20.走り屋レイコ
親ガチャを失敗したとは思ってない。レイコはなんだかんだ言って、両親が好きだ。いい年になっても、週末に走り屋やったりしてるバカな親だけど。
「パパとママが、最後の暴走族だったな。パパがヘッドで、ママがマドンナだった」
「パパ、かっこよかったわー」
「ママは今でも美人だ」
「あなた」
「お前」
見つめ合っている四十代の両親。見ちゃいられない。レイコはさっさと仕事に出る。
レイコは走り屋だ。ただし合法的な。引く手あまたのトラック運転手をやっている。年々、ネット通販がはやって、小包の運搬はイヤというほどある。仕事には困らない。
困っているのは、別のことだ。レイコ、よく何かをひくのだ。
ドーン、ピカッ、シューン。
「またかよー」
レイコはトラックを止め、ハザードをつけてから降りる。
「やっぱ、なんもない」
振動はあった、衝撃もあった、妙な光と音もあった。でも、何もひかれてないし、トラックには傷ひとつない。ドラレコを見ても、何も残ってない。ただ、ボヤいているレイコの声だけ。
「お祓いにでも行こうかな。これ、もう何回目だよ。十回はくだらないんじゃね」
そうボヤいたとき、レイコはピカーッっとした光の中に吸い込まれていった。
***
『レイコさん、神です。起きてください』
割と低姿勢な神の声で、レイコは目を覚ました。真っ白で、何もない空間。
「なんじゃこりゃー」
レイコは絶叫する。
『今はやりの転生転移の間です。え、レイコさん、もしかしてご存じない?』
「なんじゃこりゃー」
レイコはもう一度絶叫する。
『え、え、困ったな。今どき転生転移の間を知らない人がいるなんて。え、レイコさん、まだ二十代なのに?』
「何をゴチャゴチャ言ってやがる、ぶっ殺すぞ、出て来い」
両親のケンカ上等な性質を、余すところなく受け継いだレイコ。神様とやらにブチ切れた。
『あ、あの、説明しますから。落ち着いてください。ねっ、ビールでも飲んで』
「運転中に飲めると思ってんのか、ふざけんな」
『いえ、あの、もう運転とかありませんので。ぜひ』
神様に泣き声で言われ、レイコは仕方なくビールを飲んだ。何本か飲んでいるうちに、落ち着いてきた。
「つまり、あれか。違う世界とやらがあって、そこに誰かを送り込むのに私のトラックが使われてたってことか」
『ええ、はい、そうなんです。レイコさんの魂がとても強いので、バーンッと、ドーンッとうまいこと送り込めましてですね、はい。大変ありがたいと思っておりますです』
姿の見えない神様とやらは、ペコペコ頭を下げてる風の声音で、レイコの機嫌を取ってくる。レイコはいい感じで酔っぱらってきたので、どうでもよくなってきた。
「お礼はもういいや。それで、お金でもくれるの? そろそろトラック買い替えようと思ってたんだよね」
せっかくだから、ひと回り大きい新車を買うか。レイコは頭の中にトラックを思い浮かべる。
『それが、レイコさんに、異世界でお願いしたいお仕事がありまして。お願いします、お願いします、お願いします』
神様はお願いしますを連呼し始める。レイコは耳をふさいだ。耳をふさいでも、頭の中にお願いしますが鳴り響く。
「分かった、分かったから。内容を言えよ。条件次第で引き受けてやる」
『ありがとうございます』
神様は、涙声で話し始めた。
***
とある王国の田舎町で、幼い子どもが泣き声を上げている。
「おかあちゃん、こわい」
「大丈夫、大丈夫だよ。きっと騎士様たちがなんとかしてくださる」
地響きで家がミシミシ揺れ、天井からパラパラとホコリが舞い落ちる。母親は幼子をしっかりと抱きしめた。
「さあ、祈ろう。アタシたちにできることは、祈るだけだ」
母子は目をつぶって、神に祈った。
町をグルリと囲む城壁の上で、王都から派遣された騎士団長が声を張り上げる。
「スタンピードだ。まもなく千匹近くの魔豚がここに押し寄せるであろう。城壁を破られる前に射殺す。この街を突破されると、王都まですぐだ。この街の民を守るため、そして王都、ひいては王国の未来のため。俺に命を預けてほしい」
「応っ」
騎士たちの返事で空気が揺れた。絶対に、一匹たりとて、城壁は超えさせない。己の命にかえても。騎士たちは崇高な使命感に燃えたぎった。大量の弓、槍、油が準備される。
地鳴りがし、城壁から小石が落ち、遠くの森から一斉に鳥が飛び立つ。
「弓隊、構えっ」
ざっと弓矢が森に向けられる。森の木々が揺れ動き、土ぼこりが舞う。
ドドドドドド 目を真っ赤に光らせた魔豚が街に向かって突進する。
騎士たちは、弓をつがえたまま、号令がかかるのをじっと待つ。
魔豚の集団が射程距離に近づいてきた。騎士たちの手に力がこもる。騎士団長の額から汗が一滴落ちた。
