい最近、危うく断罪されかけたのです。幸い、返り討ちができました」
「ああ、おかげでピンクの服や花がさっぱり売れなくなったらしいね」
「まあ、ピンクの風評被害ですわね。なんとかしませんと」
思わず考え込みそうになったゾーイ。隣のエーミールの視線で、意識を元に戻す。
「ピンク令嬢を処刑してしまえという声もあるのですが。私は反対なのです。ピンクさんも、まだ若いのです。更生の余地はあるはずです。もし、誰かにそそのかされていたのだとしたら、黒幕をこそ追い詰めたいですし」
ゾーイの言葉を聞きながら、ドナはパクパクと軽食の肉を食べる。
「問題を起こした貴族女性は、修道院に送られることが多いようですが。ピンク令嬢はなかなかクセの強い女性なのです。普通の修道院では持て余すと思うのです」
ゾーイはなるべく淡々と、独り言っぽく続ける。
「じゃじゃ馬を手の平で転がしながら、それぞれの適性に応じて臨機応変に調教、いえ更生させられる。そんなスゴ腕の方はいらっしゃらないかなーと。あ、そういえば、先日、暴れ馬を瞬時になだめられた猛者がいらっしゃったなーと」
ドナはムシャムシャと肉を噛み砕く。
「剛腕で百戦錬磨の高名な冒険者。街の人たちからも慕われている。あら、まさに、ではありませんのって。でも、もう引退なさって、これからはパン屋をされるとか。その夢を邪魔するのは本意ではありませんし」
ふむ、ドナは肉をゴックンと飲み込んで、小さくうなった。
「例えば、王家の直轄地に修道院を新たに建てられるのですが。その方の好きな場所をお選びいただけます。台所に大きなカマドを作ることも、焼いたパンを売って副収入にしていただいたりなんかも」
ドナは食べるのをやめて、しげしげとゾーイを見つめる。
「なるほど、おもしろい独り言を聞かせてもらいました。さて、なんと言ったらいいものか」
「すぐにお答えいただく必要はございません。また次回、独り言の会を設けましょう。こんな修道院なら、ありかもしれない、なんてつぶやきを聞きたいものですわ」
ゾーイがドナを見つめ返す。
「では、次回はおいしい魔物の肉を食べられる店ではいかがかな」
「いいですわね」
ドナとゾーイはニコニコと笑い合い、エーミールは肩の力を抜いた。
***
「いやあ、めんこい子だったわ」
あんな娘が欲しかった。家に帰ってビールをグビグビ飲みながら、ドナは本当の独り言をこぼした。
「泣く子がもっと泣き叫ぶこのご面相と巨体にも臆さず、言いたいことをツラツラ垂れ流す度胸」
なかなかの娘っ子だ。ドナは二杯目のビールを飲み干す。
「敵に塩を送る気概、先々を見据える慧眼。あれはいい王妃になるよ」
末頼もしいじゃないか、気に入った。ドナは三杯目のビールを注ぐと、次の高級店で何を食べようか、ニヤニヤしながら考える。
ワイバーンのトマト煮込みをワッシワッシと詰め込みながら、ドナは大きな声でビールグラスに向かって意見を述べる。ゾーイは、真剣な目で紙に書き記している。
「故郷の近くにダンジョンがあってね、その近くなら楽しそう。冒険者にパンを売りつけられるし。王家の直轄地だったはず。台所は設計の段階から意見を出したい」
ウンウン、ゾーイとエーミールが問題ないと言った表情で頷く。
「運営方針は話し合って決めるから、その後は基本的には任せて欲しい」
「金は出すけど口は出さない。それでどうでしょう?」
ドナとゾーイは、お互い目を合わさず、独り言を続ける。
「上司は目の前のいるふたりがいい。即断即決、ウダウダ言わない上司がいいからねえ」
「問題ないと思いますわ」
「宗教の自由を認めて欲しい。なんか、適当な神様をでっち上げてもいいかもなー」
「前半は問題ありませんわ。後半は、聞かなかったことにいたします」
国教はあるけれど、ガチガチの宗教国家ではないので、まあ大丈夫だろう。どんな神様にするかは、こっそり打ち合わせさせてもらおう。ゾーイは紙に、神様の件は要調整と書いた。
「では、次回の独り言の会では、より細かな部分をつぶやいていきましょうか」
「肉とパンが最高の店を知っている」
「予約いたしますわね」
ドナとゾーイは、祖母と孫のように打ち解けた。エーミールはほのぼのと、ふたりを眺めている。
***
その修道院はダンジョンの隣にある。ゾーイに三顧の礼でもって招かれた修道院長が、元冒険者だからだ。