「は──」
「右方向から、さ、サメー」
「サメ?」
号令をかけようとしていた騎士団長は、監視兵の叫びに、思わず聞き返した。
騎士たちが一斉に右を見る。巨大なサメの集団が、右からまっすぐに魔豚の方へ直進している。
「サメだ」
「マジでサメだ」
「いや、タコじゃね?」
今まで見たことのない、巨大な怪物。サメの体にタコの足がついている。タコ足がウネウネと動き、信じられないほどの速さでサメタコが魔豚に近づく。
ガバアッ、サメタコは大きな口を開け、魔豚を丸呑みしながら突っ切る。
サメタコ集団は魔豚の群れを分断して通り過ぎると、クルッと方向転換して、また戻ってくる。あっという間に、魔豚はサメタコの腹の中に吸い込まれて行った。
ゲフーッ、サメタコたちの強烈なげっぷが、騎士たちの前髪を揺らす。
城壁の上は、静かだ。誰も物音ひとつ立てない。アレとは戦えない。勝てない。誰も口には出さないが、それはあまりにも明らかだった。
スックと人がサメタコの上に立ち上がる。城壁に向かって旗を振っているのが見えた。
「人の味方、スタンピード討伐隊、デカシャキタコーっと書いてあります」
監視兵が双眼鏡を見ながら、大声で報告する。
「ホントかよ」
「あ、でも、他のサメタコの上にも人が乗ってる」
「すげーイカついおっさんばっかじゃん」
「いや、一番でかいサメタコに乗ってるの。あれ、女じゃねえ」
サメタコの集団は、悪意はありませんよーと言っているかのように、のんびりゆったり城壁に近づいてきた。
先頭のひときわ大きいサメタコの上に、女性が立って手を振っている。
「スタンピード専門討伐隊、デカシャキタコー見参。後のことは夜露死苦」
ほっそりとした茶髪の女性は、ニコッと笑って敬礼する。
ザッ、騎士団長が敬礼し、残りの騎士たちもそれにならった。
デカシャキタコー隊は、爽やかに去っていく。人々は、デカシャキタコーと歓声をあげた。
***
「初討伐おつかれー」
「ヘッド、おつかれっした」
「ヘッド、このビール最高っす」
デカシャキタコー隊は、人里から十分離れた海沿いで、宴会をしている。
レイコはビールをプシュッとしながら、ニヤニヤしながらサメタコを眺める。
「最高か」
レイコはグビーッとビールを飲み干した。
あのとき、神様に突きつけた条件はたったひとつ。いや、ふたつみっつ。
「魔物の大暴走、スタンピードを止めればいいのね。いいけど、乗り物はサメタコにして」
レイコ、仕事が終わったあと、ビールを飲みながらB級のサメ映画を見るのが趣味なのだ。あの、バカバカしく、ナンセンスで、無茶苦茶なサメ映画。見てるだけで、世の中の大半のことが、どうでもよくなる。
サメが竜巻と共に町を襲いかかったり。頭がふたつみっつあったりするサメ。超メガ級巨大サメ。猿の惑星ならぬ、サメの惑星などなど。工夫たっぷりハチャメチャでハイテンションな愛すべき映画なのだ。
群雄割拠のサメ映画の中で、特にレイコがお気に入りなのが、サメとタコが合体したもの。海陸両用、目のつけどころがいい、シュールな見た目も笑える。神映画なのだ。
「あれに、あれに乗ってみたい」
トラックでもいいんですよって、神様から遠慮がちにやんわりと勧められたが。トラックはもう十分乗った。せっかく異世界とやら、なんでもありの世界に行くなら、大好きな憧れの生き物に乗りたい。
「あと、料理とかめんどくさいから。お弁当とか冷食とか食べられるようにしてよ。ビールも」
ダメ元で言ってみたら、いけた。最近そういう要望が多いらしい。
渡されたクーラーボックスが異次元と繋がった冷蔵庫になっているらしく。飲食には困らない。
飲み終わったビール缶や、ゴミなどはクーラーボックスに入れておけば回収してもらえる。異世界にあっちの世界のゴミを捨てると環境破壊になるからだって。
酔っ払ったおっさんたちが、ループでレイコを褒め称え始めた。
「ヘッドがサメタコに乗って船を襲ってきたときは、もう終わりだーって」
「あのとき、お前たち、一緒に走ろうぜって笑ったヘッド、かっこよかった」
「惚れた。海から陸に上がるぐらいには、惚れた」
「海でも陸でも、好きなところでのんびりしようや。神様に呼ばれたら、みんなでそこに向かえばいいし」
レイコは海賊たちにどんどんビールを渡して労う。両親から自慢話を聞いて育ったレイコ。密かに、走り屋のヘッドになることに憧れていたのだ。日本で走り屋をやるのは、さすがに憚れたが、ここなら大丈夫。思う存分、暴走できる。
法定速度も、マッポに追われることも、配達ノルマもない世界。
「この素晴らしい世界に祝杯を!」
レイコはチームのみんなと、プシュッとやって、プハーッとした。