修道院のドナ院長の朝は、めん棒で銅鑼を叩くことから始まる。
ガイーン、頭が割れそうな大音響が、静寂の修道院に響き渡る。
パタパタパタ、足音が響き、大きなホールに修道女たちが集まる。
一糸乱れぬ動きで、修道女たちが整列する。ドナ院長の訓戒の始まりだ。
「魔法の言葉、はじめ。おはよう。こんにちは。こんばんは。いただきます。ごちそうさま。ありがとう。ごめんなさい。おやすみなさい」
二百人もの修道女が、息もピッタリに、魔法の言葉を唱和する。ドナ院長は凄みのある笑顔で、めん棒を手にバシバシしながら拍を刻む。
特大ホールに修道女の魔法の言葉が反響する。
「よし、魔法の言葉、終了。いいですか、皆さん。どんな魔法の呪文より、これらの挨拶をきちんとすることが、幸せへの近道です。いいですね」
「はい」
全員が真面目に腹から返事した。
「では、各自、仕事にむかいなさい」
修道女たちは、テキパキと持ち場に向かう。ドナ院長も、特大の台所に向かった。パンを焼くのだ。パン焼きは、修道女たちに人気の仕事だ。普段は愚痴や不平不満を口にすることは許されない。パン焼きのときだけは、許されるのだ。
髪が落ちないようきっちり頭にスカーフを巻き、唾が飛ばないよう口元をマスクで覆った修道女たち。思いのたけをパン生地にぶつける。
「よくも裏切ったわねー」
「なにが真実の愛をみつけたよ。ただの、浮気じゃないの」
「あの女、色んな男に手を出してー。尻軽っ」
「見てなさい。いつか、ざまぁしてやるんだから」
「今さら好きって言ってきても、もう遅いって、嘲笑ってやる」
ここは、追放されたり、もういらねって言われた令嬢たちの最終到達地。ちょっとした、修羅の国だ。こじらせた令嬢たちは、貴族たちにとっては危険物。でも、長年魔物と命のやり取りをしてきたドナ院長にとっては、かわいいヒヨッコだ。
令嬢たちの怒りとわずかな魔力が込められたパンは、冒険者や街の人に大人気だ。食べるとメラメラと力がわいてくるらしい。
「ドナ院長、ピザ屋と総菜パン屋に、パンを届けに行きますね」
「ありがと、よろしく」
修道女がピザ生地と総菜パン用のパンを持っていく。これはゾーイの助言だ。
「秘伝のレシピを、いくつかお渡ししますね。ただ、儲けを独り占めすると、街の人たちから恨まれます。総取りは悪手です」
そう言って、修道院にパンの色んなレシピ、街の食事処にピザやサンドイッチなどのレシピを渡してくれた。手ごろな値段でサクッと食べられるピザやサンドイッチは、冒険者に大人気になった。おかげで、修道院がパンで大儲けをしていても、誰にも恨まれない。
「ピザ焼いて売るのでせいいっぱい。生地は修道院で作ってくれないかな」
「うちもそれがいい。平たいパン焼いてくれない? そしたら切込み入れて、間に具材はさんですぐ売れるから。パンから焼く余裕はないよ」
そうやって、住みわけができている。
「これがウィンウィンってやつだね」
ゾーイに教えられた謎の言葉だ。ドナ院長は、なるほどなと膝を叩いたものだ。
「冒険者だと討伐した魔物の取り分でもめるからね。前衛がたくさん取ろうとするけど、そしたら後衛がやる気をなくすだろう。だからうちのパーティーは全員平等に分けることにしてるのさ」
「さすがです。ドナ院長。もめごとのない、まとまりあるパーティーといえば、ドナ院長のパーティーとギルドで聞きましたもの」
ゾーイは人を褒めてその気にさせるのがうまい。おかげで、気がついたら修道院長になって、バリバリ働いていた。
「ドナ院長のおかげで、迷える令嬢たちがまっすぐな目で未来を見られるようになって、嬉しいです」
褒め上手なゾーイは、折に触れて手紙を送って、ドナ院長の気分を持ち上げてくれる。
「疲れが取れるお茶の葉がみつかったので、おすそわけです。ご自愛くださいね」
貴重な薬草茶まで送ってくれた。おかげで、ドナ院長は疲れ知らずだ。ゾーイが修道院を作るきっかけになった、初代ピンクには感謝しないとね。ドナ院長は伝説の女ベラを思い出す。
王都の屈強な女騎士に連行されてきたベラ。ふてぶてしさと、ヤサグレが絶妙に混ざり合って、とんでもないことになっていた。
「ここは私が主役の世界のはずなのに。どうしてよっ」
初対面で、泣きながら怒っているベラに愚痴をぶつけられたドナ院長。すかさずめん棒を渡した。
「怒り、悔しさ、憎しみ、ふがいない自分への呪詛。パン生地は全て受け止めてくれるよ」
ベラはプクーッと膨れながらも、ぶっとい腕のドナ院長の迫力には逆らえず、渋々パン生地をこね始めた。
「逆ハーコンプリートして、さあ、これからウハウハってときにさー。あのクソ女ー。あいつもきっと転生者ね」
意味不明な文句を言っているベラを適当にいなし、焼いたパンを食べたのだった。自分でこねて、自分で焼いたパンを食べながら、ベラはポツリとこぼした。
「私の何がいけなかったのかな。どこで間違ったんだろう」
「知らん」
「かわいい顔に生まれて、調子に乗ったから? 高位貴族令嬢から婚約者を奪って、自分の方が上だって勘違いしたから? ミニスカート履いてみんなに見られて承認欲求を満たしたから?」
「知らん」
ベラはグダグダ言っていたが、ドナ院長は聞き流した。若者は、とことん悩んで、そのうち自分で答えをみつけるものだから。それに、この手の女は、人の意見なんて聞きやしない。
そんなベラも、今ではまっとうな冒険者だ。見違えるようにたくましくなったベラ。冒険者の野郎どもを引き連れて、両手にめん棒を持って、ダンジョンで暴れまくっている。
「めん棒、いいわあ」
「それ、もはや、こん棒って言うんじゃないかねえ」
どんなデカいピザ生地を伸ばすつもりだい。そう言いたくなるような太くて長い棒を振り回しているのだ。
「この前試したらさ、めん棒から聖なる光が出ちゃったよ。聖女ピンク爆誕かも」
「あんた、相変わらずバカだね」
「もうー、ドナ院長ってば。相変わらず塩対応なんだから。まっ、そういうところがいいんだけどね。はい、これ、お土産」
ベラはニヤニヤしながら、ドナ院長の手にコロンと紅玉をのせる。
「なんだい、これ」
「この前、ダンジョンで火属性のドラゴンを倒したのよ。玉から火が出るんだって。パン焼くのに使ってちょうだいな」
「あんた、ドラゴンの宝珠って、一国が買えるぐらいの価値があるんだよ。そんなもの、もらえないよ」
「ドナ院長、こういうヤバいお宝はね、地味ーに使う方がいいのよ。ね、下手に騒いだり、大儲けしたら、やっかまれるじゃない。誰もさ、ドラゴンの宝珠でパン焼いてるとは思わないでしょ。今まで助けてくれたお礼だと思ってさ。おいしいパンを焼いてよ」
「あんた、まったく。おバカなんだから」
「えへへー」
ベラは嬉しそうにバカ笑いを見せる。ふっと神妙な顔になった。
「あのね、ゾーイ様にね、ありがとうって伝えてくれないかなあ。私、よく考えると体育会系なんだよね。王妃になっても、絶対うまくいかなかった。それに、何人もの男を転がし続けるほど器用でもなかったしさ」
「ほーん」
ドナ院長はじっとベラを見つめる。
「あのときは深く考えてなかったんだけどさ。五人の男とつき合ったとして、その後どうすんのよって話じゃない。子ども生まれても誰の子だか分かりゃしないじゃない。そうすると、その子は王子になれないわよね。かわいそうだわ」
「そんな事態になる前に、あんたは消されてたと思うけどね。王家が許しゃしないよ」
「そうだよね。消されてたよね、きっと。あっぶなーい」
ベラはあっけらかんと笑う。ドナ院長は苦笑しながら聞いてみる。
「あんた、ギルとはうまくいってんのかい?」
途端にベラのニヤニヤ笑いがさらに勢いをます。
「うまくいってんのよ、それが。ギルはさ、私がバカなことしても、意味不明な発言しても、イライラしてイイーッてなってても、軽く受け流してくれんだよね。オタオタしないの。今回は長続きすると思う」
「そうかい、ならいいんだけどね。あんた、誰かと別れるたびに、ひどい顔してここに来るんだもん。うまくいってんなら、安心だよ。そろそろ幸せになってもいい頃合いだろうよ」
「あら、私はいつだって幸せになってもいいのよ。主人公なんだから」
「誰だって、主人公だよ。あんただけじゃないよ」
「そうよ、だから、みんなが幸せになればいいのよ」
ベラは晴れやかに言って、修道院を出て、ダンジョンにもぐっていった。
数々のこじらせ令嬢を調教し、まっとうな人生に送り出したドナ院長。人々は親しみと尊敬をこめて、初代めん棒と呼んでいる。




